高等学院魔導具科の学友(中)
翌日、ダリヤはいつものように登校してきた。
挨拶を交わしつつ、顔色が戻っていたのにほっとする。
その日の実習は、角兎の粉を小さい布に付与するものだった。
手触りをよくするための魔法付与だそうだ。
角兎の毛皮の粉は細かすぎ、注意されていたのに咳き込む者もいた。
ダヴィデの隣、ダリヤはやはり一番手早く、きれいに付与をしていた。
クラスメイトに合わせてわざと失敗することも、動作を遅くすることもなく、ただ淡々と仕上げ――
そのときにふと気づいた。
彼女はすでに、魔導具師なのだ。
自分達とダリヤがガラスを一枚隔てたように思えるのは、自分達が子供すぎるからだ。
子供じみた嫉妬、やっかみで騒ぐ学友達に、彼女が合わせることはない。
人に左右されることはなく、自分のするべきことをきちんと行っている、一人前の魔導具師。
そう思えば、すべてが腑に落ちた。
ああ、そうだ、周囲にどう言われてもかまわない。
自分も一人前の魔導具師を目指しているのだから――
ダヴィデは、意を決して彼女に声をかけた。
「ロセッティ君、どうしても手触りのいいところと悪いところがまだらにできるんだ。よかったら、おかしいところを教えてもらえないだろうか?」
彼女は目を丸くした後、こくりとうなずいた。
そして、すぐ真剣な顔になり、自分の付与を見てくれた。
「ええと、アルディーニ君の魔力は私よりあるから、粉の量は少なめで分けるんじゃなく、分量ちょうどで最初から全部かけて付与しちゃった方がいいと思う。あと、布は四つ折りするよりぐるぐる筒みたいに巻いて、その端から付与する方が……」
人に教えるときは、少しだけ早口になる彼女。
言われた通りにやっていったら、あっさりうまくいった。
というか、教師の教えより的確でわかりやすいとはどういうことなのか。
このままだと、教師からの嫉妬がダリヤに向かう可能性が――
はたと気づいたとき、教師が笑顔で歩み寄ってきた。
「とてもわかりやすいですね! ロセッティ君、アルディーニ君への教えが終わったら他の方へも教えてもらえませんか? アルディーニ君も、それが終わったら他の方へ、ぜひ」
この教師は、生徒の向上を一番に考えてくれているようだ。
一瞬でも疑った自分を恥じた。
皆、最初は恐る恐る、あるいは少し斜めになりつつ、ダリヤや自分に聞いていた。
自分で説明できぬ場合は、遠慮なくダリヤに代わった。
真横で作業ごとに注意を聞いて行えば、あっさりできたり、己の足りぬところがわかったりする。
わかった者が次々と教える側に回るので、気がつけば全員ができるようになっていた。
教師はとても上機嫌で、生徒はぎこちなさを残しつつ、その日の実習が終わった。
この日以降、彼女をどうこう言う者はクラスに一人もいなくなった。
けれど、彼女は得意ぶることも一切なく、今までと変わらなかった。
学友は変わったというべきか、戻ったというべきか。
ダリヤと話す生徒が増えた。
こそりと陰で謝っている者も少なくなかった。
授業の移動を共にする者が増えた。
苦手の中距離走は、走り終わった女子生徒達が声をかけにいっていた。
彼女に少し笑顔が増えた気がした。
大きく変わったのは、一部男子生徒である。
挨拶をしなかった者がするようになり、ダリヤに魔導具の話をふるようになった。
隣国言語の発音のあやしさは、前の席の男子が丁寧に教えていた。
一番きついことを言っていた青髪の男子生徒にいたっては、ダリヤに紅茶の茶葉を渡していた。
家の魔導具工房で飲んでいるもので、たまたま一缶余ったのだと言っていた。
どんな余り方だ、この野郎と、正直思った。
彼女の名が出る度に、耳をそばだてている自分がいた。
「ロセッティって、話してみると本当に面白いな。魔導具師同士で恋人というのもいいかもしれない……」
「まずは声をかけてみるところからだろう。けど、お前、嫌われてない?」
「一応、話してはくれているが。紅茶を渡すときに謝罪の手紙は入れたが……ここはやはり、一度デートの誘いを――」
体育後の更衣室、そんなことを話している男子生徒達に、じくりと胸が痛む。
気づくのが遅い自分を反省した。
そして、今度こそ遅れぬよう、ダヴィデはその二人に近づいた。
「すまないが、ロセッティに先に言わせてくれないか? 一番長いのは、俺だから」
「……いいだろう、隣の席の情けだ」
どんな情けかは理解できないが、青髪の彼に神妙にうなずかれた。
そう悪い奴ではないと思った。
丸一日必死に考えて、翌日の帰り際、ダヴィデはダリヤに声をかけた。
「ロセッティ君、明日、中央区に新しくできた店に友達と行くんだが、一緒に行かないか?」
勇気を振り絞り、店の名を続ける。
女性に人気の高い店は、かわいいデザートを出すことで有名だ。
王都の新たなるデートスポットとも言われている。
ダリヤは男爵の息女だ。一対一は避けるであろうことを考え、友人にも頼んだ。
「ごめんなさい。そのお店、これから父さんと行くの。でも、声をかけてくれてありがとう」
笑顔で言った彼女は、教室を早足で出て行った。
がっくりと肩を落とした自分の肩を、青髪の学友が叩く。
「あきらめろ、俺達には塀が高すぎた」
デートには父と行く――貴族の言い回しとしては最上である。
ようするに、父の決めた相手としか付き合わぬということだ。
そうなると家、あのロセッティ男爵を通さねばならず――子爵家を出て市井に下る予定、まだ無職の自分が言えることはない。
なお、青髪の彼は男爵の子息で次男。
魔導具工房に弟子入りが決まっているが、一人前にはほど遠い。
ロセッティ男爵に申し込みに行くにはやはり足りぬ。
そして、声をかけてくれてありがとう――友人としてなら話します、ということで、これまた、嫌われてはいない、完全な拒絶ではないのが余計辛い。
いや、まだ続く先はあるかもしれない。
自分の方が、まだ指一本分、背が低い。
背を追い越し、就職を決めたら――もう一度だけ尋ねることぐらいは、許されるだろうか。
「言う前に終わったな、俺は。この際だ、明日は残念会として食事に行かないか? ダヴィデ」
「いいとも。とっておきの店を紹介するよ」
なんだかんだで、青髪の彼とは友人になった。