第10話 立ち上がる少女、【四女】エルカレ
【四女エルカレの場合】
泣いている場合じゃない。【長男】ファストの言葉を聞いたとき、【四女】エルカレは直感的に思った。それでも溢れ続ける涙を手首で擦りながら、涙声混じりに【長男】に聞く。
「ほんとに、ロテをほっといたらわたぢたち終わっちゃうの……?」
「ああ」
それを聞いて、エルカレの心の中で何らかの踏ん切りがついた。
「今も怖い……痛い……悲しい……でも、ここがなくなるのはもっといや……!」
【次男】ファングとの抱擁を解いて、エルカレが立つ。ひとり立つ妹のことをファングが不思議そうに見上げる。
「悲しむのは後……痛むのも後……頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ……」
今にも泣きそうな、辛い表情でひとりエルカレが歩き出す。
「エルカレ、どうするつもりだ?」
【長男】の問いに、エルカレが振り返って答える。
「最近プログラミング、まなんでたから……ハッキングしてやろう、って思って」
「そうか。トゥレルさん、ファングは彼女のサポートをお願いする」
まだ幼いエルカレを争いに参加させるなんてどういうつもりだ。そんな言葉が喉元にまでせり上がって、すんでのところで押しとどめるファングだった。
「ジルカレ。君と僕は直接あいつを負う。ミルバル博士、あなたがいないと僕たちが外にいる体裁が取り繕えないので同行願えますか」
その日は大勢の仲間たちを亡くし、彼の研究成果が裏切りのテロを起こしたことで精神がいっぱいいっぱいになっているミルバル博士だったが、【兄妹たち】の会話内容だけはなんとなく理解し、彼の心の根元にある責任感が彼を頷かせる。
「わかった、同行しよう……」
パン、と【長男】ファストが手をたたく。
「では、これより【裏切り者】ロテの追撃を始める! 各々、それぞれの役目を果たせ!」
そう激励したファストはジルカレとミルバル博士を伴って外へ走っていった。エルカレとファング、スタッフのトゥレルが施設内に残される。
「あ、私は救急箱持ってくるけどこれからどうするんだいエルカレ?」
「トゥレルさん。その前に、コンピュータールームの外界ネットワーク接続権限を許可してください……。この施設内じゃ無線が使えないよう特殊な電波が出てるけど、ロテがその範囲を出たら写真をバラまかれて終わりになっちゃう。だから、有線で外の世界と繋がって、こっちが先制する……!」
「わかった。どうせ非常事態だ、あなたの好きになさい! 私は管理室で許可を出してからそっちにいく!」
「お兄ちゃんも、手伝ってくれるよね」
「あ、ああ……救急室で手当てしてから行く……」
エルカレとトゥレルがそれぞれの方向へ走り出していく。ロテの裏切りによる絶望感と、エルカレとジルカレを止められず戦いに参加させてしまった後悔でいっぱいいっぱいになりながら、【次男】ファングはひとり立ち上がって歩く。
コンピュータールーム。ここは、【兄妹たち】がプログラミングや疑似インターネットによるネットリテラシーを学ぶための部屋。AIを搭載している彼らのために、コンピュータールームにあるパソコンはどれも最新高性能モデルのデスクトップパソコンになっている。エルカレは長机に挟まれるようにして、計6台のパソコンに囲まれる。
「まだ範囲内であることを祈って……!」
パソコンを起動。いつもならそこには無いはずのインターネットのアイコンを見つける。エルカレが6台のパソコンのうちひとつのキーボードを叩きつけて、コードを描く。その片手間に施設内で唯一無線で利用できる施設内端末でミルバル博士と通信する。
『どうした、エルカレ?』
「ごめん、ミルバル博士。わたぢ、ハッキングのために色々なところに迷惑かけるかもしれないの」
『そうか。……どうせ地獄の未来しか待っていないんだ、責任は私がとる。好きにやりなさい』
「許しがでたの」
施設内にまだ残存しているスーパーコンピューターを駆使しながらエンターキーを押す。既に廃棄されてスペースデブリになり果てた宇宙衛星が起動する。その衛星がコアになって周辺の廃棄済み衛星も次々と起動する。それらは切れかけの燃料を噴射しながら、とある地上の一点を撮影し、エルカレのモニターに映し出す。センターの出入り口から出ていくテロリストのトラックが見える。
「ありがとう、お空の妖精ちゃんたち」
そして、反撃ののろしが上がる。