第11話 後ろに道なし、ただ前を向くのみ
ここはティオルシア国政府の大統領府。人造人間製造センターでのテロを受けて緊急対策室が開かれ、今や官僚らと与党政治家たちが忙しなく走り回り、大量の書類がゴミのように飛び散らかっている。
「周辺の交通を規制せよ! できる限り出動できる機動部隊を行かせよ!」
と檄を飛ばしているのはティオルシア国大統領、アル・カークマン。その傍らでは、ジルカレが会った議員オルミアが頭を抱えながら周囲の人々に喚き指示を与えている。
「テロリストのくそったれどもめ! いいか、特に人造人間に関する情報流出のないようにしろ!」
緊急対策室が重々しくピリピリした空気に支配されるのを、ピピピピとなった着信音が切り裂く。大統領が着信に応える。
「なんだ、誰からだ! ……ミルバル博士! え、え? は? おい! オルミア!」
大統領が顎でくいっくいっと対策室の外を示し、電話と一緒に2人で一緒に向かいの部屋に移る。
『誠に申し訳ございません。……これは極秘に願いたいのですが、人造人間05がテロリストになってしまい、他の人造人間たちが05を止めようと躍起になっています』
その声はミルバル博士のものだった。博士の声に紛れて車の駆動音が聞こえる。電話はスピーカーモードに設定され、大統領とオルミア議員がそれを聞く。オルミア議員の表情が青ざめ、逆に大統領の顔が赤くなる。
「なんたることだ! 人造人間がテロを起こしたと知れば国際社会の制裁ものだぞ!」
「ど、ど、どうしましょうカーク?」
「いや、待て! おぬし、他の人造人間がなんたらとか言ってたな?」
『ええ。今、人造人間01と人造人間08が彼を追いかけ、人造人間07がハッキングで以て人造人間に関する情報の流出を防ごうとしています。……人造人間01が話したいことがあるそうです』
『大統領。申し訳ございません。人造人間05が反旗を翻してしまい、我々も彼を止めるためとはいえ制約を大きく破るような振る舞いに出てしまいました』
それを聞いたオルミア議員が、もう全て終わってしまったと失神してしまう。大統領は努めて冷静に頭の中で整理し、人造人間01に対処する。
「01、いや、ファストと呼ばれているのは知っている。どうせ05がテロを起こした段階で我が国は詰んだようなものだ。理知的な君だからこそ今回のような手段に出たかもしれないが君たちには経験が」
バァン!と扉が開き、官僚が入ってきた。
「緊急事態です! 処分済みの衛星が何者かに操られ、テロリストたちを映し続けています!」
『エルカレが必要だと言って乗っ取ってしまいました、すみません!』
「ぐおっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
頭に血が上り本当に皮膚に浮き出た血管が少しばかり破れてしまった大統領。しかし今回の話の中に有益な情報があった。
「待て待て、それをエルカレとかいうのが操っているだと? 一瞬でできたというのか?」
『はい』
大統領の身が震える。AIを頭の中に封じ込めた人造人間というのはここまでできるのか、と。彼の中に人造人間に対するある種の信頼が生まれた。
「よし……仕方ない」
身なりを正して、大統領が緊急対策室に戻る。
「我々はこれより味方側の人造人間たちと連携して裏切りの人造人間05を捕縛する! 必要ならば殺して構わん!」
【長男と五女の場合】
バンの中の運転AIが自動操縦する。だが、そのハンドルをスタッフの1人である運転手が常に握っている。その後ろの座席にはジルカレとファスト、ミルバル博士が座っている。
「ジルカレ、これが君の武器だ。ロテに相まみえたらそいつを使え」
「……うん。必ず捕まえてみせる」
バンがトンネルの中に入る。トンネルの照明の窓を通り過ぎる点滅が車内を激しくチカチカさせる。
「どうして、ロテはテロを起こしちゃったんだろう」
ジルカレが、ぼそりとつぶやく。激しい点滅が、涙をチカチカさせている。ファストは何も答えず、ただ視線をジルカレに向けるのみだった。
やがて周辺に異変が起こる。無人の車が次々とファストたちの進行方向に向かってひとりでに走り出しているのだ。
「これは……まさかエルカレが?」
『うん。勝手に人のいない車を拝借しちゃった。わたぢはこれであいつらを止める……!』
一気に無人の車の群れのギアが上がり、あっという間に走り去る。
「ここからは腹くくるしかないな……待ってろ、ロテ!」
ファストの決意と共にバンもギアを上げる。
【裏切り者ロテの場合】
「うまくいった! うまくいった! さあ、スマホをよこせ!!!」
逃走するトラックのなか、ひとり大笑いしながらロテがテロリストの手元からスマホを奪い取る。怒ったテロリストがスマホを奪い返そうとするも、あっという間にロテに組み倒されてしまう。
「おいおい、今回イチ活躍した俺になんて態度だぁ? そもそも、妨害電波の範囲外に出たら写真バラまくって約束だっただろうが!」
周りのテロリストたちはそんな諍いを無視している。スマホを奪い返すのをあきらめたテロリストが渋々と席に戻り、ロテはスマホのロックを見抜いて解除する。
「施設内のカメラは有線接続だったせいで手間がかかるが、ほーれほれ」
カメラとスマホを有線でつなぎ、スマホへの写真のアップロードが完了する。
「おい、野郎ども!!! これから写真を上げる! あいつら人造人間どもの化けの皮をはがしてやろうじゃないか!!!!」
打って変わって周りのテロリストが大歓声をあげる。中には自分だって人造人間じゃないかとつっこむ者もいたものの、当のロテは気にしなかった。
「アップローーード! うん?」
画面をタップしようとしたとき、突然画面が暗転して文字の羅列が上から下へとザーッと流れていく。何度かタップを試みるも反応せず、バッテリーが膨れる。
「くそっ、投げ捨てるしかねえな!」
トラックの扉を開けてスマホを投げる。バッテリーが、ボン、と音を立てて爆発した。
「ハッキングか、あれは……ん?」
道路の向こうからやってくる、ライトを付けず闇夜に紛れた亡霊のような無人の車の群れがテロリストたちの目に入った。そして、ロテははっきりと人造人間たちが自分を捕まえにきていると感じた。敵に回して改めて思う、人造人間たちの恐ろしさにロテは背の髄が震えた。
「てんめぇら、歯ぁくいしばれ!!!! ここからが本番の戦いだ!!!!」
途端に大量の銃声が車の群れに放たれ、戦いの火蓋が切って落とされた。