魔物討伐部隊員が眠れぬ夜に数えるもの
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・読者様よりTwitterにて「ヴォルダリ生誕祭2022」を開催して頂いております。今話はこちらへの御礼です。ありがとうございます!
「羊が一匹、羊が二匹……」
「ヴォルフ、なんで羊?」
「ダリヤが言ってた。眠れないときは羊の数を数えるって」
笑みの気配でそう答えられた。
昨年春から、ヴォルフの話の四割はダリヤのことである気がする。
いや、きっと気のせいではないが。
「ヴォルフ、その場合、その羊は『毛刈り前』か、『毛刈り後』か」
「どうしてそこにこだわるんだよ、ランドルフ?」
夜遅く、遠征先のテントの中、ヴォルフ、ドリノ、ランドルフは、毛布にくるまったままで話し合っていた。
魔物の討伐後、街道途中の街から差し入れをもらった。
温かいパンの他、紅茶クッキーがあったので、夕食後にありがたく頂くことにした。
そして、せっかくの紅茶クッキーなのだから紅茶を淹れようということになり――むらし時間を誤り、そろって渋い紅茶を飲んだ。
あとはいつものように革袋のワインをちょっと飲んで、歯磨きをして眠る。
そのはずが、もぞもぞとテント内でうごめき、夜中というのに三人きっちり目が醒めているのが今である。
テントの中まで薄く照らすほどの月明かりで、互いの状況はよくわかる。
「『茶の目覚まし』か……」
ぼそりとつぶやいたのはランドルフである。
ダリヤが聞けば、カフェインの取りすぎだと納得したであろう。
今回の野営地は、馬止めのある広めの場所だ。
多少話しても隣のテントまでは聞こえない。
どうやったら眠れるかと話し合い、羊を数える案が出てきた。
「羊では毛の長さが気になって眠れぬ。毛のないところで、ブルースライムが一匹、レッドスライムが二匹、というのはどうだろう?」
「だー! 瞼の裏がカラフルでより目が醒めるわ!」
疲れているのに眠れない。
かつ、おかしな想像でより一層目が冴える。悪循環である。
「ならばブラックスライムならどうか? 瞼の裏が黒になり、より眠りやすく――」
「ランドルフ、それはやめよう。むしろブラックスライムを眠らせなければいけなくなる……」
「おい、なんか怖い声になってんぞ、ヴォルフ」
隣の彼から妙なほど冷えを感じる。
自分達は確かに魔物討伐部隊だが、ブラックスライムに特定個別の恨みはない。
それともヴォルフにはそんな経験があるのだろうか? 自分と一緒の遠征での覚えはないが。
「では、動物や魔物ではなく、静物にしてみるか?」
ランドルフがなかなか的確だと思える提案をしてきた。
ドリノはうなずくと、咄嗟に思い付いた物を数え出す。
「剣が一本、剣が二本……だめだ、完全に仕事じゃねえか……」
今日ふるった剣がまっ先に思い浮かび、戦いに関する自己反省が始まりかける。
苦笑する自分の横、楽しげなつぶやきがこぼれ始めた。
「魔剣が一本、魔剣が二本、魔剣が三本……ああ、これならいいかも……」
いろいろ怪しい声がする。
想像も怖いのでやめてほしい。
ため息をついていると、自分の上を問いかけの声が通った。
「なぜ静物とはいえ、二人そろってそちらにいくのだ? それで眠れるのか?」
「じゃあ、ランドルフは? 楽しく眠れそうなものって浮かぶ?」
「……ガラス瓶が一つ、ガラス瓶が二つ」
「それ、中身が蜂蜜だろ? って、目をまん丸にすな! 聞かなくてもわかるわ!」
月明かりの中、横で素直に驚く顔が見えた。
結局三人で笑ってしまう。
「この夜中に、お前らは何を盛り上がってるんだよ?」
入り口の垂れ布をひらりと上げ、先輩騎士が声をかけてきた。
「すみません、うるさかったですか?」
「いや、隣までは聞こえない。俺はトイレに行った帰りだ」
そう言った先輩に、ドリノは眠れずいろいろなものを数えていたことを話した。
先輩には、見事に苦笑された。
「お前らは子供か? そういうときは恋人か、好きな人でも瞼に浮かべればいいだろうが。運が良ければそのまま夢に見られる」
「ごもっともです……」
そうして、先輩は去って行き、三人はそろって再び目を閉じた。
しばらくすると、すうすうと気持ちよさげな寝息が聞こえてきた。
ランドルフは無事、夢の国に旅立ったらしい。
そして、反対からは本当にかすかな寝言が響いた。
「……ダリヤ……」
大変に予想通りだと納得しかけると、寝言はさらに続く。
「……ダリが……一人……ダリヤが……二人……三人……」
まどろみの笑みが、眉間に深い皺を寄せるものに変わっていく――
そんなヴォルフを目に、ドリノはなんとか笑いをこらえる。
なぜか混ざってしまったようだが、絶対に起こすつもりはない。
ちょっとは己を振り返るきっかけになればいいのだ。
とりあえず、自分も愛しい女性の笑顔を思い浮かべながら眠ることにした。