幼馴染にお菓子を手渡された後、なんやかんやあって甘い記念日を送るお話
「こんにちは集くん。お菓子のおすそ分けにきたよー」
休日の昼下がり、玄関のドアを開けた俺を出迎えたのは、幼馴染である加奈子のニコニコとした笑顔だった。
「……お菓子のおすそ分けなんて聞いたことないんだが」
「あはは。ちょっと作りすぎちゃって。はい、これどうぞ」
そう言って、加奈子は小さな袋を手渡してくる。
丁寧にリボンでラッピングされ、梱包された袋は透明で、中身のお菓子が透けて見えた。
どうやら四角くて黒い塊がいくつかあるようだ。それがなんなのか理解して、俺は少しばかり眉を潜めた。
「…………クッキーか、これ?」
「うん。チョコレート味だよ。味見してみたけど、味は問題ないと思うから」
別に味のほうは疑ってない。
加奈子は昔からお菓子作りが趣味で、隣の家に住んでる俺のところによくきては、ちょくちょく作ったお菓子を手渡してきたのだが、そのどれもが美味かったと記憶してる。
特にクッキーは加奈子が得意としているお菓子だから、これも間違いなく美味しいのだろう。チョコレートというのも俺好みの味だ。
多分おすそ分けというのは口実で、初めから俺に手渡すためにこうして訪れたのだと思っていいだろう。
未だ帰ることなく楽しそうな笑顔を浮かべながら、俺がクッキーを食べるのを今か今かと待ち望んでいるのがその証拠だ。
俺は昔から加奈子のこういう顔に弱い。観念して食べることにした。
「じゃあ、いただきます」
リボンを解いて封を開けると、途端チョコレート特有の甘い匂いが鼻に届いた。
この時点で「あ、これは美味いだろうな」と本能的にわかってしまう。
ひとつつまみ、口に運んで放り込んで噛んでみると、思ったより固くなく、出来たて特有の柔らかい感触が広がっていく。
「……うまっ」
意識するより先に、口が反射的に感想をこぼしていた。
「ほんと?」
「ああ、めっちゃ美味い。また腕を上げたな」
「えへへ。お褒めに頂き光栄です」
もうひとつつまんでまたぱくり。うん、やっぱりすげー美味い。
こいつ天才なんじゃないかと思うくらいだ。店に出しても問題ないんじゃないか?
少なくとも俺好みの味であることは確かだ。
「よくまぁこんな上手く作れるもんだなぁ。俺じゃ絶対無理だわ」
「やっぱりそこは慣れじゃないかなぁ。後、隠し味もいれてあるし」
自分との差についぼやいてしまうも、加奈子はそんなことを言ってくる。
「隠し味?」
チョコだけじゃないんだろうか?
「知りたい?」
「ああ、知りたい」
それがあるなら、ぜひ知りたいところだ。いちもにもなく頷くと、加奈子は少し頬を赤らめこう答えた。
「それはね…愛情、だよ」
なんていうか。
それは、あまりにベタな隠し味じゃないですか?
「…………え、えっと」
「あ、あはは。実際口に出すと恥ずかしいね…」
ストレートすぎる告白に答えあぐねていると、加奈子もやはり恥ずかしかったらしく、急にもじもじし始める。
思わず可愛いと思ってしまい、頬が熱くなっていく。きっとここに他の人がいたのなら、玄関先で顔を赤らめた男女の姿を見ることができただろう。
両親がいない時で良かったと、心から思った。
「それなら言わなきゃ良かったのに…」
「こ、こういうの、口にするの大事だと思うし…ほ、ほら、私たちって付き合ってるじゃない?」
加奈子は明らかに照れながらも、口早にそんなことを言ってくる。
言い忘れてたけど、俺と加奈子はただの幼馴染ってわけじゃない。
そこから一歩踏み出し、つい最近恋人同士になったばかりの、まぁ所謂幼馴染カップルってやつだ。
俺から告白して、加奈子が応えてくれた形ではあるけど、改めて口に出されるとなんというか、すごく恥ずかしいなこれ。
「ま、まぁ付き合ってるな」
「だ、だよね。それで、今日は何の日か覚えてる?」
俺と同じ気持ちを抱いているのか、恥ずかしそうにしながらも加奈子は俺に問いかけてくる。
上目遣いで見てくるのは正直反則だと思うのだが、彼女がなにを言いたいのか、そして何のために今日家を訪れたのか、ここにきてようやく理解した。
「……覚えてるよ。俺たちが付き合って、一ヶ月目の記念日だろ?」
「あ……」
どうやら正解だったらしい。加奈子は俺の言葉に目を輝かせ、同時に瞳を潤ませた。
「あ、おい。泣くなよ…」
「ご、ごめんね。その、集くんが覚えてくれてたの、嬉しくて…」
「覚えるもなにも、最近も最近じゃんか。そんな早く忘れるほど、俺はまだぼけちゃいないぞ」
「そうなんだけど…男の子って、こういうのあまり興味ないって友達もいってたし、ちょっと不安だったから…」
むぅ、その友達とやら、余計なことを言ってくれたもんだ。
まぁ俺もあまり人のことは言えないか。こっちも友人に言われるまで、女の子はそういうのを大事にするもんだって知らなかったし。持つべきものは彼女持ちの友達だな…っと、そんなこと考えてる場合じゃない。今は加奈子をフォローすることが最優先だ。
「悪い。不安にさせちゃったな。このクッキーは、もしかして記念のサプライズプレゼントのつもりだったのか?」
なるべく優しく話しかけると、加奈子は俯きながらも小さく頷いてくれた。
「最初はもっとちゃんとしたプレゼントのほうがいいかなって思ったんだけど…私、お菓子作りが一番得意だから。色々考えたけど、これが私なりに一番いいプレゼントになると思ったの」
「そっか」
てことは、お互い似たようなことを考えて、同じ結論に至ったってことか。
それはなんていうか恥ずかしいけど、素直に嬉しくもあった。
「うん…」
「悪い。ちょっと待っててくれないか?俺からも渡したいものがあるんだ」
俺たちはきっと通じ合ってる。
そう思うとなんだが勇気を貰えた気がして、俺も踏み出すことにした。
「え…?」
「おいおい、まさか俺がなんにも用意してないと思ってたのか?泣くぞ?」
まぁついさっき出来上がったばっかりなんだけどな。
こうして加奈子と話している間に、きっと冷えて食べ頃にはなっているはずだ。
「ほんとに…?」
「つーわけで取ってくるな。すぐ戻るから」
そう言い残し、俺は足早にキッチンへと向かっていく。
正直自信失ったし出来も悪いと思うけど。
加奈子なら、きっと喜んでくれるだろうと、そう信じて。
「おまたせ」
数分もしないうちに玄関先へと戻った俺は、加奈子へと声をかけていた。
「ううん、全然…あ、それって…」
「うん、加奈子に渡すプレゼント。まぁ俺の場合、サプライズにする意味なかったかもだけどな」
手元へと視線を落とすも、そこには両手で抱えられた小さな白い箱がある。
別に隠す目的があったわけじゃない。加奈子みたいにラッピング袋にいれておくって発想が俺にはなく、急いでキッチンを探し回った結果、見つけたのがたまたまこの箱だったってだけの話だ。
(慣れないことはするもんじゃないってことかなぁ)
でもまぁ、加奈子の言葉を借りるなら、これから慣れていけばいい話だ。
今回のことも、きっとこれから先いい思い出話のひとつにでもなってくれるだろう。
「これ、受け取ってくれるか?」
「……断ると思う?」
その答えはちょっとずるいなぁ。俺は小さく苦笑する。
そんなこと言われると、ますます好きになってしまうだろうが。
「断られたらショックだなぁ」
「そっか。じゃあ集くんを悲しませないために、受け取ってあげるね」
「ああ、頼むよ」
気付けば互いに笑いながら、俺たちは手を触れ合い、プレゼントを渡していた。
「集くんの手、おっきくなったね」
「やめてくれ、なんか恥ずかしい」
「あはは、そういうところは変わってないね…ねぇ、開けていい?」
上目遣いで加奈子はそんなことを聞いてくる。
正直あざといなと思いつつ、恋人のお願いに弱い俺はゆっくりと頷いた。
「ありがとう、じゃあ開けるね」
「うん。あ、でも先に断っとくな。ごめん。プレゼント、被った」
「え…あ、これって…」
謝罪と同時に箱は開かれる。
その中にあるものを見て、加奈子は目を見開いていた。
まぁ驚くのも無理はないだろう。だって、そこにあるのは―――
「クッキー……?」
加奈子が用意したのと同じ、手作りのクッキーが入っていたのだから。
「うん、俺が作った、所謂手作りクッキーってやつです」
とはいえ、名前が同じってだけで、出来に関しては雲泥の差だ。
若干焦げ目はついてるし、形だって崩れてる。匂いだってそんなにいいわけじゃない。
そもそもお菓子作りなんてまともにやったことがなく、この二週間母親に教わりながら悪戦苦闘し、なんとかそれなりの形に収まったってだけの代物である。
味に関してはもうノーコメント。とりあえず食べれるし、クッキーっぽい感じがするとだけは言っておこう。
まぁなんにせよ出来上がりはしたから、後は梱包して加奈子の家に渡しに行こうと思った矢先の先制パンチ。しかもプレゼントが被ったと理解したときの俺の心情に関しては察してもらえると助かる。
正直こんなの出されたらもう無理だと思ったし、後日一緒に買いに行くことで誤魔化そうとも思ったけど…そうじゃないよな。
今日という日に渡すことに意味があるんだ。
それを、加奈子に教えてもらったから、俺も勇気を出せたんだ。
「どうして…?」
「ん?」
どんな形であるにせよ、渡せたことに満足していると、ふと加奈子の声が聞こえてきた。
「だって集くん、これまでお菓子作りなんて興味なかったんじゃ…」
「ん?あぁ…」
まぁ、確かになかった。
ていうか、実際やってみてわかったけどしんどいなこれ。
分量測ったり時間正確に測定しないと味も変わるし、大雑把な性格の俺には間違いなく向いていないと断言できる作業の繰り返しだ。
よくもまぁ加奈子はこれを趣味にしていると思う。ぶっちゃけ加奈子の見方が今回の件を通してかなり変わった。
「まぁ興味なかったな。ぶっちゃけ食べるだけで満足してたし、向いてないなとも思ったよ」
「じゃあなんで…」
呆然としながら、加奈子は聞いてくる。
まぁ俺の答えは決まってるんだけどさ。
俺はゆっくり口を開いた。
「だって、加奈子が好きなこと、知りたいじゃんか」
「――――!」
「昔から、お菓子作るの好きだったろ?恋人になったわけだし、一緒に作るまではいかなくても、手伝いくらいはしたいなって思ったし…」
なんか言っててすげー恥ずかしいなこれ…
俺も案外、加奈子のこと笑えないかも。
「実際やってみてわかったよ。あんな美味く作れるのって、すごい頑張ってたんだな。ありがとう、加奈子。ずっとお礼言いたかったんだ」
でもいいよな別に。こういうこと言ったって。
恥ずかしいところでも、こいつになら見せられるし。
むしろそういう関係を築けていけたらなって、すごく思う。
「集くん…」
「あ、でもまだ手伝うとか無理かもなぁ。俺絶対加奈子の足引っ張―――」
「そんなことない!」
恥ずかしいついでにちょっと弱気なことも言ってしまうわけだけど、その続きは加奈子に遮られる。
「え、ちょっ、加奈子!?」
「私、すごく嬉しいよ!ありがとう、集くん、大好き!!」
というか、思い切り抱きつかれていた。
しかも、なんか好きって言われた。
俺、嬉しくて、なにも考えられなくなるんですけど。
「お、おう…」
「わからなくてもいいよ、これからふたりで覚えていこう?そうだ、これから一緒にケーキ作ろうよ!ふたりでちゃんとお祝いしよう!」
加奈子はなんかスイッチでも入ったらしく、興奮した様子でそんな提案を俺にしてくる。
目がらんらんと輝いていて、なんか正直ちょっと怖い…
「え、でも材料が…」
「それも一緒に買いに行こうよ!というか、すぐ行こう!デートだよデート!」
加奈子に手を掴まれ、俺は強引に外へと連れて行かれていかれる。
拒むことは許されず、抵抗もかくやという感じだ。
幼馴染の意外な一面に、俺は戸惑いを隠せない。
「か、加奈子さん?」
「これから私が色々教えてあげるから!」
……あれ、ひょっとして俺、まずいことしてしまったのでは。
背筋に冷たいものが流れるのを切に感じる。
「かな―――」
だけどまぁ。それも悪くないのかもしれない。
「だから集くんも、私に色々教えてね」
だって加奈子が、こんなに綺麗に笑ってくれたんだから。
「……ああ」
俺は強く頷くと、彼女の手を握り締めた。
決して離れないよう、強く、優しく
( ゜д゜)・:∴ゴフッ!
書いてて吐血しそうになりました助けてください心が壊れそうです
下の評価を入れてもらえるとメンタル回復しますお願いします(・ω・)ノ