3節 賭博少女
私たちは、やたらと並び立つ賭博場が印象的な町に来ていました。
賭博場以外は、酒場や屋台、宿屋と町の案内場しかありません。恐らくは旅人をメインに金銭を回す町なのでしょう。
賑わいの割りに殺風景なズラリと並んだ賭博場を横目に、私たちは安っぽい宿を探して歩いています。
「実はですね……私って賭博が得意なんですよ」特に話す事が無かった私は、何となくユズにそんな話をしました。
「……楽しいの?」
「生きる為に必死だったんで、戦場と何も変わらない場所でしたよ」
私はそのまま、過去の出来事を少しだけ語り始めるのでした。
私の育ての親は師匠で、幼少期の頃から面倒を見てもらっていました。
そして師匠は、騎士である以前に貴族の御令嬢でもあったのです。
なのでお金は腐らす程にあったんですが、ある時にハマりだした「遊び」で、殆どのお金を溶かしてしまったんです。それが賭博でした。
で、生活費さえカツカツになった師匠は、召使たちの給料を払うのもギリギリになってしまい、実家に戻ってお金を借りる事にしたんです。
ですがそのお金を速攻で溶かすのが目に見えていた幼女エルシアは、自分がこの家のお金を何とかしないといけないんだ!――と、奮い立つのでした。
それから連日、殆ど賭博の知識が無かった幼女エルシアは、側近のお爺ちゃんに一番簡単な賭博である「ポーカー」を習っていました。
失ったお金は、同じ方法で取り返すべき――と言う、訳の分からない思考が働いてたが故の行動でした。
そして、ある程度の遊び方を理解した天才幼女エルシアは、このポーカーには必勝法がある事に気付いてしまったんです。
それを知った幼女エルシアは、1日だけ師匠の賭博場に連れて行ってもらい、ディーラーの持つトランプを確認しながら、師匠の惨敗を冷めた目で見つめていました。
そしてその次の日の夜、遂に天才賭博幼女エルシアが、現れるのでした。
コッソリと家を抜け出した幼女エルシアは、師匠の財布からくすねた金の小判3枚と、お小遣いの金貨50枚を持って、ローブ姿のまま賭博場に入って行きました。
過程は省きますが、数時間後に幼女エルシアは、賭博場から追い出されてしまいました。
理由は「勝ち過ぎ」です。賭博場のその日の売り上げを、全て吸い上げてしまっていたのです。
それは師匠が失った額の、およそ10倍の儲けでした。
そのお金で師匠の両親――つまりは義理の祖父母に借金を返した幼女エルシアは、実は別の金貸しからもお金を借りてた事を知り、そこにも借金を返済して周りました。
そして家に元通りのお金を戻すと、幼女エルシアの手元には何も残りませんでした。
幼女エルシアが何をしてたの知らない師匠は、お金を無駄遣いし過ぎだ!!――と彼女に怒りました。
で、何だかんだあって結局師匠の金遣いの荒さに見かねた幼女エルシアは、自分の遊びたい気持ちや怠けたい気持ちを押し殺して、お金の管理役を買って出るのでした。
それは幼女エルシアが10歳になるまで続くのでした……。
とりあえずお金を取り戻せた幼女エルシアは、それ以降に賭博をする事は無かったんですが、今では旅の道中で金銭不足が起きた時だけ、その必勝法でお金を稼いでいたりします。
因みに師匠なんですが、幼女エルシアが無双した後は賭博には飽きたらしく、もう一切目もくれなくなりましたとさ。
めでたしめでたし。
そんな話を、灰色の空を眺めながら語った私は、妙にテンションが下がってしまっていました。
視界が潤って妙に鼻声ですが、これは顔に雨が降ってきただけです。泣いて無い、泣いて無い。
「あ~……え~っと……うん。エルシアちゃんは頑張ったと思うよ!」私の事を抱きしめながら、後ろ髪を撫でるユズ。
「その褒め方止めてください!、本当に泣きそうだから止めて!」私は顔をユズの胸に押し付けると、ヒッソリと数滴の涙を零すのでした。
さて、いつまでも漫才をやってる訳にはいきません。早い事宿を探さないと、私だけじゃ無くて空まで泣きだしそうです。
顔を上げて早速歩き出した私でしたが、その時、黒髪を後ろで1つに結んだ少女とぶつかりました。
「ごめんなさーい!」少女は手を振りながらそのまま走り去ります。
「……何を急いでいるんでしょう?」
しかし今はそんな事を気にしてる時ではありません、ポツポツと雨が降り始めて来たのです。
急いで近場の宿に入った私たちは、雨に濡れた体を払いながら店員呼び出しのベルを押しました。
チリリン――と、安っぽいベルが鳴り響くと、店の奥からお婆さんが出て来ます。
「すいません。とりあえず1泊お願いします」私はそう頼みながら、財布を取り出そうとワンピースのポケットに手を入れました。
……あれ?。
お財布が……無くなってる?。
焦った私は、荷物を入れている麻袋の中も探しました。
……あれあれ?。
一応ユズのポケットにも手を突っ込みます。
……あれあれあれ?。
うん、お財布……無くしましたね。
お婆さんが冷めた目で私を見ています。辛い。
私は引きつった笑みで「あの~……後払いって、出来たりします?」と聞きました。
そんな私に、おば様は天使の様な笑みを浮かべながら「一昨日来やがれ」と一言。
あぁなんだ……天使の様なおば様かと思いきや、その実、悪魔の様なババァでした。
仕方ないんで財布を探しに、私は宿から出て行きました。
ユズは宿の中で待たせています。悪魔もその位は許してくれました。
さてと、町に入った時にユズが屋台でお肉を食べてたんで、その時まではあった筈です。
となると、1番怪しいのは――。
「……まぁ、考えるまでも無く、あの黒髪の少女ですよね……」
深いタメ息を吐いた私は、少女とぶつかった地点まで戻っていくのでした。
「しかしまぁ油断してたとは言え、この私が財布を取られるなんて……うん?」
ちょっと反省の色を見せながら少女と会った場所を目指していた私は、運良く賭博場に入って行く少女を見掛けました。
黒髪を後ろで1つに結ぶ少女……身長的にも間違いありません。早速とっちめてやりましょう。
私は少女の跡を追い掛けて、賭博場に入って行きました。
「お嬢さん……ずぶ濡れだが平気か?」
気前の良いお兄さんが心配してくれていますが、私は「お構いなく」と笑顔で返すと少女の座る椅子の後ろに立ちました。
最初こそは気付かずにポーカーを続ける少女でしたが、ディーラーが尋常じゃ無い視線を少女に向ける私に気付き固まると、少女も私の方に振り返って固まりました。
「こんばんわ……探しましたよ?」私はニッコリと笑い掛けながら、少女に手の平を差し出しました。
しかし青ざめた少女は、その場で固まるだけで、テーブルの隅に置いた私のお財布を返す気は無い様子。
「この手の意味……分かってますね?」相も変わらず笑顔で問い掛ける私。
しかし少女は、青ざめた顔のまま「あ、あの……誰ですか……?」と、とぼけて来やがりました。
――プチン。
私の中で何かが切れました。
私は少女の腕を掴んで立ち上がらせると「盗んだ財布を返してもらいに来たんですよ。よくもまぁシラを切れると思いましたね」と、威圧する様に言います。
今の私は、笑顔なんて言葉は似つかわしくない程に怒った表情で、少女を睨みつけています。
流石にただ事では無いと悟ったディーラーや先程のお兄さんたちが、私を止めようと近付いて来ます。
ですが邪魔をしないで頂きたい私は、心は痛みますが脅しを掛けます。
ドンッ――と、大きな音を立てながら、私はテーブルにナイフを突き立てました。
「この少女は私のお金で賭博をしています。それ相応の報いは受けさせるつもりなんで、邪魔しないでもらえますか?」
私の殺意の籠った声に怯む彼等でしたが、入り口で話し掛けてきたお兄さんは、声を震わせながらも「何か事情があるのは分かった。とりあえず此処を出よう。な?」と言って、私に自分の着てる上着を被せてきました。
大変不服ですが、彼の言ってる事は正論。これ以上迷惑を掛ける前に賭博場を出て、宿に戻りました。
因みに大負けしてたらしく、その代金を置いて行けとディーラーにせがまれた私は、彼の顔面に金貨を投げ付けてやりました。
で、宿に戻って来た私はお兄さんに上着を返すと、やっとの思いでチェックインを済まし、個室に入って行きました。
「えーっと……エルシアちゃん?」
「はい?」雨に濡れて下着が透け透けになったワンピースを脱ぎながら、私はユズの方を振り返りました。
そして振り返った先では、ユズが黒髪の女の子を慰めています。
一応の事情は話したんですが、ユズ的には、エルシアちゃんのやり方は乱暴すぎるよ!――との事でした。
寝間着に着替えた私は、早速少女の前に座ると「さて、怯えてないで話してもらいましょうか?」と、またしてもユズに怒られそうな言い方で少女を睨みつけました。
「……ぃ」少女が何かを呟いています。ですが声がか細過ぎて聞き取れません。
そこでユズが「大丈夫だよ。このお姉さん、本当は怖くないから。ゆっくり話してみて?」と、慰めるようにしながら少女を撫でました。サラッと馬鹿にされてた様な気はしますが、その事には気付かなかったフリをします。
暫くして落ち着きを取り戻した少女は、泣きながら謝ってきました。
「ごめんなさい!、死にたく無かったんですっ!。だから盗んだお金で賭博をしてましたっ!!」
「…………………………………………」は?。
言ってる事の意味が理解出来なかった私たちは、お互いの顔を見合わせると、改めてゆっくりと事情を聞き出すのでした。
○
「私の家……借金まみれなの……」黒髪の少女は、かすれた声で色々と事情を話し始めました。
「……どうして借金まみれなのに、賭博をするんです?。余計に借金が増えるだけですよ?」
私に問いに少女は「借金の取り立て屋が……賭博場を経営してるの」と、答えました。1度でも勝てれば、借金は全額チャラで良いと言われたって――と、泣きながら。
ですが相手は賭博のプロ、イカサマをしてるのも明確です。それに1度でも勝つなんて奇跡、絶対に起こる訳がありません。
そして少女は「でもね……何度やっても勝てないのっ!」と、大粒の涙をボロボロと零しながら言いました。
そして毎日1度は勝負をしに来ないと、借金を3倍にすると脅しを掛けられていて、それで仕方なく人から盗んだお金で賭博をしていた――つまりはそういう事でした。
……馬鹿みたいな話ですね。率直に言ってしまえば、くだらないです。
私は大きくタメ息を吐いて「使った分のお金は返さなくて良いです。だから二度と私たちの前に現れないでください」と、そう言おうとしたタイミングで、ユズが割って入ってきました。
「何か私に出来る事無いかな?。君を助けたいよ……」ユズは慈愛に満ちた表情で、少女を抱き寄せます。
少女もユズの優しさに我慢の限界を迎え、とうとう大きな声を出して泣き始めてしまいました。
「ユズ……言っておきますが、私は一切手を貸しませんよ。助ける義理なんて無いんですから」
私のその言葉を予想していたユズは、無言で頷くと、少女の頭を泣き止むまで撫で続けるのでした。
泣き止んだ少女に、私たちは一応自己紹介をする事になりました。とは言っても、私は手を貸す気は毛頭ないんで、私が名乗る意味は無いんですが。
「私はユズだよ」
「……エルシアです」
私たちの名前を何度か呟いた少女は、ごもった声で「ハクです」と答えました。
見た目が黒なのに、名前は白なんて、何だか覚え難そうですね。
さて、今後の方針をハクと話し始めたユズは、とりあえず賭博で一回勝つ――これを目標にした様でした。
……ユズはもう忘れたんでしょうか?。賭博は遊びじゃ無いと、戦場だと言ったつもりだったんですが。
そしてユズは早速、私を頼ってきました。何なんですかこの娘は……。
私を頼った理由、それはお財布を預けてほしいとの事でした。
「ユズ……馬鹿言わないでください。それじゃあ盗まれたのと状況が変わらないじゃないですか」
「でも資本金さえ無きゃ、助ける事も出来ないよ」
「だったハクにスリの仕方をレクチャーしてもらえば良いんじゃないですか?」
「馬鹿言わないでよ!、スリなんてする訳無いじゃん!」
「…………」
「…………」
暫く黙ってお互いを見やった私たちでしたが、先に根負けした私は、半分だけ財布の中身を渡すと「それがユズの軍資金です。それだけあれば十分でしょう」と言って、お風呂に消えていくのでした。頭が濡れっぱなしで風邪引きそうです。
お風呂場に入って暫くすると、ガチャン――とドアの閉じる音が聞こえました。……どうやら賭博場に向かった様です。
「……ユズの馬鹿」私は頭を洗う為に下を向いたまま、壁に手を付けて強く握りしめました。
その後、お風呂から上がった私は別のワンピースを着ると、洗濯物を洗って部屋干ししてから、ユズたちの跡を追い掛けて賭博場に向かうのでした。
……別に心配な訳じゃ無いです。
ユズたちの目撃情報を基に賭博場を回った私は、数件目でやっと二人を発見しました。まったく……どうしてこんなに賭博場が多いんでしょう?。
「いらっしゃいませ」二人の紳士な男性が、深々とお辞儀をしながら私の通る道を開けてくれます。
私は一言「どうも」と言って軽くお辞儀をすると、ユズの座るテーブルに1番近い柱に寄り掛かって、彼女の奮闘を見つめました。
結論から言いましょう。惨敗です。えぇもう、気持ちの良い程に負けまくりです。
しょんぼり肩を落として帰ろうとするユズは私の存在に気付くも、何も声を掛けずに賭博場から出て行ってしまいました。
「…………」
腕を組みながら横目でユズたちを追った私は、二人が見えなくなると彼女の座ってたテーブルを見ました。
……ノーペア。何も役が揃って無いです。
そんな時、ガラの悪そうな男性が「またアイツ、良いカモ連れて来たのか」と言って、汚い笑みを浮かべながら金貨を数え始めました。
「…………」
「しっかし、あんな露骨なイカサマも見破れないとか、俺達に惚れて金でも貢に来てるだけなんじゃねぇの?」
男性は更に汚らしい笑みを見せながら、取り巻きたちと馬鹿笑いし始めました。……不愉快ですね。
「……クソが」私はそう呟くと、賭博場を後にしました。
そして宿に戻って来ると、そこには誰も居ませんでした。
机に置いたままにしていた財布は空っぽになっていて。ユズの荷物も消えています。
「…………」
私は財布の横に置かれた2枚の紙を拾い上げると、そのままごみ箱に捨てました。
1枚目には私の字で、どうせお金が足りなくなったでしょう。必要分は確保してあるんで、全部持って行って構いませんよ――と。
2枚目にはユズの字で、ごめんね、エルシアちゃん。本当にごめん。ありがとう――と。
そう、書かれていました。
私は深くタメ息を吐くと、睡魔が酷かったんで、そのままベットに転がって眠りに就くのでした。
次の日の朝、私は朝食を食べると、宿泊の延長をお願いしてから、例の賭博場に向かいました。
賭博場に着くと、案の定ユズは朝からポーカーをしていました。
「…………」私は手を振える程に強く握りしめて、下唇を噛みながら彼女を見守りました。
そして口いっぱいに血の味が広がった事で、私は怒りながらユズを見ていた事に気付きました。
……今のユズを見ていると、どうしても彼女と師匠を重ねて見てしまうのです。
裏騎士の師匠と、王都での騎士を目指すユズ……理由は違えど、結局賭博場に入り浸ってる騎士である事には変わりありません。
そして、そんなユズの姿を見ていると、私の大嫌いだった師匠の一面を、また見せ付けられている様な……そんな気分にさせられます。
「…………………………………………」
気が付くと、私は再び唇を噛み締めていました。
そして何度目かの勝負でお金が底を尽きたユズは、またしても落ち込みながら賭博場を後にするのでした。
「ユズ」賭博場から出た彼女に、私は声を掛けました。
「いい加減分かった筈です。素人が賭博で勝つのは無理な話なんですよ」
「でも、もう退けないよ。ハクちゃんを助けるって……そう言っちゃったから」
ユズは無気力な笑みを私に見せると、またしても何処かに消えていってしまいました。
「…………」私はユズの、今にも自殺を考えそうな人の後姿を見送ると、呆然とその場に立ち尽くしてしまいました。
今日は昨日以上に天気は酷く、強風が雨を痛い程に叩き付ける日でした……。
そしてユズを追う事をしなかった私は、また一人で宿に戻ってきて、ユズの事を色々と考えていました。
しかし私の頭に過るのは、ユズは勇者に憧れただけの、所詮は力の無い、ただの偽善者――最終的にその言葉が出て来てしまうのです。
そしてその言葉が頭に過る時、私は自分の冷静さが憎くて堪らなくなります。
どうして私はユズに、毎回辛い当たりをしてしまうのか。
どうしてユズと同じ気持ちになって状況を見てあげられないのか。
どうして……私はこんなにもユズを助けたいと思うのに、何もせずに後ろで、ただ彼女の心が擦り減る姿を見ているのか――それを考えると、胸の辺りが苦しくなるんです。
「私は……ユズにどうしてあげれば良いんでしょう……?」
心に限界を感じた私は、まだ昼過ぎだというのに、只々何もせず、まるで死んだかの様にベットに倒れ込むのでした。
……どう考えても、明日がラストチャンス。
ハクを救うのも、ユズを救うのも。
ですが私は、ユズ以外は眼中に在りません。
「…………」
この状況をひっくり返せるのは、恐らくこの町でも私だけです。私程命を懸けて賭博をした人間は居ないでしょう。
「……私も、そろそろ決断しないといけませんね」
今までの私は、何だかんだでいつも助け舟を出してしまっていました。
始まりの町のユズやレウィンさんにも。幽霊のミキさんも。
私はきっと……考えが甘くて、優柔不断なんです。
仲の良い人には不幸になってほしくない。でも自分以外はどうでも良い。
……私のこの考えは、明確に矛盾していたのです。
そして今、私は自分の甘さと向き合わなくてはいけない場面に立ち会っています。
結局助けるのか、助けないのか。
「…………………………………………」
ですが半日考えても、私は答えを出せませんでした。
そして、遂に運命の3日目の朝が訪れるのでした……。
○
3日目の朝、恐らく最後の日……私は朝食に一切手を付けず、自分の気持ちに整理を付ける事で精一杯になっていました。
確かにユズの事は助けたいです。だけど本心では、所詮は他人なんだから関係ないじゃんと思う自分も居ます。
「…………」
水の入ったコップを持ったまま固まる私に見かねた宿屋のお婆さんが「どうしたんだい?」と、親切に声を掛けてくれました。
しかし、どうしても誰とも話す気分になれなかった私は「何でもないです」と、突っぱねてしまいました。
ですが、やっぱり年寄りは強いです。突っぱねる私の、俯いた表情をしゃがんで覗き込みながら「若い子がそんな辛そうな表情をしてるのに、何でも無い訳無いでしょ」と、手を握って更に私に歩み寄ってきたのです。
「何かあるなら話してみて?。お客さんは私の孫みたいなものなんだから」
「……実はお金が無いんで、宿代払えないです」
「今すぐ出て行きな」
「……嘘です。と言うか、孫を追い出さないでくださいよ」
「…………」
冗談を言えた事で、私の心の中に少し余裕が生まれました。
私は改めて「相談……聞いて貰えるんです?」と尋ねました。
お婆さんは満面の笑みで頷くと、隣に座って背中を撫でながら、私が話し始めるのをジッと待ちました。
「……実はですね――」私は、この町に来てから出会ったハクの事。ハクを助ける為に、ユズが賭博で心を擦り減らしてる事。それを解決できるのは、私だけしか居ない事。そして……自分の心の中に抱える矛盾の事。全てを話しました。
お婆さんは黙って相槌を打ちながら、優しく背中を撫でつつ聞いてくれました。
「アンタも若いのに苦労してるんだね」
「…………」私は無言で頷きます。
「その歳で、そんな事を抱え込めるアンタもユズも、大した娘だよ」
「…………」
「よく、一人で頑張って来た。偉いねぇ」
「…………」私は無言で、もう一度頷きました。
頷いた時、私のワンピースに大きな粒がポタポタと零れてきました。
一瞬戸惑って固まった私でしたが、私が泣いている事を察したお婆さんは、何も言わずに抱きしめて、背中を擦ってくれました。
今回は突っぱねません。私は甘える様にお婆さんの体に顔を埋めて、声を出さないで泣きました。
人間、どうしたら良いのか分からなくて、悩んでも悩んでも答えが出なくて、精神的に辛くなった時、絶対に泣かないと決めている人でも涙は出てしまうものなんです。今の私もそうです。
お婆さんはそんな私を優しく抱きしめながら、ちょっとした自分語りを聞かせてくれました。
「私はね、若い頃は、そりゃあもう絶世の美女でね、いつも男に付きまとわれて大変だったんだよ」
「……?」何の話でしょう?。
「そんな私を、両親も誇ってて、色んな人に自慢したそうだ」
「…………」
「ある日両親が、超有名貴族の若領主のお見合い相手に、私を勝手に選んだんだよ。だけどその時にはね、私にも好きな人が居て、誰にも言わずに交際をしてたんだ」
「…………」
「その時の私の心情に、今のアンタは似てるんだよ。アンタは理性で物事を考える子だから、此処でこうするのは間違ってる――そういう風にものを見てるんだ……そうだろう?」
「…………」私は抱かれたまま、無言で頷きました。
確かに私は、感情より理性を優先しようとしています。その結果で何を失ったとしても、それが最善の選択だと思っているからです。
お婆さんは「そうだろう、そうだろう」と、あやす様に言いながら、私の頭を撫でます。
「確かにね、その考えは間違っちゃいないんだよ。実際にその考えを貫き通して死んで逝った若者を、私は沢山見て来た。もちろん、私も若い頃はその考えで行動の優先順位を付けていた」
お婆さんは、更に自分語りを続けていきます。
「そうして、自分の感情を殺して彼と別れ、両親の言いなりになって理性で未来を見据えて、結局貴族の妻になった私は、それこそ死にたくなる程に後悔したさ。自分の感情に、正直になればよかったって。でもやっぱり、今のアンタと同じで、理性が正解だとも思ってた」
「…………」
「それで、私の出した結論……何だと思う?」
「……分からないです」
私のその答えを聞くと、お婆さんは自慢げに「好きなもん、全部取っちまえばいいのさ!」と、突拍子も無い事を言ってきました。
いやいやいや、矛盾した理性と感情を両方取っても、結局は矛盾したままじゃないですか。
他人はどうでも良いと張り続けて、でもユズは助けるって……自分本位も良い所ですよ。
しかし私のその考えを読んでか゚、お婆さんは「人生なんて1度しかないんだ。だったらやりたいようにやって、矛盾を抱えたまま死んで逝けば良い。それが悔いの残らない、幸せな生き方だよ」と、笑いながら言ってきます。
「…………」正直、私にはお婆さんの言ってる事、無茶苦茶だと思っています。適当に聞き流しても誰も文句を言わない様な、そんな常識からぶっ飛んだ暴論めいた結論を突き付けて来ています。
でも、普段だったら、まともに取り合わない話ではあっても、今の私には救いの道に見えました。
あぁ、そうだったんだ。ワガママに全部やりたい事を選んでいいんだ。
理性で他人をどうでも良いと思い続けて、感情でユズを助けて、そこに生まれる矛盾も私の理想の形なんだ――と。
「言ってる事……無茶苦茶じゃないですか」私は呆れながら、お婆さんの顔を見ました。
「かもね。でも、今のアンタには必要な答えだったんじゃないかい?」
「さぁ……どうでしょうね」
「それだけの笑顔になれるんだ。きっと必要な答えだった筈さ」お婆さんは笑顔で、私の目元に溜まった涙を拭いました。
「それじゃ、行ってきな。アンタがしたい事、矛盾だらけでも貫いてみな!」
お婆さんは立ち上がると、私の背中を軽く叩いて、店の奥に消えていってしまいました。
「やれやれ……年寄りって常識を逸脱した考えを持ってるんで、大嫌いですよ……本当に」私は小声で呟きながら、笑みを零しました。
その後、朝食を一気に食べ切ると、急いで宿から出て、ある下準備を済ませてから、私はユズの元に向かいました。
賭博場に着くと、ユズは最後のお金を払って、それでも足りなかった分として、自分の着ていた衣類を差し出していました。
「まったく……私より1つ年上のくせに、世話の焼ける……」私は愚痴を零しながらユズの隣に立つと「交代です」と言って、自分が着ているのとは別の、白いローブをユズに被せました。
「エルシアちゃん……」ユズは今にも泣きだしそうな目で私を見ています。
「後は私がやります。まぁプロの力を風邪引かない様に見ててください」
何が可笑しかったのか、ディーラーや、ガラの悪い男性は、大爆笑し始めました。
「だはははっ!。このガキが、俺等よりプロだってぇ!?。そいつは面白れぇな!!」
「ガタガタ言ってないで、さっさと始めましょう」私が真顔でそう言うと「ついでに、1回でユズの衣服と全額を返して頂きたいんで、此処に在る全財産と、私の体と、ユズの体と、ハクの体を全て掛けます」と、言い張りました。
ディーラーは汚い笑みを浮かべながら「オーケー」と言うと、早速カードを配り始めました。
5枚のカードを受け取った私は、伏せたまま端だけをめくって数字を確認します。
2ペアですね。此処から狙えるのは、せいぜいフルハウス位でしょうか。
私は3枚のカードを投げると、新たに3枚のカードを配られて、数字を確認しました。
ディーラーたちは、今も尚、気持ち悪い笑みを浮かべながら小さく笑っています。
「エルシアちゃん……」心配そうに私に近付くユズは、少し震えていました。
「安心してください。万が一、億が一、いや……兆が一にも負けはあり得ませんから」
「うん、エルシアちゃんを信じるね」
「ふふっ、信じられました」私は笑いながら、手に持っていたカードを伏せて置きました。
「準備は良いか?」ディーラーが私に聞いてきます。
「えぇ。私の勝ちですけど、構いませんよね?」私もディーラーに聞き返します。
そして、先にディーラーがカードをオープンしました。
9の5カード、かなりの引き運、いや……手の込んだイカサマをしてますね。
「さぁて、次はお嬢さんの番だぜ?」ニタニタしながら、ディーラーの後ろに立つ男性が急かしてきます。
周囲に出来た野次馬からも「これは勝てないだろ」「あの子達、可哀想」等々、諦めの声が聞こえてきます。
「そう言えば、貴方たちに言い忘れてた事が一つありました」私は、端からカードを捲りながら「あまり、天才賭博少女を舐めない方が良いですよ?」と言って、ドヤ顔を決めました。
「――っ!?」驚き過ぎて声が出ないディーラーや、野次馬たち。
それもそうでしょう、だって私が出したカードは――。
「ロイヤルストレートフラッシュです」
「う……嘘だ。ありえない!」ディーラーは発狂した様に言います。
「現実を見てください。所詮、貴方のイカサマなんて天才には遠く及ばないんです」
私は手を差し出すと「とりあえず、連れの服を返してください」と言いました。
渋々だとしても、しっかりと服は返してくれましたが「納得がいかない」との事で、もう数戦する事になりました。
一戦目。
「ロイヤルストレートフラッシュです」
「…………」
二戦目。
「ロイヤルストレートフラッシュです」
「ぐはっ!」吐血するディーラー。多分昨日の夕飯に毒でも盛られてたんでしょう。
知らんけど。
そして三戦目。
「ロイヤルストレートフラッシュです」
「…………………………………………」完全に沈黙する周囲の人たち。
まぁそれもその筈です。なんたって彼等には私のイカサマは見破れないんですから。
結局、ディーラーが音を上げるまでに十戦近く勝負をしたんですが、まぁ言わずもがな、全てがロイヤルストレートフラッシュでした。
「もう……虐めないでください。ハクちゃんにも請求はしません、借金もチャラで良いです。だから……もう止めてください」
ディーラーの心は完全に折れた様で、テーブルに項垂れながら力無く謝罪をしています。
ですが納得出来ない馬鹿がまだ一人。
「ざけんな!そんなセコい事認められる訳ねぇだろ!」
一番気持ち悪かった男性が、私に掴み掛かってきました。
「ユズ、頼みます」「あいあい!」そこに私の合図で、ユズの勇者パンチが炸裂。男性は一撃でダウンしてしまいました。
さてと、取るもの取ったし、何なら儲けも出てますし、お暇しましょうか。
私たちは野次馬たちに「見世物は終わりですよ。退いてください」と言って道を作ると、ユズとハクを連れて賭博場を後にするのでした。
○
「いやー!、エルシアちゃん強かった!。めっちゃ格好良かった!」
「うん!、エルシアさん素敵でした!。結婚してください!」
「ふふっ、ハク。次にふざけた事言ったら、絞め殺しますよ?」
「…………」
賭博場を後にした私たちは、宿のお婆さんに挨拶を済ませて荷物を回収すると、町の門の前まで来ていました。
「あ、そう言えば――」私は思い出した様に「ハク。これは貴女の取り分です」と言って、多めに勝って得た金額を渡しました。
「……良いの?」ハクは涙目で私を見つめながら、その金貨300枚を大切そうに、そして重そうに胸の前で抱えながら聞いてきました。
「えぇ、構いませんよ。私たちもガッツリ儲けてますし」私はそこそこ大きな麻袋に、溢れ出すほど入った金貨を見せながら言いました。「ただし!、もうスリは止めてください。次にあった時、同じ事をしてたら……絶対に助けませんから」
「……約束する」ハクは真剣な眼差しで、私に返事をします。
「よろしい。そしてユズ、もう今臨在、自分だけでは解決出来ない問題に直面したら、一人で何とかしようとしないで、私に相談してください」
「……良いの?」ユズは申し訳なさそうに聞いてきます。と言うかハクと同じ聞き方は、笑いそうになるから止めていただきたいです。
「えぇ、ユズの為だったら私も頑張りますよ」
私がそう言うと、ユズは嬉しそうに抱き着こうとしてきました。
そんなユズが抱き着いたのは、私が身代わりとして差し出したハクでした。
「??????」何故に自分が抱き着かれてるのか理解出来ないハクは、ユズ胸の中で顔を真っ赤にして固まってしまいました。
そんな光景を面白おかしく見た私は、一人で離れた場所に歩いていきます。
「エルシアちゃん?」ユズが心配そうに呼び掛けてきます。
「ちょっとお花を摘みに行って来ます」
「……エルシアちゃんって花好きだったっけ?」
「おしっこですよ。言わせないでください、恥ずかしい……」
私はユズにそう言うと、一人で木々の生い茂る場所に小走りで向かって行きました。
そして良い感じの場所に辿り着いた私は、周囲に人影が無い事を確認すると、近くに流れる小川の前に立ちました。
あ、先に断っておきますが、おしっこに行くと言うのは嘘です。
「よし」私は少し前屈みになると、勢い良く両手を広げました。
バサバサ――とローブがはためくと、そこからは不思議な事に、大量のトランプカードが……。
そうです。私のイカサマとは、ローブの下に予めロイヤルストレートフラッシュの5枚を仕込んでおく事でした。
服や下着の紐、それ以外の挟めそうな部分に、大量に準備してあったのです。
そしてこれが、天才賭博幼女エルシアが見つけた「必勝法」だったのです。
全てのカードを出し切った私は、最後に胸の間に挟んでた5枚を手に持つと「……やっぱり谷間が出来る程に大きくないと、胸に挟むのは無理がありますね。角が刺さって痛かったです……」と呟いて、投げ捨てました。
パラパラと散るカードが飛んで行くのを確認した私は「さて、戻りますか」と呟き、ユズたちの待つ門の前まで戻っていくのでした。
で、門の前まで戻って来た訳なんですが……何これ?。
「ぬわぁぁぁぁん!!。ハクちゃぁぁん!!」
「うぇぇぇぇん!!。ユズさぁぁん!!」
二人は号泣しながら抱き合っていたのです。……いやマジで何してるん?。
遠目から他人を装って二人を見ていた私でしたが、ユズのアホ毛が私を探知した事により、バレてしまいました。
「あ、エルシアちゃん!」手を振りながら寄って来るユズ。
「止めて!、変な奴の友達とか思われたくないから来ないでください!!」
結局ユズに捕まった私は、二人が号泣していた理由を聞きました。と言うか、言い訳の様に聞かされました。
なんでも賭博中は気にしていなかったらしいんですが、私が負けた場合、一生あの連中に恥辱を味あわされてたんだと思うと、涙が止まらなかったそうです。
でも私は言いました。万が一にも、億が一にも、兆が一にも負けは無い――と。
まぁ確かに、私は私の腕前を知っていたし、負けても連中を全滅させれば良いと思っていたんで、あんな無茶な賭け方が出来た訳ですが、ユズたちからしたら恐怖だったでしょうね。
「すいません。配慮が足りなかったですね」私は抱き着く二人の頭を撫でました。
「エルシアちゃん、体温低いね」
「エルシアさん、胸小さいですね」
「あははっ。ハク、貴女いい加減ぶっ殺しますよ?」
「ひぃ!?」
そんな感じを会話をしていた私たちですが、そろそろ遂に別れのタイミングがやって来ました。
「さて、行きますか」私は二人を離れさせて言いました。
「うん……行こうか」ユズは最後に、ハクと握手を交わしました。
「二人共、本当にありがとうございました!。どうかお気を付けて!」
ハクは私たちに手を振り続けました。
彼女の影が小さくなっても。
町が見えなくなっても。
それでも彼女の声は聞こえて来る気がしました。
「ねぇねぇエルシアちゃん?」
「はい?」
ユズが楽しそうに話しかけてきます。それに対して私は、いつも通りのテンションで返事をしました。
「たまにはさ、人助けも悪くないでしょ?」ユズは憎たらしい程にニッコニコの笑顔で問い掛けてきます。
「……そうですね。悪くないかもしれません」
そう返答す私に、ユズは「つんとするエルシアちゃん可愛い!」とか言いながら、頬を突っついてきました。
私はユズの指を掴んでブンブン振ると「所でユズ、貴女宿に居ない間、何処に居たんです?」と尋ねました。
「あー……ハクちゃんの家だよ」
「宿があるのに?」
「エルシアちゃんにさ……合わせる顔が無かったんだよ……いでででで!?」
ユズの無意味な気遣いを聞いた私は、指を変な方向に曲げようとしました。
「変な気遣いはしなくて良いんです!。私……ユズが居なくて寂しかったんですよ?」
本音をぶつけた私は、ユズに抱き着きました。
「……もう、勝手に居なくならないでください。友達が居なくなるの……嫌なんです」
「……うん。ごめんね、エルシアちゃん」
そうして抱き合った私たちは、私が満足した後で、再び王都を目指して歩き始めるのでした。
〇
それから数週間後、ユズは小さな町で行商人から手紙を受け取っていました。
「ユズ、誰からですか?」私は彼女の背後から抱き着きつつ、手紙を覗き込みました。
そしてそこに記されてた名前は、ハクだったのです。
「ユズさん、お手紙ありがとうございました。この手紙が届くかどうかは分かりませんが、今の私の状況を報告させてもらいます。まず、私はエルシアさんから頂いた金貨300枚で、賭博場の経営者になりました。これからも稼いでいきたいと思います。つきましては――」
私はそれ以上読む事無く、ユズから手紙を取り上げると、ビリビリに破いて捨てました。
あの町に居た時、ユズは私がカードを捨てに行ってる間、今後の彼女がまた困る事が無い様に、連絡を取り合おうと約束していたらしいです。
ですが、彼女は私たちが望んだ道とは正反対の所に歩いて行ってしまった様でした。
と言うのも、あの町に賭博場が多い理由……後から知ったんですが、あれは違法経営の金貸しの隠れ蓑として、賭博場を運営していたからだそうです。
しかも賭博運営者の金貸したちは、更なる標的として近隣の町をの飲み込もうとしてると聞きます。
つまりハクは……お金に目が眩んだ結果、かつての自分と同じ存在を作り出す、腐った連中の一人になってしまった――そういう事でした。
「…………………………………………………」ユズは絶望した様な、怒りに満ちた様な表情で、顔を下げていました。
「……私が、余計なお金をあげた所為ですね」
「……エルシアちゃんは悪くないよ。……悪いのはハクちゃん」
「そう……ですね……」
もうハクとは二度と出会う事は無い――そう心に決めた私たちは、気分の晴れないまま、旅を続けていくのでした……。