第22話 嗚呼、懐かしき我が家よ 嗚呼、血に塗れし我が家よ
【兄妹たちの場合】
ついにホテル滞在期間である二週間を過ぎ、センターに帰ることになった。ホテルの外でバスを待つ【兄妹たち】と、お見送りをする為に来たネガステルがいる。ホテルの規制線の向こう側で、茶髪のポニーテールの記者がネガステルとジルカレが仲良く会話する姿をカメラに捉えている。そのジルカレの髪には龍の爪痕の四本線が輝いている。
「ジルカレちゃん、センターにも遊びに行くからね。予定空けるから!」
「うん! ……でも、センターはテロ起こってるし、無理に来なくても……」
「なーにいってんの! そういうのも含めて、私の眼で判断するわ。 それに、私はあなたに会いたいんですの!」
「ふふ、ありがとうネガステルちゃん!」
2人が抱きしめ合う姿を、誰かがカメラに収めた。バスが来て、【兄妹たち】みんなが乗り込む。【長男】ファストが最後に乗り込み、バスが出発する。
バスの中ではみんな無言であった。妹に寄り掛かって眠る【次女】ドゥーレ、景色を見ながらたそがれつつ、惨劇を思い出して顔をしかめる【三女】ティエル。腕を組んで瞑目する【次男】ファング。ジルカレと隣りあわせの【四女】エルカレは、ようやく包帯が取れたがおでこに大きな一本線の傷跡ができてしまっている。
「わたぢ、帰るの怖い……」
【四女】エルカレが【五女】ジルカレの手を強く握りしめる。右側の髪を纏める髪飾りの四本線が輝いているジルカレも、何も言わずに強く握りしめ返す。
「……でも、わたぢ、我慢する。なんたって、あそこは怖くてもやっぱりわたぢたちの家だから」
何も言わずに頷いて肯定する双子の妹であった。
バスに乗って1時間弱。【長男】ファストが臨時的に持たされたスマホで誰かと通話し、何かを悟ったかのようにバスの天井を仰ぎ見る。それから、【兄妹たち】に告げる。
「みんな、センターについたら大事な報告がある。……心の準備をしてくれ」
急に、みんなの心が緊迫した。エルカレが更にジルカレに抱き着くようになり、目覚めたドゥーレはぷるぷる震えてティエルに抱き着いてしまう。ファングは、相変わらず瞑目したままだ。
やがてセンターに着く。テロで爆破されたところは今も立ち入り禁止になっているが、遺体の搬送と血や戦闘の痕の清掃・修繕はほぼ全て終わっており、人造人間製造センターとして再稼働可能になっている。【兄妹たち】がバスを降りると、センターに入る前にミルバル博士が現れ、【兄妹たち】は衝撃的な事実を告げられる。
「【かつて三男だった】ロテが、自殺した」
【回想 ロテの最期の時】
センター地下、沢山の警官で厳重に封鎖された区画のなかで椅子に縛り付けられたロテが暴れる。
「放せ放せ放せ放せ放せ!!!!!」
そこへミルバル博士が強化ガラス越しに面会にやってきていたのだ。
「申し訳なかった。君に希望を見せることができなくて。でも、私はお前の力になりたい。どうか、私と一緒に希望を探してはくれんか」
人造人間を造る者として、博士は限りない責任を感じているのだった。それ故に、ロテにはどうしても同情的になってしまうのだった。
「あんたに期待する事なんてねえよ!!!!」
そう叫ぶロテの眼は既に光など無く、虚無が広がっている。
「あーあ、テロで痛みが引くと思ってたのにな……。失敗したせいでぜんぜん引かねえや」
と上を仰いで照明を見つめたロテが、ふとあることに気付く。ふと、最悪の方法を思いつく。
「……あー、そうだ。そうだった。そんな単純な方法があったんだ」
「ロテ? おいどうした、ロテ!」
ロテは鼻水まみれになった顔でミルバル博士を見て、にっこり笑い、言った。
「そうかあ。死ねば、この頭のいたみも引くかなーーーー、って」
すると突然激しく暴れ出す。強化ガラスの向こうでロテが監禁されている部屋はロテの他に誰も居ない、警官たちは相手が人造人間であることを警戒してか、決められた時間の他は内閣の許可が無いと部屋の中に立ち入れないのだった。
「うおおおおおおおおああああああああああ!」
ロテの筋肉が隆起して拘束具を外す。パイプ椅子を何度も何度も蹴って壊す。
「おい! 誰か誰か、あいつを止めてやってくれ! 警察なんだろ、あんたたち!!!!」
ロテに人権が無いせいかミルバル博士の叫びが誰かに聞き入れられないまま、パイプ椅子の尖った破片を手にしたロテが呟いた。
「ああ、これでようやっと楽になれる……」
そのロテは、嬉し涙を流していた。その時、ミルバル博士は悟った。ロテの本当の望みは、痛みから解放されることだったのだ。ロテは、ずーーーーーーーーーーーーっと痛みから解放されるのを待っていたのだ、と。
そして今回、彼は痛みから解放される。グサッ、とパイプの破片がロテの首を貫通する。最後の力で破片を抜いたロテの首から血が溢れる。笑顔のまま、ロテが倒れる。
「こ……れで……おれ、は、らくに……」
一切苦しみもがくことなく、ロテは目を閉じた。ロテの血の海が広がる中で、30分後に内閣からの許しが出て部屋の中に入ったとき、既にロテの身体は冷め始めていた。その表情はとても安らかだった。
———人造人間ロテ、享年6歳。




