第9話 最悪の未来を止めよ、今ここにある罪から目を逸らしながら
【次男ファングの場合】
パン、パパン、ダンッ。銃声が鳴り止まない。人が次々と倒れてゆく。だが、倒れてゆくのは白衣のスタッフではなく武装したテロリストの方である。
「お、お前らが悪いんだからな……!」
【次男】ファングがテロリストから奪い取った銃で次々と敵を撃ち殺してゆく。AIによるサポートで安全な場所から安全なタイミングで撃ち抜くべき敵を撃つ。
銃を持ったことのないひとりだけで、もう7人は倒した。まだかすかに息のあるテロリストにファングが銃口を向ける。
「じんぞう、にん、げん……。悪魔め、やはりほろぶべ、き……!」
パンッ。8人目。たった今死んだテロリストの銃と、いま弾が尽きた銃を交換して【次男】ファングが走り出す。
ファングはいま、禁じられた立ち入り禁止区画に踏み入って兄を探している。生き残っているスタッフを探している。その彼の視線の先に、【裏切り者】ロテが他のテロリストを伴って現れる。
(何故ここにいる……? ま、まさか……)
施設に爆発物を仕掛けるには内通者がいないとできない。それにテロリストが多数入り込んでいたにも関わらず、まるで敵に遭わなかったかのように平然としている。
以上の理由から、【次男】ファングは【三男】ロテのことを裏切り者だと見做した。だが、銃口を向けられない。兄妹だったのだから。
「あ、いたのか」
とロテもファングに気付き、ロテが銃をファングに向ける。その事実に、ファングが唖然とする。
「兄妹、じゃなかったのか!」
パパン。 ロテの銃が火を噴いた。ファングは間一髪で避ける。だが、無理な体勢で避けるしかなかったため、つまずいてよろめき、右足の甲を撃ち抜かれた。
悔しさのあまり雄叫びを上げながら、ファングは廊下の曲がり角に隠れる。
「隠られたか。あまり構うとこっちがやばいし、警戒しながら行くか……ん?」
ロテが何かを発見した。気になったファングが曲がり角を覗き込むと、廊下のロテの向こう側に【四女】エルカレが立っているのを見た。泣きながら怯える少女にテロリストたちが銃口を向けているのを見て、ファングの中で感情のリミッターが外れた。
「俺の妹に手を出すなあああああ!」
撃ち抜かれた右足を庇ってしゃがみながら、ファングが敵を滅多撃ちにする。だがファングが撃つより先に、ダァン、という音が鳴ってテロリストの放った弾がエルカレの頭に命中する様を兄が目撃してしまう。
「ああああああああああああああ!!!!!」
テロリストたちが蜂の巣になる中でただひとり、ファングの行動を予測してエルカレにでなくファングに銃を向けているロテが撃つ。2人の人造人間が撃ち合いになる中でこれ以上リスクを負えないと判断したロテが出口の方へ疾走し、その場から姿を消す。
「エルカレ……エルカレっっっ!!!!」
痛む右足を引きずりながら【兄】であるファングが【妹】のエルカレのもとに駆け寄る。
「うっ……痛いよ……怖いよ……悲しいよ……」
テロリストの放った弾は避けようとしたエルカレのおでこの表面を少し抉っただけだった。言葉が正常に回る妹を抱きしめて、少し安堵して涙する兄であった。
「生きててよかった……エルカレっっ……!」
サイレンの赤い回転灯の鳴りやまぬ中、テロリストとスタッフの血が入り混じる朱い水溜まりに座してしばらくの間抱き合う兄妹。そこへまず【五女】ジルカレとスタッフのトゥレルの2人がやってくる。
「エルカレっ、そのおでこどうしたの!? よくもわたちと同じ顔を傷つけやがって……!」
エルカレはひどく怯えて声が出ず、ファングが力の入らない細い涙声で代わりに答える。
「あいつらが、やった……。でも、あいつらの中にロテがいた。信じたくないが……」
ファングは未だにロテがテロリストの仲間入りしていることを信じられず、悲壮感と無力感に打ちひしがれて泣いている。
「え……? もういっかいいってよ、ロテがどうしたって?」
「……ロテが、あいつらと一緒にいて俺を撃ったんだ」
ふいに、ジルカレは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。心臓が縮まる。手に段々と力が入らなくなり、心が冷たくなっていく感覚になる。
「え? さらわれたんじゃなくって……うらぎった?」
それをきいたジルカレの心が、今度は熱くなる。縮まった心臓が今度は大きく拡がろうと鼓動を早める。手に感覚が戻っていくらでも力を入れれそうな気になる。目の前が急に開けて、まるで何かを追い求めるような眼差しに変わる。
「許さない……。赦さないっっっ!!!!!!」
心が怒りの炎に包まれ、AIが彼女の思いを受け止めて暴走しそうなジルカレが走り出そうとするが、トゥレルが彼女を抱きしめる。
「待ちな! 今回だけはあんたの考えてることがわかるぜ、ジルカレっ! ただロテのことを追うことしか考えてないだろっ!?」
「だってだってだってっ!」
「気持ちは分かるっ! 裏切られて悔しいだろ! 悲しいだろ! 罰したいだろ!? でも見ろっ! 今ここに、あんたが大事にするべき人がまだいるじゃないかっ!」
「あ……」
兄の胸の中で鼻水垂らしながら泣くエルカレと妹を抱きしめながらロテを思って泣く兄の姿を見て、ジルカレの思考が少しだけ落ち着く。それに伴ってAIの感情に対する働きかけが落ち着いていく。
「はぁ、はぁ。今のは、明らかにわたちの感情じゃなかった……。ありがとう、トゥレルさん」
落ち着きを取り戻したジルカレが、逆にトゥレルを抱きしめる。
「いいってことよ。……さて、逃げようか、ここから」
「済まないが、逃げるわけにはいかなくなった」
その場に【長男】ファストがミルバル博士を伴ってやって来たのだ。ミルバル博士のほうは心を保つに一生懸命らしい。
「お兄、それってどういうこと!?」
「単刀直入に言う。人造人間の反乱だけでも外の世界じゃ大大ニュースだ。おまけにロテは【長女】の写真までバラまくつもりだ」
それまでお互いに泣き合っていたファングとエルカレもその言葉を聞いた一瞬だけ驚いて泣き止んでいた。ジルカレとトゥレルの表情が血の引いたように白くなる。
「そ、それって、ロテは、このセンター、いや、わたちたち人造人間そのものを終わらせるつもりってこと……?」
「ああ。確実に僕たちのこの世界での居場所が無くなる。【異形の人造人間】を作り出してしまった罪を隠蔽したセンターは世間の声で解体され、人権の無い僕たちは反乱を怖れられて処分という形で殺される。そんな最悪の未来をあいつは作り出そうとしているんだ。だから、今ここで僕が君たちに指令を出す。兄妹たちで協力して、あのテロ野郎を止めるんだ」