解決編:なぜ主人は殺されたのか?
「この手合いの犯人探しにはいくつか定石があるものですけど」
文一はぬるくなった茶で喉を潤し、話し出した。
「話を聞いていると、動機がありそうな人物が何人かいますね」
偽物の品を売りつけていた古物商。借金を抱えていた小説家。
「凶器の持ち主の軍人は動機がよく見えませんが…………実業家だって主人と感性が合わないところがあるらしいと端々から分かります」
屋敷と庭の誂え方や美術品の趣味からは、実業家の極端な新しもの好き、また主人の先を見つつ伝統も重んじる精神が感じられる。
性格の不一致が悲劇をもたらすこともあるだろう。
「ま、軍人は容疑者から外して良いでしょう。少し狡い話になりますけど、先刻しっかり、すれ違いましたからね」
「君のそういう強かな考え方、良いと思うんだよね」
文一は更に残りの容疑者の動機について並べ立てる。
「執事や女中はどうですかね、うーん、女中は怯える仕草が目立ちましたし、主人が使用人に厳しい人物だったとしたら、全く疑いがない訳ではないですが」
ただこの推理には想像に依る部分が多い為にあまり当てにはならないと文一は唸る。
「養子は矢鱈に恩義を強調していましたが、殺す理由が無さ過ぎると言うのは寧ろ怪しいと言えます」
「そういうものかい」
「綺麗過ぎる部屋って居心地悪いでしょう、それと同じですよ。何事も、少しは欠けがあって当然なんです」
友愛、恋愛、敬意、怨恨、憎悪、嫌悪。
どんな形であれ感情が二つあれば、そこに軋みは生まれる。
「客の中に暗殺者が混じっていたという推理も出来やしますけど、それにしてはお粗末な手口です。大体、無関係な人間が多いときにわざわざ姿を晒してまでする仕事じゃあない。今回は人間関係のもつれで間違いないと見ます」
文一は真っ直ぐ謎時を見上げた。一拍、二拍、置いて謎時は、扇子を広げて口角を上げる。
「いい線だ! だが、この程度の話に時間を割かないでくれたまえ。退屈してしまうだろう」
文一はたじろがない。
「勿論です。これは足場固めに過ぎない。実は自殺だったとか、不幸な事故だとか、陰謀だなんてくだらないオチではないと確定させる条件ですよ。これでもう、犯人は分かりました。さあ、十円の準備をしておいてくださいね」
安楽椅子探偵ならぬ、座布団探偵。
たった一人の観客の為に、謎を解いて魅せよう。