第16話 我らの家を離れて、外世界暮らし
【兄妹たちの場合】
人造人間製造センターは、爆破されて重要な設備が数点破壊され、夥しい数の遺体が寝転がっている。そのため、少なくともセンターから遺体を運び出して清掃を終えるまでは人造人間たちは国が借りた高級ホテルで軍と警察が連携した厳重な警備のもと寝泊まりすることになった。
ホテルにリムジンが到着し、センターに残っていた【兄妹たち】が降りる。憔悴しきった【次女】ドゥーレ、涙を瞳に湛えながら姉を支える【三女】ティエル、手を繋ぐ【次男】ファングと【四女】エルカレ。4人がホテルの奥に入っていくと、【長男】ファストと【五女】ジルカレが待っていた。
「お疲れ様」
【長男】ファストはそれだけ言うと、彼の割り当てられた部屋に戻ろうとした。それを【次男】ファングが引き止める。
「待ってくれ! 記者会見を見た……。なにもかも背負いすぎだ、兄さん……」
泣きそうな顔になるファング。ファストが振り返って弟の元へ歩み寄り、弟の頬に手を当てる。
「そうだね。そうかもしれない。でも、これからは君たちに任せることがふえるさ」
【長男】ファストが兄妹たちを見回して言う。
「ロテや、センターの方々のことは残念だった。心の整理がみんなにも、もちろん僕にも必要だろう。今は心と身体を休めよう」
今度こそ、ファストは彼自身の悲しい表情を見せまいと彼の部屋へ足早に戻って行った。その後ろ姿を見届けて、ファングが泣き出す。
「ううぅ……うっ、くぅ………!!」
つられて【次女】ドゥーレも泣き出し、【三女】ティエルも泣き出してしまう。この2人はセンターでの地獄の風景を目の当たりにして酷く怯え、深い悲しみの底に沈んでいたのだ。
【四女】エルカレはというと、目が潤んでいるにも関わらず我慢しようとして堪えている。それを気にしたジルカレが双子の姉に話しかけ、鍵を渡す。
「エルカレ。わたちたち、一緒の部屋だって。でも、わたちはお風呂入るから先に部屋に入ってて」
「うん……」
こくりと頷いてエルカレはひとりで部屋に入る。ベッドに顔を埋め、涙と鼻水で顔とシーツがぐちゃぐちゃになる。
【五女】ジルカレは、その日に色々あったことをお風呂で全部洗い流してしまいたかった。エルカレをひとりにしておくということもあり、一番早く貸切状態の大浴場に入る。
湯船に浸かる前に身体を洗っておく。ジルカレには、鏡を通して見る自分の裸に血や汚れがこびりついている気がしてならなかった。
生きている人を探してひとり血で濡れた廊下を走って血に塗れた足。兄妹だったはずのロテの犯した罪。そのロテの苦しみを受け止めず保身に走ったわたちたちの後悔。
(この身体は、穢れきっている。全部洗い流さないと……洗い流さないと…)
いつにも増して力強く身体を洗うジルカレ。洗う。洗う。擦る。擦る。擦る。いつもよりもずっと長い時間擦る。擦る。皮膚が赤くなっても擦る。擦る。擦る。血が出ても擦る。擦る。擦る。擦る。
「やめてっっ!」
不意に誰かに抱きしめられるジルカレ。抱きしめたのは、スタッフのトゥレルだった。
「トゥレルさん……? ……はっ!」
自分の身体の穢れを洗い流すのに必死だったジルカレは、彼女に止められてようやく石鹸の泡が赤くなっているのに気付く。
「あちゃー……。洗いすぎたかぁ」
「洗い過ぎだよ、ジルカレちゃん! もー、今日は湯船に入らないでシャワーだけにしたほうがいいかな、これは……」
「そだね……って、なんでここに?」
スタッフのトゥレルは本来はホテルに泊まる予定はなかったのだ。
「でも、人造人間をよく知る人がお世話してた方がいいでしょ? それに、私はみんなを支えたい。だからお願いしてここにきたの」
嘘だ。ジルカレは咄嗟にそう思った。よく見ればトゥレルはずっと身体が震えていて、ずっと苦しそうな表情をしている。ジルカレが、トゥレルをそっと抱きしめ返す。
「うそだ。わたちたちの顔を見て安心したかったんでしょ」
トゥレルがハッとする。それからトゥレルが深く抱きしめ返すの。ジルカレも強く抱きしめる。
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁん」
ジルカレが泣き出す。涙が止めどなく溢れて、今まで行き場のなかった感情を吐き出すように泣く。
「ぐすっ、ふぅえええええええぇぇぇぇん」
トゥレルも泣き出す。それまでなんとか保っていた心が、ついに悲しみの一色に沈んだのだ。
2人は風呂場で産まれた姿のまま、ずっと泣き合っていた。
その夜は、【兄妹たち】が涙流す中で明けていった。