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改変世界の観測者  作者: 水樹 修
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1節 始まりの町の勇者

 とある晴れた日、一人の少女が馬車の荷台で揺られていました。

 見渡す限りどこまでも続く草原と、雲一つない青空を楽しむ様に交互に見ている少女は、荷台から足を降ろしてブラブラと揺らしながら鼻歌を歌っています。

 彼女の名前はエルシア。とある小さな村で暮らしていた少女です。

 しかし今は立派な旅人。自分の探している答えを求めてこの国の大きな町、ユミリアを目指して長い長い道を進み続けていました。

 その道中で行商人のリックと言う少年に出会ったエルシアは、馬車の荷台に揺られながら、近場の町まで運んでもらってるのでした。


 この世界は不思議な事で溢れ返っています。

 50年から前の記録と記憶の殆どが消え去り、どういう訳か誰一人として当時の事を覚えていない「空白の50年」。

 いつの頃からの言い伝えなのか、かつては今の地球よりも栄えた地球「旧世界」が存在したと言われる、信憑性の高いおとぎ話。

 そして、旧世界があった事の証拠を残すかの様に、至る所に散りばめられた、今の時代には存在する事が不思議な程、巧妙に作られたオーパーツとも思える機械の数々。

 これだけの面白そうな出来事があるというのに、今の人々は気にも留める事は無く、面白みのない毎日を只々送るだけなのでした。

 つまり……逆に考えれば、今までに見た事も聞いた事も無い様な新鮮で面白い出来事が、そこら中に転がってるって事になります。

 エルシアは、この出来事の真相を知りたいと思い、ユミリアを目指して旅に出たという訳です。ユミリア付近には、沢山の旧世界の痕跡が残り、数少ない「空白の50年」の間の記録が保管されてると聞きます。

 ですが、この世界には不思議な事で溢れてるのと同時に、危険な事も溢れ返っています。

 例えば、野放しにされている猛獣。

 主に商人や旅人を襲う盗賊。

 そして、いつ何処に現れるかの見当が付かない危険な存在……魔物。

 これ等の存在が、今を生きる人たちの障害になってると言っても過言ではありませんでした。

 そして各地に商品を届けるって事や、危険な外を歩き続けて旅をするって事は、この障害を乗り越えるだけの力を有してないと、直ぐに殺されてしまう事になります。

 もちろんエルシアは、この障害を排除する力を持ち合わせています。

 彼女の母親は、この国での治安維持を主にして活動している騎士の中でもエリート中のエリートが、ある限られた条件を満たしていないと所属する事が出来ない騎士……裏騎士の隊長を務める、超優秀な人物なのです。

 そして、そんな母親から戦う術や、非常時に生き残る術を徹底的に叩き込まれたエルシアは、そん所そこらの騎士や武人では敵わない程の強さを、弱冠13歳にして会得しているのです。

「エルシアさん、良かったら木箱に入ってる果物、1つ食べていいよ」

 景色を見ながら、これから起こるであろう未知との遭遇に胸を躍らせていたエルシアに、リックが話し掛けてきました。

「すいません、それじゃあお言葉に甘えて……」

 エルシアは果物が入った木箱から、どの果物を頂こうか、指を滑らせながら考え始めました。

 イチゴ、ミカン、モモ、カットされたメロンとスイカ、バナナ、キウイ……どれからも漂ってくる、甘くていい匂いがエルシアの判断力を鈍らせていきます。

「うーん…………よし!、モモを頂きましょう」

 エルシアは目を輝かせながら、両手いっぱいの大きさがある桃を見つめ、噛り付きました。

 噛り付いた瞬間、口の中にモモ特有の食感と甘さ、鼻から抜ける至福の香りを感じ取り、エルシアは表情をとろけさせていきました。

 最近のエルシアは、野営する事も多かったせいで、基本食がインスタントラーメンでした。しかも毎日そればかり食べてるので、ぶっちゃけ飽きてたりもしました。

 そんなラーメンの油ギッシュ感が口の中を支配する所に、自然で育った最高の甘みと風味が全身を駆け抜けるんです。そりゃあもう笑っちゃう程に美味しく感じる事なのは、想像に難くないでしょう。

 さて、モモを頬張ってウハウハしてた私でしたが、そんな幸せな時間も長くは続きませんでした。

 急にリックが馬車の動きを止めたと思うと、切羽詰まった声で「エルシアさん!、魔物だ!」と叫んできたのでした。

 内心魔物の相手なんて面倒だなぁ、と思っているエルシアですが、リックには馬車に乗せてもらった恩と、モモを頂いた恩があったので、嫌々ながらに馬車の荷台からピョンと飛び降りて魔物の前に立ちました。

「ちょっと待っててください、もう少しでモモを食べ終わるんで……」

「…………」

 あまりにやる気のないエルシアに唖然としてたリックでしたが、せめて自分の身は自分で守ろうと、荷台の隅に転がっていたボウガンを取り出して、慣れた手付きで矢を装填して構えだしました。

「むしゃむしゃ……ごっくん。ふぃ、ごちそうさまでした」

 魔物が一向に攻撃してきませんが、それはエルシアの行動が難解過ぎて攻撃を躊躇ったのか、それともお行儀が良かったのかは分かりません。

 そしてモモを食べ終わって口をハンカチで拭いたエルシアは、手を合わせて食べ物に感謝の意を示した後で、「……さてと」と1トーン低い声で5体の魔物たちを一別して、ローブに手を掛けます。

 バサッ――と、ローブを勢い良く脱ぎ捨てたエルシアは、その全身を包む黒一色の姿とは打って変わって、白いワンピースと金色の腰まで伸びた長い髪をはためかせながら、素の姿を露わにしたのでした。

 そしてエルシアはワンピースのポケットからバタフライナイフを取り出すと「リックさんには色々と恩があります、なので彼を困らせる存在である魔物たちには死んでいただきましょう」と言って、更に魔物との距離を詰める様に歩き始めました。

「それに……」エルシアは小さく笑いながら、魔物を見つめて、その歳からは想像も出来ない気迫を纏いながら「私の道を阻む存在が居たのなら、それを排除しながら進むのが、私のポリシーでもあるんです」と、言い放つのでした。

 そういえば、この金色の髪が美しく、歳に似合わない美貌を持ったエルシアという少女ですが、彼女の正体とは……それは私の事なのでした。

「それじゃあ、狩らせてもらいますよ!。死にたい奴から掛かって来てください!」

 私はそう魔物に宣戦布告すると、一斉に飛び掛かって来る魔物たちにナイフを向けるのでした……。



 魔物たちを一掃した私は、再びリックさんの馬車に乗って揺られていました。

 そろそろ町が近いからか、結構な数の旅人や行商人とすれ違います。

「いやー!エルシアさんって本当に強かったんだね!」

「まぁ、騎士の行う並の訓練が生温いと感じる環境に居ましたからね」

 騎士でも苦戦する魔物を瞬殺したからでしょうか、さっきからリックさんの興奮が有頂天に達しています。率直申し上げて、鬱陶しいです。

「あのさ!、もし良かったら今後は僕の用心棒になってよ!」

「用心棒?、リックさんだって戦えるのに用心棒は不必要じゃないですか?」

 私の正論に、返答する術の見つけられなかったリックさんは「いいじゃん、僕じゃあんなに格好良く魔物をバッサバッサ斬り倒せないんだし」と、唇と尖らせながら言いました。

 さて、そんな話をしてる内に、無事に町に到着です。

 此処は、自然豊かな町アースエクト。別名『始まりの町』とも呼ばれる場所になります。

 どうして始まりの町と呼ばれているのかですが、どうやら王都国内で1番旅人の数が多く、この町から羽ばたいて行く人が多い事から、そう名付けられたらしいです。

 で、私がこの町に来た理由ですが、それは道中で1番近い町だったという事もありますが、それとは別に、オーパーツを展示してる宿があると聞いたからです。

 私は早速リックさんに別れを告げて、例の宿を目指して歩き始めるのでした。


 宿を無事に発見し、しかもオーパーツに最も近い場所の部屋にチェックインを済ませた私は、消耗品の買い足しに出て来ていました。

 今は夕方という事もあってか、町の商業エリアは人でごった返しています。

 ですが私の求めている消耗品は絆創膏や包帯と言った、薬屋で揃えられる物ばかりです。そして薬屋は商業エリアの外れ、割とすんなり買い物を済ます事が出来ました。

 買い物も済んで、特にやる事がなかった私は、何となく町の中を散歩していました。

 すると、騎士やら武人やらが広場に集まってるじゃないですか。何事でしょう?。

 私はフラフラーっと、広場の前にやって来ました。……何だかむさ苦しいですね。

 暫く広場を見て回ってた私でしたが、女騎士が高台に登ると「お前たち!よくぞ集まってくれた!」等と、何かの演説の様な事をし始めたのです。

 そしてこの騎士、腕に赤い布を巻いてある事から察するに、どうやらこの町の騎士隊長の様です。戦いの猛者が集まる場所で、騎士隊長が演説……。あれ?、何だか面倒事の臭いがするぞ?。

 私はオジサンたちの陰に隠れながら、ギリギリ騎士隊長の声が聞こえる場所まで避難して、彼女の演説を聞きました。

 騎士隊長の演説を短く纏めると、どうやら町に魔物の集団が近付いて来てるらしいです。それを迎撃する為に、騎士たちが昼間に呼び掛けをして、皆は此処に集まったんだと。まぁ私には関係なさそうな話ですね、帰りましょう。

 他に買う物がないかを頭の中で整理しながらその場を後にしようとした私は、正面から走って来てた茶色いショートヘアの少女に気付かず、盛大にぶつかって転げてしまいました。

「いったぁぁぁぁ!?」

 転んだ拍子に頭を強く打った私は、その場で転げ回っています。超痛い。

「ご、ごめんっ!。騎士隊長の説明に遅れそうだったから、前を見ないで走ってた!」

 うん、前を見ずに走るって、なかなか難しい芸当な気がします。

 私は少女に「歩くのが下手なんですか?」と嫌味たっぷりに聞きました。

 そんな時です、私はいつの間にか全員の注目を集めてしまってる事に気付きました。演説も止まっています……。

「おいおい!この金髪の嬢ちゃん、行商人のリックが話してた子じゃねぇか?」

 ……へ?。

「金色の髪、青い瞳、白のワンピース……間違いない!坊やの話してた、魔物を瞬殺する少女だ!」

 何故か周りから湧き上がる歓喜の声。おいおいおいおいおい!、何だか雲行きの怪しい話になってきましたよ!?。ってかリックさんも、なんで勝手に人の事を話してんですか!?。

 そして気付けば、騎士隊長が感心した様子で私を見つめていました。

「…………」ヤバい。一目散に逃げだしたい。私は防衛なんて参加する気は毛頭ないんですから。

 自身の感じた事に素直に従った私は、その場から全速力で走り去るのでした。


 そしてその日の夜、夕飯を取り終わり、お風呂からあがって日記を書いていた私は、宿のオーパーツについて考えていました。

 あの質感は、間違いなく今の時代では作る事の出来ない代物でした。そして何の為の物なのかが全然分かりませんでした。

 本当は触って確認してみたかったんですが、以前何処かの町で「オーパーツに触れたら町が半壊した」という事件があり、それ以降は国の条約で「町等で展示されてるオーパーツに触れる事を禁ずる」というものが出来てしまった為、触れませんでした。

 そして日記に今日の出来事とオーパーツの絵を描いた私は、そろそろ寝ようとランタンの火を消そうとしました。その時です。

 ダンダンダンッ――と、ドアを破壊する勢いで、誰かがノックをして来たのです。

 驚いて方がビクゥッ!――となった私は、恐る恐るドア越しに「ど、どちら様でしょう……?」と聞きました。

「…………」しかしドアの向こうからの返答はありません。

 時々宿で起きる、住民から旅人に向けた嫌がらせと判断した私は、ドアを開ける事なくベットに潜り込もうとしました。

 カチャ――ドアの錠が外れる音がしました。いやいや待って!、何それ超怖いんですが!?。

 キィィィィ――と、甲高い音を立てながら、立て付けの悪いドアがゆっくりと開いていきます。

 そう言えば私、まだ6歳位だった時に、夜中トイレへ行ったんですよ。で、その時にトイレで逆さ吊りになった使用人がぶら下がってて、先の見えない廊下の向こうから、寝ぼけた師匠が何故か使用人全員を締め上げて、トイレに来ると順番に吊っていってたんです。これが直接的な原因かは分かりませんが、その事にとてつもない恐怖を感じた私は、それからというもの夜になると、この出来事を思い出して、怖くて眠れなくなる時があるんです。

 そしてその頃からでしょうか……。私……作り物であっても幽霊が怖くて仕方なくなっていました。

 つまり何が言いたいかっていうと……今の状況、とんでもなくホラーで怖いんですっ!。

 そして暫くドアの動きが止まってたかと思うと、今度は勢い良くバァン――と開き、その奥には顔面蒼白で長い髪を前に垂れ流した女性が居て、それがスーッと部屋に入って来たんです。

「――っ!?!?!?!?」

 あまりの怖さに、足が震えだしました。動悸も激しいですし、腰が抜けてベットから立てなくなってしまいました。

 そして、その顔面蒼白な女は、部屋の中心まで入って来ると、急に私の方をカッと見つめ始めたのです。

 ヤバい……チビりそう……。

 1歩、また1歩と私に近付いてくる女性。怖くて声が出ません、手が震えてナイフもベットの下に落としちゃいました。

 そして遂に女性は、荒い息遣いが聞こえる距離まで私に接近すると、徐に両肩を掴んできたのです。

「~~~~!?!?」

 あまりの怖さに涙が出始めた私でしたが、此処まで接近して来た女性を見て、彼女の正体にやっと気付く事が出来ました。

 この人……夕方に広場で演説してた騎士隊長じゃないですか……。

「あ、の……?。何、か……ご用で……?」涙目のまま問い掛ける私。

 それに対して騎士隊長は「やっと……見つけた……」と、この期に及んで怖がらせる様な言い方をしてきやがります。シバいてやりましょうか?。


 その後、お互いに落ち着きを取り戻した私たちは、改めて向かい合わせに座ると、話を始めるのでした。

「えっと……結局何しに来たんです?」

「あぁ、実は折り入って頼みがあるんだが……」

「あ……」何となく言いたい事は察しました。大方、防衛に参加してくれって話じゃないでしょうか?。

 だとしたら申し訳ないんですが、私には関係ない話ですし、命を懸けて戦う理由も何一つとしてありません。なので断らせていただきましょう。

「エルシア……だったか?。お前の事を、リックという少年から色々と聞いてな、出来れば魔物の防衛に参加してほしいんだ」

「……嫌です。そもそも私がリックさんと一緒に居る時に魔物を倒したのは、魔物のせいで馬車が止まっちゃったからです。そうじゃなかったら、魔物なんて面倒な奴の相手はしませんよ」

 私は騎士隊長の目を見ながら、本気で拒否してる事をアピールしながら話しました。後、リックさんは次に会ったらぶっ飛ばす。

 私の本気度合いを悟った騎士隊長は「そうか……残念だ」と言い残して部屋を出て行きました。

 そしてドアを閉めようとした時に「私はレウィンという騎士隊長を務めてる者だ。もし気が変わったら、是非とも防衛戦に参加してくれ」と言って、ドアを閉めるのでした。

 ……私の事を冷たい奴だと思ったかもしれませんが、人間は魔物の鋭利な爪で斬り裂かれると、まるで熱したナイフでチーズを切るが如く、簡単に両断されてしまうんです。

 確かに動きは単純で読みやすいし、素早くないです。でもそれは、私が視界に捉えている魔物に限った話になります。

 もしも視覚外から攻撃されたら、私だって人間です……ほぼ即死でしょう。

 つまり、集団戦ともなると、死のリスクが高くなるって事です。

 私は確かに優しい人間じゃないですからね、知らない人の為に命を懸ける真似は出来ません。

「……寝ますか」

 何となく暗い雰囲気になった部屋の中で、私はポツンと呟くと、ドアの鍵を閉め直してからベットに潜り込むのでした……。


 次の日の朝、私は宿を後にして、外観がお洒落なレストランのテラスで朝食を取っていました。

 そして私の視界には、防衛戦に備えて忙しなく動く参加者の姿がチラホラ。

 ……通りすがりの参加者は、私の事を冷めた目で見てきます。どうやら一晩で私が参加拒否した事が知れ渡ったみたいですね。

「ま、どう思われようが、所詮は他人な訳ですし構いませんけどね……」

 私は食事を素早く済ませ、紅茶を飲んでリラックスしていました。

 そんなリラックスしてる私の隣に、相席の許可もなく昨日の突撃少女が徐に座ってきました。

「……何か用です?」私は冷めきった態度で少女に尋ねました。どうせ彼女も防衛戦に参加しない私に文句が言いたいだけなんでしょう。

 しかし私の予想は外れ、防衛戦と全く関係ない話を私にし始めたのです。

「私はユズっていうんだ!、貴女は……エルシアちゃんだっけ?」

「えぇ……」

「此処の朝食メニューって美味しいよね!」

「え?、えぇ、まぁ……」

「でも私は紅茶とかコーヒーとか飲めないんだよねー!。コーヒーが1番美味しいらしいんだけどさ」

「へぇ……」

「所で、エルシアちゃん的に1番美味しかったのは何だった?」

「……スクランブルエッグです」

「あぁー!、此処の卵は美味しいよね!。ゆで卵も塩加減が絶妙で美味しかったよ!」

「…………」この会話……いつまで続くんでしょう?。

 私はあからさまに話すのが面倒そうな表情を見せますが、ユズさんは気にも留めません。多分ですが彼女の前世はイノシシでしょうね。知らんけど。

「でさ!、結局はペペロンチーノよりもカルボナーラの方が――」

「あの!、いったい何なんですか!?」

 私はテーブルを叩いて立ち上がりながらユズさんに問い掛けました。

 自分でも、この時の行動には動揺を隠せませんでした。

 気には留めてないつもりでしたが、どうやら皆の冷めた視線は私の中で小さなストレスとして積み重なってたみたいです。

 驚いて固まったユズさんでしたが、直ぐに「昨日の事、謝りたかっただけだよ」と、しんみりしながら言ってきました。

「私が昨日、エルシアちゃんにぶつからなかったら、きっと今みたいに皆が冷たい視線を向ける事もなかったと思うんだ」

「…………」

「だからね、もう1度エルシアちゃんには謝っておきたかったの……ごめんね」

「…………」

 私とユズさんとの間に暗い雰囲気が出来上がってきた頃、緊急用の鐘が鳴る音が町全体に響き渡りました。……魔物の襲来でしょう。

 ユズさんは鐘を聞いて立ち上がると「……それじゃあ、私は行くね!」と、笑顔を見せました。

「……どうして?」

「え……?」

「どうして……他人の為にそこまで出来るんですか?。貴女だって私に冷めた目を向けてもおかしくない筈なのに……」

 私の問いに困った表情を見せるユズさんでしたが、最後にはニッコリと笑って「馬鹿みたいな話かもしれないけど、私は本気で誰かを救える勇者になりたいんだよ!」と言ってきました。

 ……馬鹿げてる。本や伝承に出て来る勇者みたいになんて、絶対になれる訳ないじゃないですか。

 しかしユズさんは本気の目で話を続けます。

「勇者ってアレでしょ?、どんな人とでも分け隔てなく接して、大して知りもしない人たちを助ける為に、遥かに強い相手と命を懸けて戦う。勇ましい者」

「ユズさんは……本気で勇者になれると思ってるんですか?」

「なれるかどうかは分かんないよ。でも、なりたいなら戦うしかないじゃん?」

「…………」

 ユズさんは私にそう言い残すと、昨日の広場方面へ走って行ってしまうのでした。

「……馬鹿なんじゃないですか?」

 私は唇を噛み締めながら、ユズさんの背中姿を見えなくなるまで追い続けるのでした……。



 結局、防衛戦に参加しなかった私は、町付近の丘の上に建っていた、如何にも古そうな建物の中を探索していました。

 こういった古い建物には、オーパーツの様な物が落ちている事が多いんです。まぁ大体は壊れてるのか、何をしても動かなかったり、そもそも動かす場所がないガラクタばかりなんですが。

 ですが今の時代に作る事も出来ない様な物は、私にとっては大収穫。毎回こういった物を見つける楽しみや、見つけた後に弄り回すワクワク感は堪りません。

 ……ですが、何故でしょう。今はそういった感情に浸る事が出来ないんです。

 今だって可動部分のあるオーパーツを拾ったにも拘らず、何故か気分が浮かないんです。

 確かに弄りたいという気持ちはあります。ですが、何て言えばいいんでしょう……客観的に見て今の私は、心此処に在らず――と言う言葉が似合う程、呆然としているんです。

 そして呆然としてる事に私自身か気付く度、脳裏にはユズさんの最後に見せた笑顔が現れるんです。

「…………」何故でしょう、凄くイライラする。

 結局、全くと言っていい程に気分が乗らなかった私は、建物から出て近場の倒木に腰を掛けて、意味もなく空を見上げていました。

 私の頭の中には、最後に見たユズさんの笑顔でいっぱいになっていました。

 ……きっと彼女の抱く夢が、私の中で眩し過ぎたのでしょう。

 どう考えても、一般人……それも私と歳の変わらない少女が勇者になるなんて、到底無理な話なんです。

 私は他人なんてどうでもいいです。自分を見る事だけで精一杯なのに、他人の面倒なんて見てられないです。

 見ず知らずの人を助けるなんて……本当に馬鹿げています。夢見過ぎです。そんな夢を見れる余裕があるなら、自分の楽しめる生き方を模索してた方が数倍有意義ってもんです。

 だから……ユズさんの夢は間違ってるんです。叶う訳ないんです。

 気が付くと、空を見上げていた筈の私は、いつの間にか下を向いて地面を眺めていました。

「私って……結局何がしたいんでしょう?」

 そんな事を口に出した私は、目の前にオーパーツを投げ捨てて立ち上がりました。

 ……何がしたいか?、そんなの決まってます。

 小さい頃の私が抱いた、だけども諦めてしまった夢を持ち続けるユズさんが心配なんです。

 馬鹿にされてもおかしくない様な夢を抱えて、それでも胸を張って歩ける『勇者』の、その眩い笑顔をこんな場所で死なせたくないと思ってしまったんです!。

 覚悟を決めて顔を上げた私は、町の前で戦う防衛戦の参加者の様子を見下ろして確認しました。

 状況は均衡を保ってるように見えますが、実際には押されている感じでしょうか。

 私の予想よりも魔物の数が多いです。恐らくレウィンさんも、ユズさんも、防衛戦に参加した人たちも、皆同じ事を感じている筈です。

 そして圧倒的な数の差によって、全体の士気が下がったのが押されてる原因に思えます。

 大体の状況が分かった私は、私に気付いて突っ込んで来る魔物を蹴散らしながら、丘の急斜面を下ってユズさんの元へ急ぐのでした。


 町の前まで到着した私は、一瞬で怪我人が増えた事に驚き、その場で足を止めてしまいました。

 手足を切断された人の他に、いったい何をどうしたらそんな傷が付くのか分からない、まるで尖った歯で噛み千切られた様な傷を負ってる人も見受けられます。

 どんな魔物を相手にしたのかを聞きたかった私でしたが、どうやら人の話を聞ける程に落ち付いた人たちは居なさそうです。

 ……本当は無策で敵の前に出るべきじゃない事は分かっているんですが、此処でモタモタしてたら、間違いなくユズさんも彼等と同じ末路を辿る事になるでしょう。

「……急ぎましょう」

 私は急いでその場を後にすると、森の中から聞こえる戦闘音に釣られる様に走り出しました。

 途中で何度も魔物に遭遇して、何度も冷や汗を掻かされましたが、何とかユズさんの姿が見える場所まで到着しました。

「頑張って!、後もう少しで森を抜けるよ!」ユズさんの大きな声が聞こえます。

 どうやらユズさんは、何人もの怪我人を引き連れて森から出ようとしてる様です。

 ですが魔物も手負いの獲物を逃す程馬鹿じゃありません。もちろんの事、爪で斬り裂いたり、或いは直接噛みついたりされて、彼女の背後に居た人たちは全滅してしまいました。

 そして魔物の手は、遂にユズさんが肩を貸す人の目前まで迫って来ていました。

「――っ!」

 自身を盾にして、魔物の攻撃を防ごうとするユズさん。そんな事で怪我した人を助けられる訳がないじゃないですか!。

 私はとっさに、後ろ腰に付けたフルタングナイフを魔物に投げ付けて、ユズさんの眼前に居た魔物の頭部に突き刺しました。

 間髪入れずに、背後から私の事を追って来た魔物が襲い掛かって来ようとしてきます。

 私はローブを魔物の眼前に投げ付けて視界を奪うと、ローブ越しに魔物をバタフライナイフで斬り刻みました。

「まったくもう……これだから乱戦は嫌いなんですよ」

 私は大事にしてきたローブに別れを告げると、ユズさんの前まで駆け寄って行きました。

「え……エルシアちゃん!?」

「何やってんですか!、貴女一人が盾になったとしても、後ろの人は助けられてませんでしたよ!」

 割と本気で怒った私は、ユズさんの「ごめん……」という言葉を聞くと、今の状況を尋ねました。

 丘の上からこの森まで、そんなに時間は経っていませんが、戦場とは刻一刻と状況が変わる場所です。

 それに……町に運ばれた人たちの怪我の状態から察するに、私の知らない新種の魔物が居るのは間違いなかったんです。

 ユズさんからの話を纏めると、やはり魔物の数に気圧された結果、陣形に綻びが出て、そこから一気に崩されたらしいです。

 そして何とか森にまで魔物を誘導する事に成功した彼等でしたが、今度は防衛戦に参加していたライオット・ベルギウスと名乗る中年のオッサンが、何をしたのかワイバーン型の魔物を召還して、仲間たちを襲い始めたとの事らしいです。

 そして数が減ったとはいえ、大量の魔物とワイバーンに挟まれた彼等は、生き残る事に必死になって、結局陣形はバラバラにされ、生き残りも少なくなってしまったとの事でした。

 ……どうやら屈強そうに見えた人たちも、ただの見掛け倒しだったんですね。戦闘の基礎を知らなさ過ぎです。

 どんな状況であっても、陣形を崩したら負けます。そしてパニックになったら死にます。そんなのは常識問題だと思っていたんですが……。

 説明を終えたユズさんから、目に見える人物だけを連れて町に撤退しようと提案をされますが、私はそれを拒否。この場で殲滅しようと、魔物に突き刺さったままのフルタングナイフを引き抜きました。

「ユズさん。貴女たちの魔物を森におびき寄せる作戦……失敗してますよ」

「え……!?」

 私の言葉に戸惑った表情を浮かべるユズさん。どうやら彼女もまた、魔物に対する知識が浅い人だった様です。

 私はタメ息を吐きながら「いいですか?、魔物は目に見えない人間の気配でさえ感じ取れるんです。そして魔物は人間を捕食する生き物……だったら町の中に居る大量の人間におびき寄せられる方が自然だと思いませんか?」と言いました。

「まさか……町はもう……」一気に表情を暗くしたユズさんは、とうとう俯いてしまいました。

「……安心してください。町から此処までの目に見える魔物は、粗方殺しながら来ました。なので町はまだ無事ですよ」

 ユズさんの肩に手を置いた私は、なるべく優しい言い方で彼女を慰める様に話しました。

 さて、いつまでも会話をしてる余裕なんてありません。

 きっと今の生き残りで魔物の処理は出来るでしょう。ですがワイバーンは別です、そんな強さが未知数の奴を町に近付ける方が愚策ってもんです。

 とりあえず今出てる情報を整理するに、そのライオットとか言うオッサンを殺せば、恐らくワイバーンの動きを止める事は出来るでしょう。

 彼のやった行動は、知る人ぞ知る「魔物の召還の義」と言う禁術です。それによれば、術者が死ねば従魔も死ぬとされています。

 ワイバーンを仕留めるより人間を仕留める事になれてた私は、ユズさんに「とりあえず、そこの怪我人を安全な場所まで連れて行ってください」と言い残すと、大回りで森の中を駆け回り、ライオットが最後に確認できたと言われる地点まで移動を始めました。


 暫く走ると、目の前には巨大な影が現れました。コイツが例のワイバーンの様です。ワイバーンって二足歩行するんですね……と言うか、凄いデッカイですね。

 そしてワイバーンの足元には、オッサンの姿が。あれがライオットでしょう。

 どうやら完全に油断しきってるのか、ライオットは大きなあくびをしています。

 今なら狩れると確信した私は、背後からコッソリと近付くと、心臓目掛けてナイフを突き刺しました。

「がぁっ!?」と苦しみの声を漏らすライオット。綺麗に決まったんで、間違いなく即死でしょう。……何だか拍子抜けする程に隙だらけでした。

 しかしライオットは死んで倒れたにも拘らず、ワイバーンは未だピンピンしていて、私の事を踏み殺そうとしてきました。

 冷静にワイバーンの足を躱した私でしたが、胸元が爪に引っ掛かり、少量の鮮血が白いワンピースに付着しました。

「死にませんか。……面倒ですが、ワイバーンも狩らなきゃいけないみたいですね」

 私はやれやれと首を振りながらナイフに付いた血を払い飛ばすと、ワイバーンの弱点を探し始めました。

 まず間違いなく弱点になってるのは首でしょうけど、そもそもワイバーンの全長が城壁並にデカいんです。そこまで登って首を斬り裂くのは、恐らく不可能でしょう。

 次に胴体にあると推測できる心臓。狙うならこっちですが、腹も背も硬そうな鱗に覆われています。

 ワイバーンの怒涛の連撃を躱しながら他の弱点を探ってた私でしたが、木の根に足を引っ掻けて転んだ際に、運悪く飛んで来ていた尻尾に直撃し、巨木を数本もへし折りながら吹き飛ばされてしまいました。

「がはっ!」地面に叩き付けられた拍子に、吐血しました。どうやら内臓に深刻なダメージを負ってしまったみたいです。

 目が回って吐き気がします。左腕が麻痺して動きません。そして口の中が鉄の味で気持ち悪いです。……ヤバいですね。

 私は血を吐き捨てながら立ち上がると、四足歩行で突進して来るワイバーンの腹の下に潜り込み、全力でバタフライナイフを突き立てました。

 ガリガリと音を立てて削れる鱗でしたが、それ以上の速さでナイフの刃がボロボロになっていき、遂には折れてしまいました。

「くそっ!」

 壊れたバタフライナイフを捨ててフルタングナイフを構え直した私は、意外な事に気付きました。

 ワイバーンの後ろ首は、どうやら鱗が少ない様で、傷付いた肌が見えていたんです。

 何とか四足歩行中に登れれば、奴を狩れるかもしれません。

 しかしワイバーンに背を向けさせる方法が思いつかない私は、再び怒涛の連撃を躱すしか出来ませんでした。

 どうにかしないと、私の方が先に殺される……そう思った時でした、ふと見上げた先には、木に登ったユズさんが居たんです。

 これはチャンスだと思った私は、全力でユズさんの目の前にナイフを投げ飛ばして「真下まで私が誘導します!。ユズさんはワイバーンの後ろ首を狙って斬ってください!」と、大声で叫びました。

 ワイバーンを見つめたユズさんは、私の狙いに気付いたらしく、両手で大きな丸を作って見せてきました。

「よし……行きます!」

 私はワイバーンを引き連れたまま、ユズさんの居る木の下まで走りました。

 そしてギリギリまで引き付けた私は、ワンピースの裾をワイバーンに引き千切られながらも、何とか回避しました。

 ――ドォォン。

 木に激突して大きな地響きを発生させたワイバーンは、急にその場で立ち尽くしました。脳震盪でも起こしたんじゃないんでしょうか?。

 そして木から飛び降りて来たユズさんは「くらえぇぇぇぇ!」と、何だか漫画に出て来る熱血主人公みたいな掛け声と共に、ワイバーンの首にナイフを突き立てました。

「ギャオォォォォ」ワイバーンが痛みに悲鳴を上げ始めました。

 その場で転げて暴れ出すワイバーンに、ユズさんは吹き飛ばされてしまいます。

 しかしナイフは運良く刺さりっぱなしになっていたんで、今度は私がワイバーンの首にしがみ付きました。

「……そろそろ死んでくださいよ」と、殺意の籠った声で囁いた私は、ナイフを首の正面まで回す様にして斬り裂き、ワイバーンの息の根を完全に止めました。

 しかし絶命寸前のワイバーンによって木に押し付けられ、その上思いっきり擦り付けられた私は、全身血塗れになってしまったのでした。背中が超痛い。

「ふぅ……終わりましたね」右手で体中の土を叩き落とした私は、ユズさんの方に向き直りました。

 しかしユズさんは不思議そうな顔で私を見つめています。え……何かやらかしちゃいましたっけ?。

「エルシアちゃん……どうして来たの?」

「来ちゃいけませんでした?」

 何故か怒った様な口調で言ってくるユズさんに、私は聞き返しました。

「あれだけの魔物だよ!?、死んでてもおかしくなかったんだよ!?」

「それはユズさんだって同じじゃないですか。それに……」

 私は今言おうとした言葉が恥ずかしくなって、少し黙ってしまいました。

 ですがわざわざ危険な場所まで来て、こんなに全身をボロボロにしてまで戦ったのは、ユズさんを死なせたくなかったからです。その気持ちは伝えておかないと。

「それに、私の『勇者』には、こんな場所で死んでもらう訳にはいかないと思ったんですよ」

 顔を赤らめた私は、そっぽを向きながら言いました。

「……あははっ!。なーんだ、エルシアちゃんだって好きなんじゃん!。勇者」

「嫌いではないですよ?、でもなれるとは思ってないです。ってか笑わないでくださいよ……」

 そんな話をしつつも、無事にワイバーンを倒したボロボロの私たちは、お互いに肩を貸し合いながら町に戻ろうとしました。

 ……その時です、私は嫌な事に気付いてしまいました。

 ライオットの死体が消えていたんです……。つまり奴はまだ生きてるという事になります。

「ユズさん、警戒してください。どうやらライオットを狩り損なった様です……」

 そう言って周囲を見渡そうとした私の前に、黒いロングコートを着た男性が木の陰から現れました。

「……エルシアちゃん」

「分かってます。この人……強さの次元が違う」

 思いっきり警戒している私たちに、男性は「ライオットを殺ろうとしたのは……お前等か?」と尋ねてきました。

「だったら何です?」私は威圧気味に聞き返します。

「いや、いい1撃だと思ってな」

「貴方は一体誰なの?」

 ユズさんの質問に「俺はノヴァと呼ばれている」と答えた男性は、私たちの方に近付いて来ました。

「俺は……まぁ言っちまえば悪霊の類だ。既に1度死んでる」

「…………」悪霊?。この人は何を言ってんでしょう?。

「そんで、あのデブは俺を無理矢理生き返らせた、まぁ主みたいな存在だ」

「で?、私たちがライオットを殺そうとしたから、貴方も私たちを殺そうって……そういう話ですか?」

 私の質問に「いや?」と答えたノヴァは、「ただ仕返しをしてほしいって命令を受けただけだ」と言って、何処からともなく電撃の纏った蒼い刀を取り出しました。

「――っ!?」

 殺らなきゃ、殺られる!。

 本能でそれを察した私たちは、文字通りに死に物狂いでノヴァに攻撃を仕掛けました。

 しかし、何故だかその後の事を私は全く覚えていません。

 次に目が覚めた時には、私は始まりの町の病室のベットの上に転がっていたのでした……。

「おはよう、よく眠れたか?」

 私の耳元から、あの騎士隊長……レウィンさんの声が聞こえてきます。

 まだ寝起きで頭が回転していない私は、寝ぼけたままベットに座ると、辺りを見回しました。

「あれ……?。レウィンさん……?」半目で首をかしげる私。

 どういう訳か、声のした方にはレウィンさんは居ませんでした。

「???」

 今起きてる事の意味が分からずに、首をかしげたまま固まる私の背後から、小さくてヒンヤリした手が目を覆って来て「だーれだ!」と、元気に言ってきました。

「……ユズさんの手、冷たくて眠くなりますね」

 私は彼女の手に吸い込まれる様に顔を押し付けてウリウリしました。

 そしてひとしきりユズさんパワーを摂取した私は彼女の手から離れると、改めて二人を確認しました。

 ユズさんは軽傷の様で、至る場所に絆創膏が貼ってあるだけ。ですがレウィンさんは腕が折れたのか、包帯を巻いて、首から吊り下げられた布で腕を支えていました。

「私たち、ボロボロですね……」私は自分の体にも巻かれている包帯を見ながら、二人に笑い掛けました。

 因みに、さっき声が聞こえた場所にレウィンさんが居なかった理由は、ユズさんが寝起きの私を驚かせたかったから隠れてただけだそうです。どう考えても病み上がりにする仕打ちじゃない気がします……。


 所で、私たちはノヴァに負けて病院に担ぎ込まれた事は予想出来ますが、そもそも何故生きてるのでしょうか?。

 私たちを此処まで担ぎ込んでくれたレウィンさんが言うには、どうやら彼女は、町の方に流れた魔物に気付いたらしく、その防衛を行っていたそうです。

 そして魔物をおびき寄せた森の中から獣の叫び声が聞こえ、ただ事ではないと察したレウィンさんは、負傷した腕に包帯を巻いただけでそこに向かったそうです。

 そして森の奥では、私たちがノヴァと戦ってる姿を確認したそうです。

 ですが、レウィンさんでも見切れない程の速度で動き始めたノヴァは、一瞬の内に私たちを昏倒させて、レウィンさんの前に投げ捨てたと言っていました。

 そして私たちの怪我の度合いと、これ以上は手を出さないつもりらしいノヴァを交互に見たレウィンさんは、私を背中に、ユズさんを左腕の中に抱えて、大急ぎで町に戻って来たとの事でした。

 そして、私よりも早く目が覚めたユズさんは、戦闘中に私のバタフライナイフが破壊されたのを見ていたらしく、新しいローブとワンピースとバタフライナイフを持って、私のお見舞に来てくれたそうです。

 早速渡されたワンピースを着て、ナイフの調整をした私は、ローブを着て病院を出て行く準備を始めました。

「エルシアちゃん?もう寝てなくて平気なの?」ユズさんが心配そうな声で聴いてきます。

「大丈夫ですよ。この程度の怪我は慣れてますし」

「まだ寝てても、医者は文句を言わないと思うが……」

「平気なものは平気なんです。二人共、ワンピとローブとナイフ、ありがとうございました」

 身支度を済ませた私は、もうこの町での用はないと思い、二人にお礼を言ってその場を去ろうとしました。

 私の本来の目的は、人助けじゃなくてユミリアに到着する事です。

 それに、これ以上巻き込まれるのは冗談じゃないと思ったんです。


 その後、町でお世話になった人や防衛戦の生き残りたちに挨拶を済ませた私は、最後にレストランで紅茶を楽しんでから町を出ようとしていました。

「……そう言えば、ユズさんが此処のゆで卵が美味しいって言ってましたね」

 私は店員さんにゆで卵を頼むと、暫くしてから予め殻の取られた卵が運ばれて来ました。

 持った感じは、程良い弾力と緩さが素晴らしいと感じます。

 そして一口食べると、これまた程良い食感と、ほぼ生の黄身がトローッとして、口の中を楽しませてくれます。そしてユズさんの言ってた通り、絶妙な塩加減が食欲を駆り立たせてくれます。

 気が付いた時には、私はペロッとゆで卵を平らげてしまっていました。

「ふふっ……満足です」思わず笑みを零した私は、残った紅茶を飲み干して、席を立ちました。

「ごちそうさま」店員さんに挨拶をした私は、改めて買い忘れのない事を確認をすると、そのまま町の門の前まで向かいました。


 町の門の前まで着いた私でしたが、またしても何か問題発生でしょうか?、大人数が集まっていたんです。

 流石にもう手は貸したくなかった私は、数歩後ずさりをして、その場を離れようとしました。

 その時です。目のいいアンチキショウが私の存在を見つけると、無駄に大きな声で「エルシアが来たぞぉぉ!」と叫びやがり始めました。

 そして何故か大群でゾロゾロと私の前に迫って来た人たちは、無言で私を取り囲みました。

「……?」ヤバい、何がどうヤバいのか分かりませんが、何かがヤバい。

 冷や汗を掻きながら固まる私の前に、レウィンさんが歩み寄って来ました。

「あ、あの……?」

 何故か威圧感を感じて縮こまる私は、恐る恐るレウィンさんに声を掛けました。しかし返答はありません。

 そして今になって気付いたんですが、何故か私を中心に、恐らく町の人全員が門の前に集まって来ていました。

「…………………………………………」私、これから何をされちゃうんでしょう?。何か悪い事しましたっけ……?。

 そんな事を考えて戦々恐々としていた私でしたが、全員がその威圧感に満ちた表情を一変させて笑顔になると、各々が準備したと思われる花や色とりどりの紙吹雪を投げて「勇者少女の旅立ちだぁ!」等と叫び、急にお祭り騒ぎになっていました。

「!?!?!?!?!?!?」なになになに!?。マジで何事なんです!?。

 まったく状況が掴めずにタジタジする私に見かねたレウィンさんが、これは始まりの町の最大級の危機を救ってくれた『勇者』に対して、町全体からのお礼だと説明を受けました。

 内心では複雑な心境ですが……本当はユズさんに向けて言ってほしい台詞だとは思いましたが、それでも今は、皆の感謝を受ける事にしましょう。

「皆……ありがとうございます」

 さっきまでの恐怖に慄く表情とは打って変わって、皆の感謝を一身に受けた私は、そのまま町の門の前まで来ました。

 皆の方に振り返る私は、まるで身内の門出の応援をしてくれる様な町の人たちに大きくお辞儀をしてから、始まりの町を後にするのでした。

「行ってきますっ!」



 面白い形の雲を眺めながら始まりの町から北東に伸びる一本道を、私は歩いていました。

 既に町が見えなくなる程に遠い場所まで進んで来ています。

 ですが私の中には、皆の声援が今だに響き続けていました。率直に言って、かなり気分がいいです。

「ですがやっぱり、あの声援はユズさんが受けるべきだと思うんですけどねぇ……」

 結局病室で別れて以降、私はユズさんと出会う事はありませんでした。本当は最後に挨拶をしたいのが彼女だったんですが……何処に行ってしまったんでしょう?。

 そんな事を考えつつ、青空を優雅に飛ぶ鳥たちを眺めていた私は、背後から誰かが走って来てる事に気付きました。

「うぉぉぉぉい!」

「…………」

 女の子が叫んでますが、構わず歩き続けます。

「まってぇぇぇぇ!」

「…………」

 なんか呼び掛けられてますが、それでも歩き続けます。

「ぜぇ……ぜぇ……。ま、待ってよ~」

「…………」

「エル……シアちゃ~ん」

「…………」

「もしも~し!」

「……ふふっ。あははははっ!」どうしても堪えきれなくなった私は、遂に笑い出しました。

 急に笑われて固まる少女は、私の中の勇者であるユズさんだったのです。

 本当は人違いを装って、彼女を困らせてみたかったんですが、どうしても笑う事を我慢出来なくなってしまいました。

 私はローブに着いているフードを脱ぎながらユズさんの方に振り返り、眼の縁に溜まった涙を指で拭きながら「すいません、どうされたんですか?」と聞きました。

 どうやらユズさん、国の中央に在る王が住む都……『王都』で騎士になる為に旅をして、たまたま始まりの町に居ただけらしくて、私との旅の同行を求めて来たんです。

 私の目的地はユミリアの町ですが、途中までなら一緒に行く事は可能でしょう。しかし私は基本的に一人で居る事が好きな変態だと自負してるんで、彼女の申し出にはかなり悩みました。

 ですが、私としてもユズさんから学べる事は何かしらあると思い、共に旅をする事を決めました。

 きっと彼女の明るさは、ネガティブに周りを見る私の気持ちも吹き飛ばしてくれるでしょう。

「では、ユミリアまでで良ければ一緒に行きましょうか。ユズさん」私は手を差し出しました。

「ユズでいいよ。よろしくね!、エルシアちゃん!」彼女はそう返答しながら私の手を握りました。

「えぇ、よろしくお願いします。ユズ」

 こうして握手を交わした私たちは、共にユミリアの町を目指して旅を始めるのでした。

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