問題編:軍人
執事たちがつれなく去ってしまったので、私は談笑の輪に入ることにした。どうも、と短く挨拶をすると、実業家が席を詰めて長椅子に座れるようにしてくれた。
「おかえりなさい、丁度今、坊っちゃんからお話を伺っていたところなんでございますよ。真面目な方ですねえ。不良学生をやっていた身からすれば眩しい限りでございます」
と、小説家が言うと、養子は少し嬉しそうにして答えた。
「お褒めに預かり光栄ですが、僕がこうして勉学をしていられるのも全て養父上の援助あってのことで、本当に、感謝してもし切れませんし、裏切るような真似なんて決して出来ませんから」
「そういうところが真面目だと申し上げているのですよ。ねえ?」
小説家は同意を求めるように視線をこちらに寄越した。私はうんうんと頷いた。
「恵まれた環境に胡座をかかないでいるのは案外難しいことだ。そういう心を持った子どもを得たというだけで、親孝行はもう十分ですとも」
養子は、はにかんで肩を竦めた。
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そんなこんなで暫くすると、玄関を叩く音がして、執事が出迎えに行った。
私も実業家も、古物商、小説家、養子も皆そちらへ目を向けた。
「失礼ながら、お名前を伺えますでしょうか」
執事が不審そうな顔で尋ねると、まだ扉で見えない客人が若い男の声で名乗った。
「失敬、俺は何某大将の代理で来た者だ。書簡もある」
何某大将というのは陸軍でも特に有名な将軍である。その代理だと言う男が、軍刀を提げてやって来た。手紙もどうやら本物らしい。
しかも、よく見れば顔見知りの中尉ではないか。確かに彼は、大将の遣いで動くことがちょくちょくある筈だ。
「彼のことは知っているから間違いないよ、代理というのも本当だろう」
私が声を上げたので、執事は彼を通してやったようだ。執事に手荷物と刀を預けて、軍人もこちらへ寄ってきた。
「聞いていたとは思いますが、俺は代理です。大将閣下は事情があって来られません。何卒ご容赦ください」
そう言った軍人に、私は着席を勧めながら、少し茶化して言った。
「まあ、大将ともなればご老体であるし、仕事もお忙しいだろう。そういうこともあるさ」
「いや、大将は貴方のことが嫌いだって……あっ」
「………………………君は正直者だなあ」
慌てて口を抑える軍人を見て、小説家が面白いのを一生懸命堪えるように顔を歪めた。
この軍人が、今回起きた殺人事件の最後の容疑者であり、一番の容疑者でもある。