学院生オズヴァルドと灰と銀(前)
(※前編ストレス話なのでご注意ください。5話で区切りです)
「ごめんなさい、オズ、『罰ゲーム』だったの」
本日このときまで自分の恋人を名乗っていた少女が、申し訳なさそうに言った。
初等学院卒業まであと半年ちょっと、ここまで一ヶ月ほどお付き合いをした。
授業が終わり、これから中央区の喫茶店へ行く約束をしていての、今である。
「罰ゲーム?」
「ええ、その……くじ引きで負けた者が、あなたに告白を、と」
かわいらしい赤茶の目を伏せて、小さい声で説明された。
なるほど、確かに初等学院ではそんな悪趣味な悪戯があると聞いたことがある。
冴えない者に嘘の告白をして、その反応を見るという最低なものだ。
自分も最初に声をかけられたときにはそれを疑った。
だが、その後に何度か話し、お茶をし、数人で王都の店へ出かけたりと、自分にしては珍しくよい関係が築けていたと思ったのだ。
「すぐ話して謝るつもりだったの。でも、あなたがとても楽しそうで、私……」
言いかけた彼女の背後、くすくすと笑いが重なる。
共に王都を歩いたご子息とご令嬢、その目ににじむ悪意と侮蔑を認めた。
なるほど、自分はこの一ヶ月、とんだ道化だったらしい。
目の前のこの『嘘恋人』は子爵家の三女、あちらのご子息は侯爵家の跡継ぎ、ご令嬢は男爵家だが子爵家の血は引いている――自分は子爵家の三男、魔力不足の『ハズレ』。
ここで事を荒立てては、家に迷惑がかかる恐れがある。
成人にまだ遠い自分でも、それぐらいはわかる。
「――私のような者にここまでお付き合い頂き、ありがとうございました」
思うところは多々あるが、それはすべて呑み、祖母に叩き込まれた貴族の礼をとった。
そして、ただこの場から立ち去ろうとする。
「待って!」
不意に袖を捕まれた。
思わず振り返ると、赤茶の目が少しだけうるんで自分を見ていた。
「あの、オズ! 本当にごめんなさい!」
初めて女の子と二人で話し、共にランチへ出かけた。
自分は彼女の髪の色と同じ茶金のペンを持ち、彼女には銀色のペンを渡して、有頂天になっていた。
たった一ヶ月だが、ずいぶんと思い出をもらったものだ。
もっとも、本日この時よりはむしろ邪魔な記憶になるが。
「――次からは、どうぞ、『ゾーラ』とお呼びください」
今にも崩れそうな作り笑顔だけが、オズヴァルドの意地だった。
・・・・・・・
オズヴァルドの家であるゾーラ子爵家は、魔導師を輩出することの多い家柄だ。
父はもちろん、伯爵家出身の母達、そして兄姉達、弟も魔力はそれなりに高い。
自分だけが一段低く、その上、四大魔法も治癒魔法もなかった。
生母は第一夫人だったが、オズヴァルドを生んだ後、病であちらへ渡った。
オズヴァルドも虚弱で、幼い頃は寝込むことが多かった。
それでも普通に初等学院に入れたのは、祖母によるつきっきりの教育のおかげだ。
『魔力がなくとも問題ない。あなたは学びを武器にすればいい』そう教えてくれた。
兄姉が魔導師科に進む中、オズヴァルドは魔導具科を目指すことにした。
一般教科の成績は学院五位内だったが、文官科を選ばぬのは意地だった。
だが、魔導具科という自分の選択を、父も母達も止めることはなかった。
祖母がいたら止められたかもしれないが――彼女は一昨年、肺炎であちらへ行ってしまった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、オズヴァルド様」
屋敷に帰って制服から着替え、メイドに少し疲れているので休む、夕食もいらないと伝えた。
その後、ドアに鍵をかけ、ベッドに転がる。
「明日は――学院にはもう行かなくてもいいか……」
そして、すでに高等学院の魔導具科には受かり、来期から行くことが決まっている。
初等学院の単位はすでに足りており、興味がある地理と、彼女と出られる授業を少しとっていた。
逃げるようで癪だが、感情的になって関係がこじれるのもまずいだろう。
少女が最初に声をかけてくれたときのことを、オズヴァルドはあざやかに覚えている。
入ったばかりの年、図書室で本を読む自分に、『すごく厚い本! ゾーラ君は何を読んでいるの?』と子鹿のような赤茶の目を丸くして尋ねてきた。
『冒険者を目指す君へ』、本の題名を見せても、彼女は自分を笑わなかった。
一ヶ月前、そんな彼女に呼び出され、『文具を二人でお揃いにして頂けませんか?』と言われた。
それはペアの物を持つこと、つまりはお付き合いをしませんかという告白。
まちがいではないかと聞き返した自分に、一段小さい声でくり返し――そこからぎくしゃくとしつつ付き合いが始まった。
互いのペンを選ぶのに長い時間がかかり、店員ににこにこと笑われた。
図書館でお互いが好きな本を勧め合い、そのまま借りた。
メイド連れだが、中央区の喫茶店にも二人で行った。コーヒーに砂糖を入れぬ背伸びもした。とても苦かった。
学院のこと、勉強のこと、本のこと、二人で楽しく話していたと思ったが、どうやらそれは自分だけだったらしい。
微笑みも、声をあげて笑い、慌てる様も愛らしくて――
隣国の単語をすぐ覚えられる記憶力は、こんなところにも遺憾なく発揮されていた。
いっそ彼女の記憶すべて、白でも黒でもいいから塗りつぶしたいところなのだが――
『灰色』の自分には無理なのかもしれない。
『灰色子豚』、陰でそんな渾名を付けられているのは知っている。
オズヴァルドはのろのろとベッドから起き上がり、部屋の姿見の前に立った。
「これでは、当然か……」
少しくせのある灰色の髪に、鈍い灰色の目。
鏡に映る自分は、背が低く、顔はまん丸だ。手足にも、もったりと肉がついている。
今は健康体だが、初等学院の体育では周回遅れ、ダンス以外の運動はまるでだめだ。
幼い頃から虚弱故に運動を禁止され、少しでも栄養価の高いものをとメニューを組まれた。
自分をかわいがり、きっちり教育してくれた祖母だが、これに関しては過保護がすぎた。
そして自分も祖母に甘え、鏡が嫌いなまま、ここまできた。
もっと痩せていたら、あんなからかいに合わずに済んだだろうか?
もっと賢ければ、見え透いた悪戯にひっかからなくて済んだだろうか?
もう少しかっこよかったら、こんな情けない想いはしなくて済んだだろうか?
気がつけば、鏡に映る自分が歪んで見えなくなっていた。
その夜、灰色の髪の少年はひたすら泣いた。
『魔導具師ダリヤはうつむかない』6巻×『服飾師ルチアはあきらめない』、4月24日刊行です。どうぞよろしくお願いします。
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