転校
転校
私がこの川添中学校に転校してきて1か月になる。
名前は 阿川 妃咲、私の名前は初め誰も読めない。
だけど、前の学校でも生徒会などの役員をしていたので、私の名前はそこそこ知れていた。また、気が強い女子とも言われていた。
父親の都合で転校することになった私は、またこの名前を覚えてもらわないと、と言うめんどくさい事以外は、何も気にしていない。
親に、どうしてこの名前にしたのか、以前たずねたら、王妃のごとく咲くようにらしい。それだと(きさき)でなく(ひさき)だろ。それにひさきの方が、響きが可愛い。役所の提出時に間違えたらしい。
いいのか悪いのか、急に転校してきた私が、このクラスの学級委員長を務める事になった。
これで、名前は何度も聞かれなくて済む。でも先生らは聞いてくる頻度が高まる。
どうにもこうにも、私が学級委員長になれたのは、このクラスのせいでもある。
転校した日、先生が私をクラスの皆に紹介するやいなや、ある子が委員長を辞めたばかりで、経験のある私に引き継いでくれと言う事だった。
委員長を辞めた子は、誰なのか分からなかったし、誰も干渉しないような様子だった。
このクラスは、いんきクサく皆冷めている感じ。都会の中学生はこんなものなのか。
どことなく、私の気分も冷めて来てたかも知れない。
と言っても、中には騒がしい男子もいた。
丁度昼休みだ。
「なあ、早くサッカーやろうぜ!」
「しない、ぼく苦手だから」
相手にされなかった男子がこっちを見た。
「学級委員長のひさき、ここのやつらは、みんなサッカーしねーんだ、なんとかしてよ」
「私の名前はきさき! それにスポーツ活動は管轄外だよ」
名前は 若宮 海斗この男子だけはいつも元気だ。
下校の時間に、先生に呼ばれていた。
「先生、何だったんですか?」
担任の先生が、初めてなのにいつものよう話す。
「阿川さん、委員長として、これを休んでいる木村さんの家まで届けてくれないか、帰り道だろうし」
木村 真奈、私が川副中学校に転校して、1度も会った事がない。
「いいですけど、ここには来ないのですか?」
先生は、本みたいな物を手際よく揃えて袋に落とした。
「彼女は来ないですね、だからこの資料。これらはリモートワークのものだよ、木村さんはこれでいいのですよ、お願いですね」
先生は忙しそうに仕事に戻った。
家に帰る途中に寄るといっても、実際は道から外れて、遠回りしないといけなかった。
なんとなく、遠く感じた。木村さん家に向かう緩やかな上り坂さえも、きつく感じた。
古風で立派な一軒家の表札に木村の文字を発見した。
「あなた誰?」
冷たい声が響いた。思っていたよりクールな声。それに色が白くてかわいい。
「私、川添中学校の阿川妃咲、学校の資料を持ってきたの」
「全然知らない人だったから、びっくりした」
「あっ、急にごめんね、私が委員長になって先生に言われたの」
「ああ、あなたが委員長、大変だね。資料をありがとう、それじゃ」
言葉を返す前に扉を閉められた。
「変わっている子だわ」
翌日、いつもの教室。
しらけたクラスをよそに、若宮海斗が騒いでいた。
「なんだこれ、変なの持ってんな」
「触るなよ! 大事なペンなんだから」
「いいから見せろよ」
「俺にかまうなって」
それを見て、思わず口に出した。
「やめなさい、嫌がってるじゃないの」
海斗がとぼけたように言う。
「えっ、大丈夫だよ。いじめと思った?」
私の勢いは止まった。
海斗に冷やかされていた古川 優が、妃咲に言った。
「でも、海斗はウザイやつに変わりはないよ」
「おい、ふざけんなって!」
どうやら、この2人はいつも一緒にいるようだ。男子と言うやつらはガサツな生き物だ。
「ねえ、妃咲さん、この間、真奈ちゃん家に行ったんでしょ。どうだった?」
急に唐突な質問だった。やはりこの人は変わっているのだろうか?
キノコのような直毛の髪型、見かけないチョッキを着ているのを見ると、変じゃないけど変に思えてくる。
「あ。普通だったよ、ちょっと冷たい感じだったけどね」
「そうなんだ、よかった」
あの子が好きなのか?
「初めて会ったからね、よくわからないけど。優君は仲がいいの?」
「いや、ぼくにも話さないよ」
優は床をみていた。
話は途切れたが、自分の机に戻った優君はカバンの中から紙に包まれた物を取り出して広げ、くるまれていた小さな白い石を妃咲に見せた。
「何これ?」
優君の顔が、得意そうな物に変わった。
「真奈ちゃんは、うちのばあちゃんと同じ星の持ち主なんだ」
「はっ?」
また、訳が分からないことを。
「この石を渡してくれない?」
渡してって、どうして私が、それも変な石を。優君ちょっと怖いなあ。
「自分で渡せばいいじゃない、知ってるんでしょ」
「ぼくが行っても相手にされないかも」
そりゃそーだろな。
「どうしてその石を渡したいの?」
「うーん、ぼくもわかんない、なんとなく喜ぶかなって」
じっと黙っていた海斗が言葉を並べる。
「こいつさ、変なやつで、変なもんばっか持って来るんだ、相手にしない方いいぜ」
「相手にしないは、あんまりだ」
「だいたい、気持ち悪いんだよ、石とか」
優君はまたへこんだ。
「そうだよね、やっぱりやめとこ。妃咲さんごめんね」
急にひかれると妃咲も気になる。
「そう?」
午後の授業が始まる。
その日の午後は優君の方をずっと見ていた。これは恋愛的な感情でなく、どちらかというと水族館の水槽のクラゲをじっと見ている感覚に近い。
私がこのクラスの学級委員長だから、責任もって届けようか。いや学級委員長は関係ないか。
放課後、優君が帰るのを引きとめた。
「優君、さっきの石、持ってこうか?」
直後、なんで私がこんな事しなければならないのかとお思った。
「いいの?」
必ずでもなかったような、あっさりした返事。むしろ私の方が気にしていた。
「うん、その、帰り道だから。その変な……」
「また、妃咲さんまでそんな事いう」
「いや、ごめん。私が無理に断っているみたいな感じだったから」
「真奈ちゃんは小学校の頃もおとなしくて、何考えてるかわからない感じで、つかめない。でも騒がしいところが苦手みたいな感覚、わかるんだよねぇ」
さっきの包まれた石をつかむ優君は笑っていた。
「小学校の頃の真奈ちゃんを知ってるんだ」
「あまり話した事もないけどね」
「でもさっき、同じ星のどうのって、優くんは、なんて言うか、そういう力を持っているの?」
「ぼくじゃないよ。ばあちゃんが言うんだよ、ぼくはよく分かんない」
「ヘェ~」
「じゃ、頼むよ」
「あっ、わかった」
切り返しの軽い優君の頼み事。私はそのリズムと勢いにあわせて真奈ちゃん家に向かった。
今日は、お母さんが出てきた。
「真奈は今日は寝ているの、ごめんなさい」
「そうですか、あのっ、この石なんですけど」
「石? 何の石?」
「えっと、同じクラスの古川君がいるんですけど……」
どう説明していいのか迷っている時、奥から声がした。
「お母さん、 だれ?」
「真奈起きたの? 学校の阿川さん。何か持ってきてるみたいよ」
少し時間があくと、奥から真奈ちゃんが見えた。
「何? 何か用? 資料はこの前もらったわ」
少し怒っているかと思わせる言いぶり。
「いや、やっぱりどうでもいい事だったね。何でもない石を持ってきただけだから」
「石って、何で石?」
まあ、気持ちは共感。
「うん、クラスの古川優君ってわかる?」
「古川君、ええ知ってるけど、それくらいよ」
「そうみたいね、その優君が真奈ちゃんに石をあげるって!」
「何? 気持ち悪い」
「そそ、とりあえずこれなんだけどね」
私は包み紙から中の石を取り出す。すると外光を吸収して光っているように見えた。
真奈ちゃんも興味があるみたいだった。
「綺麗な石」
「そうだよね、よくよく見ると透き通った白。なんか高そう」
「この石って。」
「いや、私はわかんないよ、何の石か」
「違うの、初めて見るけど知ってる気がする」
私は真奈ちゃんの顔がほぐれたのを見逃さなかった。
「真奈ちゃんの星の石だとか何とか」
「星ねぇ。妃咲ちゃんに見せたいものがあるよ。ちょっと上がってくれる?」
急に真奈ちゃんの態度がかわったから驚いた。そのまま手を引っ張られるまま奥まで連れてかれた。
そこは、生活感が全くない部屋だった。
「絵? 真奈ちゃん絵を書くの?」
「そうよ、いつも絵を描いている」
イーゼルに絵を立てている描きかけの物や、それ以外にも、壁や窓際、テーブルの上にまで、何枚も立てかけている。ほとんどが描きかけの物みたいだと思うけど、その程度すら私にはわからない。
「いいな、そんな才能あって」
「油絵だよ、自己満足で描いているだけだから、うまい下手の才能なんて関係ない。そして人物は描かないよ。でもその石みたいな物を描いた事があったのを思い出した」
「そうなの?」
そう言って、重なる絵の束のすき間から中身を確認すると、スライドさせるように一枚取り出した。
「これよ、いろんな石をより集めて描いた時のもの」
「へぇーすごいじゃん」
関心するように驚いたけど、思ってたのと違う驚きの方が大きかった。
その絵は、黒色なのか紺色なのか分からない色彩の背景に、星たちが散らばっているようなものだった。
「これよ、よく似ている」
確かに白く光る物体が描かれている。真奈ちゃんには優君がくれた石と同じようなイメージに見えているのだろう。
「いろんな絵を描いているのね、発表とかするの?」
「発表どころか、人に見せたこともないよ。学年でも今見せた妃咲ちゃんくらい。ただ気持ちが落ち着くから描いているだけ」
無口と思っていた、やっぱり真奈ちゃん喋るんだ。
「真奈ちゃんって、寂しくないの?」
なんか、言ってしまって後悔した、真奈ちゃんの顔色が冷めていた。
「寂しいって何? みんなで集まってつるんでるのって嫌いなの、他にも一人が心地いいって人いるはずよ、無理している人もいるはず」
「真奈ちゃんごめん」
「うん、全然大丈夫。この石もらうね」
真奈ちゃんの小さな手に石がおさまった。
「よかった」
優君に報告できる事にホッとした。
「ありがと、妃咲ちゃん」
初めて見る真奈ちゃんの笑顔。でもすぐに玄関ドアが閉められた。