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皇族の一族

皇弟殿下は隠居したい

作者: アリス法式

ふと思いついたので気晴らしに書いてみたお話。花街等は特に詳しくないので完全に創作です。あくまで時代劇風ですのであしからず。

 古き時代において、大陸の半分を治めていたといわれる皇国。

その古き皇都において一番華やかな場所を尋ねられると、皇都の住人は口を揃えて花街「花鳥」と答えるだろう。

当時の皇族すら魅了したといわれる古き有楽地は、現在では貴賤括りなく人々を向かい入れる観光地として有名であるが、その中で老舗の大店と呼ばれる店にとある共通点があるのはご存じであろうか。

老舗の大店にのみ存在する「蝶の間」と呼ばれるその部屋、その部屋は、派手な遊郭や湯屋が並ぶ老舗の大店の一室において場違いなほどに質素であり、よく言えば温かみのある、その部屋の主の為を考えてつくられた一室である。

その店ごとに趣は変われども、不思議な住みやすさは変わらず「蝶の間」の主が同じ人物であり、その部屋を現状のまま保持していることからも、当時の苦界に住まう者達から慕われていた人柄が透けて見える。

今日はその―――。   20××年4月号 コラム「古き花街の生活」から抜粋。





「ちょうさま…、起きて、おきて」


ぺちぺちと小さな紅葉が頬を叩く感触に感じながら、薄目を開けると顔立ちの整った童が、涙ながらに掛布団をはぎ取ろうと奮闘しているのが見えた。

私を、起こすのは、その店の幼い禿の仕事だと決まっているようで、二度寝に入ろうとすると起こすまではおまんまにありつけない禿の恨みがましい視線に永遠と刺され続けることとなる。


「お花、目が覚めた、台所に行っていいぞ」


「だめ!前もそういって、起きてこないから、姐さんたちに甘味を取られたんだもん!」


適当なその場しのぎは、あっさりと見破られた。

なぜか、私の起こし係には明確な懲罰が決められているようで、どこの家で寝ていても、このような恨み節を聞かされるのは心に良くない。

特に、今の新造達は同世代の者達が多く付き合いが長い分、私にも、下の禿にも容赦が無い。


「わかった、……わかった。

起きるから、耳元であまり叫ばないでくれ」


伸びした手に差し出された湯呑から白湯を一口流し込むと、少しだけ気分がすっきりとしてくる。懐から取り出した薬箱から一服、生薬を口に含み、残った白湯で流し込む。

苦みが口に広がり、顰めた顔と共に目が覚めた。

何回飲んでも慣れない苦みが、喉を伝い臓腑の中へ落ちていく。

ゴクリと隣から喉を鳴らす音が聞こえた。振り向くと、禿の花が一丁前に顔を赤らめて此方を凝視している。

そのおでこを指で弾くと、涙目で睨みつけてきた。

コロコロと表情の忙しいその姿に、笑みを浮かべ、座敷を出た。

後ろでは、花がその小さな体で一生懸命布団を運び、日当たりのよい場所に干しているのが見える、次はいつ使うかもわからない部屋なのに、毎日のようにこの部屋は禿が掃除し、埃なくただ寝に来る主を待っている。


――まるで、自分自身のように――。


羽織り物を着崩して、短く切り詰めた煙管(きせる)に火をつけて咥え煙管で縁側を歩く、日当たりの気持ちが良い、そんな麗らかな朝だった。




「…行ってくる」


何人かの顔なじみに見送られて、店を出るころには、徐々に人々が、街自体が動き始め、街が起き始めるころ合いとなってた。

花街の背後に聳える北の離宮、その大鐘楼が告げる昼の刻限は、花街の大門が開く刻限でもあり、夜見せまでの間、花街へ物資や着物などを売りに来る商人たちで賑わうこととなる。

若手の行商人などは、少しでも儲けが出れば、その銭を握りしめて馴染みの店に行くも良し。

大店の商人などは店の若い衆に振る舞いをする豪儀な者もチラホラといたりする。

勿論、そんな人通りが多くなれば、たちの悪いものが湧いてくるわけで、その者たちを取り締まる役の者達が忙しい時間となる。

その性質上、警邏隊は正式な捕縛の権限を持っており、最近ではそれを知らない小物の騒動ばかりで大きな事件はめっきりと減ったが。

大門の横、警邏隊の詰め所に顔を出すと馴染みの顔が数人駆けてきた。


「人の動きはどうだ?」


「問題ない、変な物資の動きも無いし、ご禁制の物が持ち込まれた雰囲気も無いな」


「ああ、精々に明け方酔っ払いを数人拾って、酔いが冷めるまで頭を冷やしている程度だ」


花街ゆえに、いくら対処しようとも授かり物は否応が無く生まれてきてしまう。

この詰め所に詰める者も、そういったこの町で生まれた者達が大半である。

その花街の裏の裏まで知り尽くした目を欺ける手練れは、多くない。

頷いて、労いの酒を手渡すと、夜番明けの若衆から歓声が上がった。

彼らはこれから眠るため、昼寝の為の寝酒は欠かせず、そこに普段飲めない階級の酒が来たために思わず声が漏れたらしい。

対して昼番の若衆からは、恨みがましい視線が飛んでくる。

その視線を振り切るように、風を切って街路に踏み出すと、警邏隊の中から一人すっと背後についた。

馴染みの深い気配だ。


(ふう)、調子は?」


頭の揺れる気配から、頷いたのだと判断して、視線を向けることなく街路を歩いていく。

今の服装は朝とは変わって、遊び慣れた商人の若旦那といった所。それに付き添う風も番頭か奉公人といってもよい、違和感のない小奇麗な格好で背後ついてきていた。

商いの調子が良かったのか、すれ違う者達も笑顔が多い、しかし、その中を一人、二本差しの者が肩で風を切って歩いているのが見えた。

どこぞの旗本の御家人か、昼のこの時分には珍しい堂々とした姿である。


今河(いまがわ)の御当主が昨日から都入りされておりますので、その御連枝(ごれんし)の方かと」


「ふむ、確かに。あそこには先の『紫南の方』が入っていたな、それ故の驕りかな」


「はい、昨夜も、随分と派手に遊んでいらしたと」


「そうか、気持ちよく遊ぶ分には構わないが、無体な輩が出なければいいが……」


口を閉ざした風に、ため息漏らし、夜回りの人数を増やすように指示を出す。

今宵も眠れぬか。

すでに慣れ親しんでしまった習慣に、イラリ疼く気持ちを咥え煙管を嚙み込むことで流し去る。

規模は違えども、この街に住まう者達は私が守るべき民であり、この国から零れ落ちた者達を救い上げる最後の受け皿である。

たとえ苦界と蔑まれようとも、ここで生まれ死ぬ者たちを守ってやらぬ道理は無い。

私も、またこの地に堕ちた以上、この街こそが私の家であり、故郷なのだから。



朱の日が沈み、暮れの鐘が鳴ると、本当の意味でこの街が目を覚ます。

北の離宮を除く三方の大門が開き、一夜の花を求めて灯篭に群がる蝶が金を握りしめ、街路に溢れでる。

商いを終えた商人たちもユラリと誘われて、一人、また一人とその儲けを店に落とし始める。

どこぞの店を貸し切ったお大臣様。

祭とばかりに喧嘩する荒っぽい町人たち。

そして、大名行列よろしく、しゃれた着流しの二本差しの集団。

先頭若衆は昼に見た二本差し、その後ろを物珍し気に、少し垢ぬけない風貌の派手な着物に着られた、元服したての若者がつられ歩いていた。

連なる者達も、みな若く、もしかすれば皇家への元服の挨拶へと一族の若衆を連ねて来たのかもしれない。

入ったのは、老舗の一つであり、洒落た気風も持ち合わせる「白百合庵」である。

代々の座主の嗜好なのか擦れの少ない女子(おなご)衆が多く、没落した貴家の令嬢などをその持ち味を殺さずに、どちらかといえば一夜の夢よりも、男にとっても女子にとっても、一時の止まり木を自称する珍しい家風である。


「貸し切りか……、随分と大盤振る舞いだな」


「さすが東方の雄の、面目躍如といったところですね」


昼の時間、調べて回った風聞では、いまこの白百合庵にて花鸞(おいらん)の座にいる女性が今回来た今河家三男の幼馴染だとか。

初恋の女性、しかもお家の為に苦界に沈んだ女性を救うために、今回の道中に合わせ遥々身請けも考慮して会いに来たのだという。


「……お涙頂戴だな」


かといって、一度苦界に沈んだ以上、そう簡単には抜け出せない。

なんせ、この街は皇族すら手出し無用の街なのだ。

裏から手を回そうとも、裏口は離宮の主であり、その主は無用な波風をこの街に求めてはいなかった。

若い二人が、涙を流しながら触れ合う一時を無粋にも眺めていた遠眼鏡を外し、「蝶」は久々に訪れた己の執務室の襖を閉めた。

花街「花鳥」その、外堀を繋ぎ聳える北の離宮。

その主は、明日を思い深く息を吐いた。

その目には、さして年の変わらぬだろう青年が、己の正義を胸に離宮を訪れる姿が見えていた。




「お願い申す、皇弟殿下」


片膝を付き、頭を垂れる。

名家の三男である今河与三郎兼平がこの最敬礼をする相手は少ない。公の場で家長である父と跡継ぎの兄へ。それ以外では昨日拝謁した皇帝夫妻が初めてであり、目の前の皇弟殿下以外の御兄弟の方々が臣下へと下っている以上、現状家内を除けば頭を垂れるべき相手は、目の前のお方が最後の一人となる。


「まず面を上げろ」


面を上げると、噂通りのお方がそこには座していた。

先の皇帝陛下の末子であり、時の高級娼婦が生んだという、その尊顔は、さすが美姫と呼ばれた女性と皇室の血が混ざりあった不可思議なまでに目を引き付ける艶を纏った姿であった。

男性でありながら思わず、生唾を飲み込んでしまうほどに生々しい色気を煮詰めたその姿に色街の姐衆が褒めるのも理解できた。

気だるげにはだけられた羽織が似合っており、下手といえども不敬に値する咥え煙管の姿は、咎める気持ちすら起きず、その涼やかな瞳に飲まれた。

亡くなられた上皇陛下が、あれが長子であれば戦など起きなかったと迄言わしめた皇者の気風。


穢れた血、色街の(おう)、それらの侮り奥底に沈めていた気持ちがあっさりと、一目見ただけで打ち砕かれた。


「お願い申し上げたいことがあって参りました。皇弟殿下」


再度、深く頭を垂れる。

習った儀礼を思い出し、昨日の拝謁したときに感じた緊張感を伴って。

深く深く頭を下げた。


「許す、述べよ」


ここに来る前は、彼女の開放を望むつもりであった。

しかし、昨夜の彼女の言葉が、思い出される。


『その必要は無い。

焦る必要もない。あなたが努力して、いつか、その手で私を迎えに来てくれることが一番うれしい』


一輪の白百合の様に、涙ながらに綻んだ彼女の顔を思い出した。

彼女の笑顔がひび割れてしまう前に、彼女の思いが沈み切ってしまう前に、と、焦る思いを、今のこの場で殺した。


「好いた女子がおります」


「……うむ」


「将来をと願った女子がおります」


「うむ」


なぜかこの方であれば、聞いてくれると。大丈夫なのだと思った。

父にも、兄にも感じたことの無い不思議な感覚を味わいながら、言葉を絞り出した。


「いつか、この手に。

この身で迎えに参ります。願わくば、その時まで、今のままの彼女で有れる庇護をお願いしたいと思っております」


深く、深く。

初めて心から頭を下げた。

背後から、家臣の者達から驚いたよな気配が伝わり、続いて彼らも深く頭を下げた。


『よろしく、お願い、お頼みもうす!!』


広間に残響が響き、かのお方が口を開く。


「私は、この街で生まれた」


顔を上げる。かの方は縁側から遠くを見ていた。

小高いこの離宮を飛び越え、崖下へと広がる街の姿を見ていた。


「この街で、生きて、この街で死ぬ」


それは、皇者の風を纏った御方の酷く寂しい言葉だった。外を知らぬかの鳥は瑞鳥(ずいちょう)なれど大空を知らない。彼にとっての空はこの街のみ。

故に鳥は、その身を縮め、色街を飛び回る蝶へとその姿を変えた。


「蝶の方」名前を持たぬ皇族にて、この地で死すことを条件に、この街の皇である青年。

皇帝と皇弟、響きは同じでも、彼にはこの小さな箱庭しか生きる世界はない。


「…よかろう。我が死ぬまでは、その願い承った」


とても寂しく、綺麗な笑みだった。

衣擦れの音と共に、かの方が去るまで今河与三郎兼平は頭を上げることは無かったーーー。






「…女子は強いな」


「強く、強か(したた)で、かつ、脆いのですよ。

でも、好いた人が向かいに来てくれる、その気持ちだけで頑張れてしまうほど単純でもあるんです」


当代の白百合が微笑みながらしてくれる酌を飲み干して、蝶は酒気がこもった息を吐く。


「私にはわからん、帰る場所は、ここだけで。守る場所もここだけだ。

後は死ぬまでここにいる、ならば家族と家くらいは守らねば。

それだけだ」


「随分と大家族で、大きなお家ですわね」


「ふん、北の離宮が私の家なのだから、間違いではないだろう……」


白百合は蝶の頭を自らの膝へと導いた。


「…おやすみなさい。

ここはあなたの家なのだから、たまには別の部屋で寝てもいいでしょ?」


「…ああ。

好いたものを見送った笑顔で客を引く、やはり私には、そなたらの気持ちはわからん……」


すうすうと寝息に溺れていく蝶の顔を眺めながら白百合はいっそう深く微笑んだ。


「それは、そうでしょうね…。

この街に住まう者であなた様のことが嫌いな人は、いませんからねぇ…」


傍らに転がる三弦に指を伸ばしそっとつま弾く。

その音を嘗て子守歌にしていた蝶は、その音色で目を覚ますことなく、その音を聞き取った『蝶の間』の守り人がくる迄、静かな音色はその部屋から途絶えることは無かった。

気が向けば続きを書くかもしれませんし、一応丸っとおさまったので書かないかも…。

対してネタも無いので期待しないでください。

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