解決編:どのようにして主人は殺されたのか?
「この話には決定的に不審な点が幾つかありました」
文一は手を上げて、一つ二つと指を立てては示していった。
「まずは主人の不在です。先生のお話の中では、屋敷の主人は登場せず、あくまで話題に上るだけでした。これは別荘の完成記念という元の流れに対して、不自然と言わざるを得ない」
そして、それについて誰も触れないのもおかしな話である。つまり、逆説的に、『彼らにとって不審な部分は無かった』ということになる。
「次に語り手の問題。一人称視点で語られているのはまるで先生の追憶のように思われますが、先生、これは貴方の、誤認誘導という訳ですね。途中で養子は『視点主は古物商と似た背格好』だと発言していますが、小柄であると言及されている古物商と、僕が見上げるくらいの先生が、どうして同じに見えますか」
文一がまくし立てる程に、謎時は嬉しそうに目を細めていく。満足げな顔で羊羹を口に運ぶ。
「ここまで来れば、もはや、『視点は淡亭院謎時ではなく、屋敷の主人のものであった』以外の結論には至れません」
一つ縄目が解ければ、ほつれがどんどん見えてくる。
「ですから、この話全てが主人の視界で進んでいるのなら、主人の死因は刺殺ではなくなってきます。だって最後の場面が寝室なのに、死体が見つかったのは玄関近くですからね」
「犯人が刺してから運んだとは考えないのかね?」
「軍人の部屋から刀を持ち出して、二階まで行って刺してから、そのまま運ぶなんて、まだるっこし過ぎます。恐らく軍刀は犯人の偽装工作だったのだと思います。殺害現場も玄関前ではなく寝室と考えて問題ないでしょう」
「だったら、主人はどうして死んだのかね」
「砒素です」
「どうしてそう言い切れる」
「途中で出てきた殺鼠剤、それに主人が就寝前に飲んだ水から推理しました。砒素の化合物の中には、非常に水に溶けやすい物があった筈で、それは無味無臭です。仕込まれていればまず気付けません」
謎時は、感心したように頷いたが、次の瞬間には嫌な笑顔で推理の不備を突いてくる。
「だが、砒素中毒は症状が激しいぞ。腹痛、嘔吐、痙攣、意識障害…………幾ら何でも苦しんで暴れれば物音がする。しかし、誰もそんなものは聞いていないがね」
「そこなんですよ。僕もそこには少し悩みました。三秒くらい。ですが軍人と古物商の証言の食い違いに着目すれば、簡単な話でした。目が覚める程勢い良く寝台から落ちたにも関わらず、隣の部屋で寝ていた古物商は何の異変も感じていない」
更によくよく注意して話を聞くと、かなりの人数が強い眠気を証言している。明言していないのは、執事、小説家、女中だけだ。
「物音がしても気づかぬ程の深い眠り、客人の中で例外だった小説家、ここから推察するに、この事件、睡眠薬が使われているようですね」
「ほう」
「使用人たちは客人と同じ物は口にしませんから当然ですが、鍵になるのは小説家です。彼は一人だけ珈琲を頼んでいる。珈琲に覚醒効果があるのは欧米ではよく知られた話です。薬を盛った犯人は知らなかったようですが。それで小説家は途中で目が覚めてしまったのでしょう」
「そもそも珈琲は我が国じゃあそれほど流通していないからね、相当詳しくなければ犯人には知りようもない訳だが、よく知っているね文一くん」
「伊達に帝大学生やってる訳じゃないですからね」
文一が自慢げに胸を張って言う。
「まあ、以上のことから犯人はほぼ特定出来る訳です」
文一は、間を置いてから、ゆっくりとその人物を告げた。