第14話 状況は休ませてくれない 眼差し集うところへ
【人造人間ファストと人造人間ジルカレの場合】
ロテを気絶させたあとは警察を呼んで、彼を拘束した。けど人造人間はまだ法的に人間として認められていない存在だから、法で裁くことはできず極秘に人造人間製造センター地下の物置部屋にて監禁されることになった。
ロテを護送する警察の背中を見送った3人は、警察に保護されながら警察署までの道のりを歩く。
町中を歩くということは、【人造人間】ジルカレにとって初めての経験だ。
大量のパトカーの回転灯の眩しさと煩さ。
セピア色の街灯に照らされて暗いオレンジ色にうつる歩道。
シャッターの下りている古ぼけた小売店。
トラックの爆炎に群がる野次馬たちと無数のフラッシュ。
星の見えない空。
全てが【人造人間】ジルカレにとって、初めての体験だ。だが、ジルカレの心は踊らない。
(もっといい形で外に出たかったなぁ)
テロが起きて裏切り者と化したロテを捕まえるために飛び出した。その過程でいったい何人が死んだのだろう。惨殺されたスタッフたち。愚かな行為に出た果てに死んでいったテロリストたち。ジルカレは血に塗れた足で人造人間製造センターを出たくなかったのだ。
その思いは【人造人間】ファストも同様だ。初めての外出に彼も心踊らない。足を血の海に浸けてしまった兄妹はふたり警察官に導かれて不夜城の警察署に着く。
ここは警察署の応接室。人造人間たちのために特別に開放されている。テレビの真っ暗なスクリーンを前に、ファストがリモコンに手をかけている。
「センター長である私が許す。だからニュースを見ても構わないが……見なくてもいいんだぞ、ファスト」
ミルバル博士が心配する。ファストの手が震えている。民間に漏洩してしまった情報如何によっては彼自身が矢面にたたねばならないかもしれないから。
「どんな内容でも私が立つ。君は立たなくていいんだ。私がセンター長だから……。君は責任を背負わなくていい……」
「ありがとうございます……。でもこれはロテを兄妹として止められなかった責任でもあるので」
と、リモコンの電源ボタンを押す。出てきた画面は、人造人間製造センターのテロについてだった。
『……今入ってきた速報です。人造人間のうちひとりがテロに加担したという情報がはいりました』
男性アナが神妙な顔で、漏れてはいけなかった情報を発表している。頭を抱えるミルバル博士。目が揺らぐファスト。鼓動が加速するジルカレ。しばらくの沈黙のあとに、署長が電話大統領からだと電話を取り次いできた。
「はい。もしもし、ミルバルです」
『私だ、大統領だ。まずは無事でいてくれて安堵している。だがまずいニュースが流れてしまった。済まないが、大統領府まで来てくれないか』
国を挙げたプロジェクトがこのような結果になってしまっては当然だろう。ミルバル博士はかわいそうな被害者から、人造人間を暴走させてしまった愚かな加害者へと変わってしまうかもしれない。
『詳しい話はこちらでしよう。車は手配した、大統領府までの間に身体を休めてくれ』
「はい」
電話が切れた。再び沈黙。そののちにミルバル博士が顔を上げて虚空を見つめ口を開く。
「ごめんな。私が責任者なのに見抜けなくて。この惨劇を止められなくて。ごめん。アーロ。イシュデル。メルカル。みんな」
テロで亡くなってしまったスタッフの名前を呼びながら泣き、頭を下げ続ける。ファストはそれを聞いて、祈るような姿勢になって黙とうする。
テレビを見続けているジルカレは、テレビの報道具合から民間にどれだけ情報が洩れているか把握する。一通り把握を終えてテレビを閉じ、ジルカレがファストの顔を見る。ファストが奥歯を噛みしめて辛い表情になりながら、何かを考えているようだった。それを見たジルカレが苦虫を嚙み潰したような顔になり、ファストとミルバル博士に耳を近づけるように言う。
「ジルカレ。大事な話なんだろうな」
ファストがジルカレに念押ししてから耳を近づける。ミルバル博士も同じくする。
「―————―—―—―—―————————————————————」
ジルカレのささやいた言葉に、ファストとミルバル博士が目を見開き、驚愕する。
「た、たしかにそうすれば首の皮一枚つながるかもしれない……けど、ファスト君はどうなんだ?」
急に地面を凝視し、視線を動かさなくなるファスト。その表情には何か重いものがかかっているような真顔だ。
「大統領からの車が来ました。3人がた、移動をお願いします」
警官が知らせに来て、案内されるがままに3人はリムジンに乗る。リムジンに揺られながら、ファストはついに決心したように顔を上げる。
「僕、決めた。ジルカレ、君に言われたことを人々に伝えるよ」
それを聞いて、ジルカレはますます苦い顔になる。
「ごめんなさい、お兄。こんなことを言わせてしまって……」
涙流れるジルカレをファストがそっと抱きしめる。
「いいよ、ジルカレ。ほんとうは僕もうっすらと考えていたことだ。けど、なかなか踏み出せない僕の代わりに君が決断を肩代わりしてくれた」
ジルカレの背中を優しくさすりながら、ファストが言う。
「察してくれたんだろう、僕の気持ちを」
「うん」
ジルカレがこくりと頷く。
「ありがとう、そしてごめんな」
「ううん。お兄だけに全てを背負わせたくなかったの」
妹が兄の衣服を握りしめ、胸に顔をうずめる。
「僕の責任が和らいだのはほんとうだ。ありがとうな」
慰め合う兄妹を乗せたリムジンが大統領府につく。緊急対策室に入ったファストは記者会見に自分も出る旨を告げ、ジルカレの提案を伝えた。思い悩む大統領だったが、国の無事を守るにはこれしかないと了承を出した。
「じゃ、ジルカレ、僕はこれから会見してくる」
真夜中にもかかわらずたくさん集ってきている記者団。その面前へ、オルミア議員とミルバル博士と【人造人間01】が会見に臨む。
そして、【長男】ファストは世界へ嘘を告げることになるのだった。