第12話 たたかいのよるに人造人間は神の片鱗をみせる
【四女エルカレの場合】
話は30分ほど前に遡る。衛星をハッキングしたエルカレが、次なる手を模索しているときにトゥレルが救急箱を持ってきたのだ。
「エルカレ、じっとしてて!」
銃弾にえぐられたおでこの表面の傷をトゥレルが包帯で巻いて、止血する。その治療行為のあいだ、エルカレは一心不乱にハッキングを続けていた。
「これは、なにしてるの……?」
「調べてみたらテロリストたちの車は古い車で手動運転だけなの。だからハッキングできないから周りの無人の車をハッキングしてやろうって……」
「ちょちょ、それ無茶じゃない!?」
法的にもアウトだが、トゥレルにとってはあまりの難易度の高さの方が重要だった。この世界はAI発展時代を迎え、あらゆるほとんどの機器にAIが導入された。車も例外ではなく、今や自動運転できない車は旧世代の遺物扱いされていた。そんな時代、古いものを除くほとんどの機器はハッキングを防ぐためにアンチハッキングAIを搭載している。———早い話が、AIに勝てなければハッカーは務まらない。そして、そんな人間はいない。
トゥレルの言葉に耳を貸さず、エルカレは一心不乱にコードを書く。だが、弾かれてしまう。
「ほら、言わんこっちゃない。せめて古い衛星を駆使してどうにしたほうが……」
エルカレがハッキング対象のAIのコードを凝視している。人間の目では何もわからないブラックボックスと化した、その呪文を。その次に人間の耳には驚くべき言葉が出た。
「なるほど、こーなってるのかあ」
ありえない。人間がAIの考えていることをわかるなんてありえないが、エルカレは人造人間だからあり得るかもしれない。トゥレルはそう思った。
(有史以降、長らく人間だけが何かを発見し築き上げる力を持っていた。けど機械のAIが現れてから人類は発明者の座を追いやられ、AIが代わりにその座についた。発見し作り上げる、まるで神のような力)
トゥレルが思考に耽る中、クソ長い呪文の羅列を素早く読み終えたエルカレが再びハッキングコードを書く。
(でも人造人間なら機械に取り上げられた力を取り戻せるかもしれない。人類が機械から神の御座を取り戻すとき、それは彼ら人造人間によってなされるのかもしれない。機械と同じく神の力を持った人造”にんげん”によって)
トゥレルは、人造人間に新たなる、限りのない可能性を見出す。エルカレがエンターキーを押した瞬間、難攻不落の防壁が破られて無人の車が動き出した。
人間とAIの融合理論が今はじめて人類の復権の道を歩き出したのだ、とトゥレルは感じた。
(支えよう、私たちのような旧い人間は新しい人類を。この命に代えても、神に昇れる人間だけは守らなくちゃ)
エルカレが効率化のためにハッキングAIを作っているその後ろで、トゥレルはひとり涙しながら誓うのだった。その涙は感動か一種の諦めか。誰にもわからない。
【裏切り者の場合】
時間は戻って、エルカレにハッキングされた大量の無人の車がロケットのようにトラックに接近している。テロリストたちが夥しい量の銃弾を浴びせ、次々と爆破していく。だが、爆破した端から新たな車が充填されていく。
「クッソォ! 衛星通信PCを出せ! 俺が対抗ハッキングしてやる!」
ロテがトラックの奥に引っ込み、パソコンを開いて、いきなり指を忙しなく動かしてキーを押す。だがパソコンにも文字の羅列が現れる。エルカレの書いたコードに浸食されているのだ。
「押し返してやらぁ!!!」
ロテがパソコンのキーをたたき続ける。エルカレの浸食を押し返そうとコードを書き続ける。トラックがドォンと音を立てて大きく揺れる。無人の車が体当たりしてきたのだ。またドォン。複数の車が体当たりを仕掛けてくる。それにも構わずパソコンと向き合うロテ。徐々に浸食を押し返し、やっと1台の車の支配権を獲得した。
「ごらあああああっ! 自爆しやがれえええ!」
向かってくる車のうち1つがロテに支配され、急ブレーキをかける。列を作っていた車たちが次々に衝突し、大爆発した! だが、爆炎の中から再び夥しい量の車が現れる。
「くっ、そ……おおおおおおおおおおおおおおお!」
尚もパソコンに向き合い続けるロテだったが、トラックのほうが限界を迎えている。体当たりされた影響でタイヤが外れかけている。
田んぼ風景は終わり、町に突入する。流石に町の人々を巻き込めないと判断したのか無人の車の群れが町の寸前で停止する。
テロリストたちの安堵も束の間だった。今度はパトカーや警察の装甲車両が無人の車たちのあとを引き継ぐようにしてトラックを追跡、接近を始めたのだ。
限界を迎えたテロリストのトラックのタイヤが外れた。暴走していたトラックは道路の真っ只中でスリップし、建物に衝突し、轟音を上げて爆発する。
爆炎の周りを警察が取り囲んだが、爆炎に隠れて這い出るものに警察は誰一人気付かなかった。