騎士ドリノと金目の友(前)
(金目=きんめ)
「まさか受かるとは……」
ドリノは制服に身を包み、オルディネ王国高等学院、騎士科の入学式に参加していた。
騎士科の講堂はだだっぴろい。入学生の年齢はバラバラで、女子は二、三割。
最も多いのは貴族の子弟だ。
庶民でも騎士科に入学する者は一定数いる。
貴族に関係する家に勤める子弟、子供の頃から剣や弓を習っていた者、身体強化魔法に優れた者などである。
だが、筆記試験もそれなりに厳しく、実技試験もあるので、対策のできぬ者ほど不利になる。
ドリノは初等学院時代、そういったものをろくにしてこなかった。
そもそも、ドリノは王都の衛兵を目指すつもりでいた。
衛兵学校は騎士科とは別で、専門の学校で三、四年ほど学ぶ。
王都の安全を守るため、護身術や捕縛術、乗馬に集団戦、それに地理と隣国の言語もつく。
だが、庶民にしては魔力が高め、氷魔法のある自分は、教師から試しに高等学院騎士科を受けないかと誘われた。
就職先が広がる、より給与のいいところに就職できる可能性も高くなると聞いて、第一志望を騎士科に、第二志望を衛兵学校にした。
筆記試験は学校にある試験問題を三ヶ月解き続け、面接は先生が教えてくれた。
実技に関しては剣も槍も経験がないので、組み手を選んだ。
衛兵を目指し始めた頃から初等学院で講習を受けていたので、組み手にそう苦労はなかった。
実際の試験は大きな校庭をぐるぐると十周走るだけ、身体強化をかけてそれなりの速度で走った。
次に筆記試験、見たような問題から先に解き、とにかく書けるだけ書いた。
まったく自信がなかった。
だが、それで一次に受かってしまい、別日の二次試験に出向いた。
その後の選択実技は組み手。見上げるように大きい試験官が『遠慮なく来い』と言うので即、膝に奇襲をかけ、その場で転がしてしまった。
その後に組み合い、一度背中をつけられたので、まあ試験は落ちただろうと開き直った。
次が面接だった。
一通りのやりとりをし、高等学院で何を学びたいかと聞かれたので、初等学院の教師の教え通り、『人を守る方法を学びたいです』と答えた。
すると『君は、民を最も守っているのは誰だと思う?』と聞かれ――その質問の用意がなかった。
おそらくは『王』が正解なのだろうと、うっすら思う。
だが、見たこともない王族に守られている感覚は、正直、ドリノにはなかった。
脳裏に浮かんだのは、血のついた鎧の騎士達で――自分はそのまま答えていた。
「魔物討伐部隊だと思います」
魔物討伐部隊の騎士達は下町の子供達の憧れだ。
周囲に騎士もそうおらず、魔物との戦いは豪快に格好良く脚色されて伝わる。
それでも、実際はそんなものではないことを、ドリノは知っている。
西門近くに届け物をしにいったとき、魔物討伐部隊の帰還を見た。
人々から歓声が上がり、皆が魔物討伐部隊を褒め、ねぎらっていた。
だが、近くで自分が見たのは、輝かしい騎士達ではなかった。
荷馬車で運ばれてくる、とんでもない大きさの赤い熊の屍が二つ。
目が怖い呼吸の荒い馬、泥だらけの馬車の窓から見えた血のついた包帯。
馬の上、鎧は血が残り、目の下に隈のある騎士達が、それでも自分達に向けて笑っていた。
あれ以上民を守っている者達を、あれ以上強き者達を、ドリノは知らない。
「命懸けで守って頂いておりますから……もちろん、政では王ですが」
自分の言葉に、質問した試験官は目を糸のように細め、隣の試験官は顔を歪めてうつむいた。
最後に我に返って取り繕ったものの、これは完全に落ちただろう、そう思った。
「ドリノ・バーティ君、面接は以上だ」
「ありがとうございました」
完全に落ちた。
だが、衛兵学校の試験が一週間後にあるし、それにも落ちたら教師に就職先の相談を――
そう思いつつ部屋のドアに手をかけたとき、試験官に声をかけられた。
「バーティ君、入学までにもう少し、隣国の言語を、特に綴りを学んでおきなさい」
「あ、はい! 頑張ります!」
慌てて答えて一礼し、部屋を出る。
なぜか合格したらしいことを、ようやく理解した。
その後は卒業に入学準備にと、慌ただしい日々が続いた。
そして今日、高等学院騎士科の入学式にこうして参加している。
なぜ受かったのか思い出す度に謎だが――下町庶民の自分が騎士科に入れたのは、ありがたいと喜ぶべきなのだろう。
入学式の長い式典が終わった。
この後はそれぞれに教室で、担任から授業や今後についての説明を聞かねばならない。
一年は基礎科目なのでクラスは固定である。
周囲には貴族と思われる男子が多く、気軽に話せる者を見つけるのは骨が折れそうだ。
糊の利きすぎた制服をちょっとだけ気にしつつ、教室へ向かって歩き出す。
「ようこそ、騎士科クラス2へ」
笑顔で待っていた担任は、組み手の試験官だった。
・・・・・・・
高等学院での毎日は、覚悟していたよりは楽だった。
最初の頃は庶民と貴族、それも低位高位と微妙に分かれていたが、泥だらけの鍛錬のせいか、気が合う仲間へと自然に分かれていった。
ドリノが庶民であること、剣も槍もろくにできないことを知ると、距離をとる者も一定数いた。
だが、親しく話す者は他にいたし、氷魔法持ちであると知られてからは対応がよくなった。
貴族でも魔導師でも、氷魔法持ちは少ないらしい。
ドリノはこれ幸いと、夏には皆のグラスに小さな氷を入れてやり、ポーションのいらぬ程度の怪我にはハンカチに氷を包んでやり――菓子と授業のノートと、かりそめの友情を手に入れた。
なお、氷魔法の使いすぎで魔力を枯渇させ、二度医務室のお世話になったのは内緒である。
二年目になると、剣や槍、弓の選択実習が入るようになった。
ドリノは一番生徒数の多い剣を選んだ。
一年のうちに剣の自主練習会にも入っていたが、付け焼き刃だ。
打ち合うのは面白いがどうやっても下手で――選択実習も少しばかり気が重かった。
実習最初の三ヶ月はクラス合同なので、ぞろぞろと校庭へ出る。
そこで、周囲の視線が一斉にずれていくのに気づいた。
視線の先にいるのは、少し背の高い少年だ。
艶やかな黒髪に、とても整った顔立ち。何より目立つのは、胡散臭いほどの金色の目。
同じ練習服をまとっているのに、段違いに格好いい。
少ない女子生徒が彼に寄っていき、声をかけるのに納得した。
「あの金目、ヴォルフレード・スカルファロットだろ?」
「ああ、『女泣かせ』の……性格が最低なんだってな」
ぼそぼそと話す男子生徒にさらに納得した。
剣の実習は楽しかった。
自主練習会の成果もあったのか、ドリノの上達は早い方らしい。
『褒められると伸びます!』と冗談で言っていたが、打ち合える時間が長くなっていた。
とはいえ、子供の頃から騎士を目指す者達に敵うはずもなく、受け流しが下手で腕を痺れさせた。
打ち合う相手はぐるぐると交替する。
ヴォルフレードとも何度か模造剣を合わせた。
彼は格段に強かったが、剣技の下手なドリノを適当にあしらうこともなく、きちんと打ち合ってくれた。
もっとも、一言も話をすることはなかったが。
女達の憧れる黄金の目が、ドリノには金色のガラス玉に見えた。
周囲の者達は目の表面に映ってはいるけれど、それだけ。
誰のことも見てはいないようだった。
その後、剣の実技は熟練度に応じて分けられ、彼と打ち合うことはなくなった。
接点がまるでなくとも、ヴォルフレードの噂だけは時折聞こえてきた。
女子が勇気を出して告白したのにひどく邪険にした、婚姻につながらぬ付き合いだったら考えると言われた、友人の彼女に手を出した――
積み重なる噂にも、遠目で見る彼は動じているようには見えなかった。
そして、誰かが面と向かって彼に抗議したという話も聞かなかった。
スカルファロット伯爵家――王都でその名を知らぬ者はまずない。
水の魔石を国中に流通させ、歴史の教科書にさえ名の載る家だ。
どこも諍いを起こしたくはないだろう、友達はそう言った。
偶然、一人で素振りをしているのを見かけたことがあったが、女生徒に寄ってこられると無言で移動していた。
そのときも、その目は金色のガラス玉だった。




