高等学院魔導具科の学友(後)
ダヴィデにとって、続く学院生活はそれなりに楽しかった。
ありがたいことに、告白後もまったく態度を変えぬダリヤのおかげで、普通に話せた。
実習では彼女に魔法付与のコツを聞き、覚えた者がさらにサポートに回る。
ダリヤの知らぬ付与は、家が魔導具工房の者が先に調べて教えてくれるようになった。
教師の教え方も数段わかりやすくなった。
気がつけば、有能な指導者、そして優秀な生徒のそろったクラスだと噂になっていた。
その話に、皆でちょっと笑った。
年をまたぐと、履修科目の関係で、それぞれ別の時間を過ごすことが多くなった。
魔導具研究を目指す者、師事する魔導具師や工房が決まって卒業を急ぐ者、魔導具販売店などに就職先を求める者など、目指す未来に向け、それぞれが動き出した。
基本のクラスは変わらないので、ダリヤとはそれなりに顔を合わせる。
試験となれば情報交換をし、実技となれば指導を頼み、願われて隣国の単語帳に赤文字で注意点を書いてやった。
そうして、距離はそのままに、月日が過ぎた。
最初にクラスが一緒だった者達は、本当に優秀な評価を得たらしい。
修学期間目安の一年前、あるいは半年前に卒業する者が多かった。
ダヴィデとダリヤも、目安期間の半年前にすべての履修が終わった。
卒業式は先だが、もう授業はない。
最後の魔法学の授業を終えた本日が卒業のようなものである。
席はすでに離れていたが、ダリヤが帰るのに合わせ、教室を出た。
校門の少し手前、足を速め、彼女に追いついて声をかける。
「ロセッティ君、君は卒業したらリーナ先生の助手だったか?」
知っているのに、わざと尋ねた。
「ええ、声をかけて頂いたから。アルディーニ君は、工房が決まったのよね」
「ああ。魔導具開発もしているところだ。いつか自分の手で、新しい魔導具を作れたらと思って」
「私も、いつか作れたらと思ってるわ」
言われずとも、それも知っている。
今まで二度、いつか新しい魔導具が作りたいと、彼女は言っていたから。
「お互い、魔導具師として頑張ろう。ああ、そうだ。俺が作った魔導具を見て、その出来に驚いたら、『やるじゃない、ダヴィデ』って褒めてくれ」
普通、魔導具に制作者の名は入れない。
入るにしても商会の名だ。わかることなどないだろう。
どさくさにまぎれて『名呼び』を願っていることに、彼女は気づいてくれるだろうか?
「わかったわ。じゃあ、私の作った魔導具で出来がいいのを見かけたら、『やるじゃないか、ダリヤ』って褒めておいて」
「……わかった」
彼女が自分に明るく笑い返す。
自分への名呼びも許してくれたが、その顔は無邪気で――
やはりダリヤにとって、自分はどこまでも学友でしかないらしい。
この日のために山ほど考えた言葉、この先を言うべきではないのだろう。
ダリヤの背中の向こう、砂色の髪の男が見えた。
本日も、厳しい父上のお迎え付きらしい。
ダヴィデは精いっぱい背筋を正し、右手を左肩に、彼女に向き合う。
「これから進む道に幸い多かれとお祈り致します、ダリヤ・ロセッティ嬢」
「え、ええ?! ええと、進む道に幸い多かれとお祈り申し上げます、ダヴィデ・アルディーニ様」
初めての貴族らしい挨拶に、彼女はあわてつつも合わせてくれた。
ダヴィデは後ろのカルロに一礼した後、ダリヤをもう一度だけ見て――
精一杯の笑顔でその横を過ぎる。
そのとき、ようやく気づいた。
自分の背は、ダリヤを追い越していた。
・・・・・・・
「ダヴィデさん、魔導ランタンの方、明日までに間に合いますか?」
魔導具工房で作業をする自分の元へ、事務員が確認に来た。
国外に出す魔導ランタンだ。明日には船への積み込みがあるので心配なのだろう。
「ええ、間に合います。午後のお茶の時間までには仕上げますから」
「助かります!」
この魔導具工房に入ってすぐ、先代の工房長にオルディネの島々と隣国を連れ回された。
早く魔導具作りをさせてくれと思ったが、素材を見極められるようになるのが先とのことだった。
魔物素材に植物素材、いろいろと見て、触れて、覚えるのに必死だった。
戻ってきたら、望み通りに魔導具制作一色となった。
同じく必死になることとなったが――やっぱり魔導具作りの方が楽しかった。
それが本日まで続いている。
「あと、これなんですけど、魔物討伐部隊のコンロの下請け相談がきてまして、魔導回路が細くて大変だとか。これが関係書類で、包みが現品です。工房長がダヴィデさんへ持っていけと……」
申し訳なさそうに差し出されたのは、仕様書と設計書の束。
手持ちの赤い布包みは、遠征用コンロが入っているらしい。
「あー、なるほど……」
設計書の最初の見開きだけで理解した。
難しい回路ではないが細かい。
狭い場所に三線の魔導回路を引かなければいけないので、魔力制御のぬるい者には辛いだろう。
きれいな回路の組み方ではあるのだが、魔法付与での魔力調整も気をつけなければいけないようだ。
この工房でできるのは、工房長と先輩二人、あとは自分――
ふと思い出す赤髪の学友、彼女ならきっとできるだろうが。
「ダヴィデさん、できそうです? 最終検品はあちらの商会長がやるそうです。難しいときは外装だけの引き受けでもかまわないと」
記憶を辿っていて、答えるのが遅れた。
工房長が自分を指定してくれたのだ。
難しくて引き受けたくないと思われるのは心外である。
あわてて設計書を机に置いて答えた。
「大丈夫です。まず数台組んでみますので、材料をお願いできますか?」
「よかったです! 揃い次第持って来ますので」
話し終えると同時に名を呼ばれ、事務員は走って行った。
なかなか面白い仕事が来た――そう思いつつ、ダヴィデは赤い布包みをほどき、遠征用コンロの現品を手にする。
軽い上に薄い。かといって強度を犠牲にしてもいない。
角の丸み、ツマミの回しやすさ、安全対策など、なかなか考えられている。
コンロをそっとひっくり返したとき、そこに刻まれた文字に気づいた。
はっとして仕様書を開き、一番後ろを確認する。
ダリヤ・ロセッティ。
名前を二度見して、思いきり口角が上がってしまった。
赤髪の学友は、どうやら元気にやっているらしい。
「やるじゃないか、ダリヤ」