第23話 新たなる道へ
結局、【兄妹たち】の元にロテの遺体は爪の切り後しか残らなかった。人造人間の細胞は人間の細胞とは性質が違って特殊で高性能なため、法的には人間扱いされないのだ。
初めての人造人間の死亡例に、人造人間製造センターの親組織であるメイガ医療法人が同じく親組織である国立医療センターとの共同で解剖・観察することを強く望み、上層部からの命令にミルバル博士は抗議したが強引に遺体を引き取られてしまったのだ。
悲しみに暮れた【兄妹たち】は、せめてものの望みで爪を広大な草原の庭の片隅にひっそり埋葬し、そこに大きな石を置いて墓標とした。
【五女ジルカレと長男ファストの場合】
センターの屋上の夜。2つの大きな衛星”ルナル”と”サンクアテタム”がファストの頭の遥か上で青く丸く光っている。冷たい風か吹いて、ファストの服が靡く。今ここにひとりで、ファストは静かに泣いている。
「あ、お兄……」
姉から貰った髪飾りをつけているジルカレが屋上に現れる。兄の姿に居たたまれなさを感じたジルカレが戻ろうとするが、ファストが引き止める。
「待ってくれ、ジルカレ。今は僕のために、いてくれ」
こんなに弱々しいお兄なんて見たことない、とジルカレは思った。誰かに頼る兄など彼女は見たことがなかったのだ。
「聞いてくれないか、ジルカレ。僕の弱音を」
こくり、と頷く。それからファストは泣きながら、兄妹の苦しみに気づいてやれなかったこと、もっと上手い方法を見つけられなかったこと、己の世界に対する非力さなど、あらゆる心に溜まった弱音を全てジルカレにぶちまけた。
「お兄……」
ジルカレは、何も言葉を見つけられなかった。妹なりに何ができるだろうと考えて、手を広げる。兄を抱擁してやることしか、思いつかなかったのだ。
「……おいで」
【長男】ファストがジルカレのウデの中で嗚咽を漏らす。
「長男なのに……長男なのに、ロテにっ、何もしてやれなかった……!」
泣いて泣いて、泣き止んだファストが改めてジルカレに向き直る。
「ありがとうジルカレ。その……兄として情けなかったね」
「いいよぉ、お兄。お兄がいちばん耐えてたもんね……」
それから、長子と末っ子が肩を並べて星空を見上げる。30分ほどそうしていたか、ファストが妹に話しかける。
「ジルカレって、強いな」
「……そう?」
「ああ、僕が思ってた以上に強い」
それにジルカレは何も言わず、ただお兄の顔を見つめる。
「頼みがある。もし僕が兄妹たちの矢面に立てないときは、ジルカレ、君が立ってくれないか」
あまりにも責任の重い言葉で、ジルカレは即答することができなかった。
「あぁ、変なこと言ってしまったな……。忘れてくれ」
少しはにかんでファストが手を横に振る。再び星空を見上げるファストの横顔に、ジルカレは彼の苦悩を感じ取る。
(ずっと頑張ってきたお兄。でも最近分かってきてるんだ、ひとりだけじゃ限界があるって。だから、お兄の代わりを誰かに任せたいんだ)
複雑な気持ちになりながらも、ジルカレはファストと共に空を見上げるのだった。
【兄妹たちの場合】
次の日。センターに帰ってきて初めての朝食。【兄妹たち】全員が集まっているところへミルバル博士がやってきて、こう言った。
「スタッフ数は激減した。一般業務のみならず、研究までもが上手く行かない状況にある。だから、立入禁止区画の設定を解除するから君たちにはこれから仕事をしてほしい」
仕事が増える。【兄妹たち】の今までとは違う日常が始まる。
「それから、これから限定的ではあるがメディアへの情報公開、露出を段階的に解禁していくことになる。みんなが世界の目にさらされることになる」
悪くなった人造人間のイメージを一拭する。みんな、同じことを思っている。
「これから、みんなには世界と関わってもらうことになる。いいのか、皆?」
「「「「「「望むところです」」」」」」
6人の【培養槽の兄妹たち】が同じ言葉で宣言した。
ーーーそして、時は移ろう。




