問題編:小説家、女中と養子
しばらく実業家と世間話をしていると、ひょっこり顔を覗かせたのは、隈の酷い小説家だった。彼は巷でも著名な人物である。
「これはこれは御二方、どうもご挨拶が遅れまして」
くたびれた着物から煙草の匂いがする。丁度、紙巻きのを吸ってきたところでしてね、と彼は言った。
「新品のお屋敷に灰を落とすのは悪いでしょうから、裏の山を眺めながらちょいと一服。いやあ良い眺めでございました」
「へえ、紙巻き煙草は私も吸いますがね、あんたみたいな先生はまだ煙管かと思ってましたよ」
実業家が意外そうな調子で言う。小説家は冗談めいた口ぶりで答えた。
「何、煙管じゃいつまでも手放せなくてねえ、仕事にならないんですよ。ははは」
彼も席について、またあれこれ言葉を交わす。ふと思い出したように小説家が言い出した。
「そう言えば、先程あの古物商の方とはすれ違いましたが、他には招待されていないのでしょうか?」
「いや、まだ来る予定の筈なんですがね」
私はそう答えてから、執事に尋ねようかと思って立ち上がった。
「もう着いていて、部屋にいるのかもしれない。訊いてきますよ」
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どうもまだ来ていなかったらしい。
まあそういうこともあるだろうと思って踵を返す。そこで小説家が言っていたことを思い出したので、少し遠回りして、屋敷の裏手を見てみることにした。
成程、ちょうど開けた感じになっている先に、遠くの山々が霞がかって趣深い。今日は特に良い景色だと一人で頷いて、実業家たちのところへ戻ることにした。
いつの間にか古物商も戻って来ていたらしく、話し声が聞こえてくる近さになって、誰かが物陰に隠れているのを見つけた。まだかなり若い女中であった。近寄る私にも気がつかないほど熱く、人々の会話を見ているようだ。
そこで一際大きく実業家の声がして、
「しかし、旦那に奥様はいらっしゃることは知っていたけれど、子どもがいるなんて話は初めて聞きましたよ」
と青年に向かって話しているのが見て取れた。
「いや、僕は養子なんです。三年前くらいに縁組していただいて。元は遠縁なんですよ」
青年が応える。
女中が顔を赤らめながら覗き見ているのは彼だった。私は、ははあ成程、とニンマリ顔が抑えられない。何を隠そう、こういう話が面白くて仕方ない性分なのだ。
「随分とお熱のようだね」
ひっそりと耳打ちすると、女中は耳まで真っ赤にして、あ、とか、や、とかうろたえる。
「うぇ、申し訳ございまひぇ……」
「いや、いいんだ。…………彼が好きなのかい?」
そう問いかければ、女中は目を泳がせながら観念したように、か細く言った。
「使用人の分際で、相応でないのは分かっているのでございますが……」
彼女は肩を小さくして震えている。私は深くため息をついて、ぽんぽんと肩を叩いた。
「まあ、いいんじゃないか? 大切なのは相手の気持ちだろう。私は応援するとも」
女中はバッと顔を上げる。パクパクと口が開いたり閉じたりして、何かを言おうとして出来ないでいる。ようやく一言、ありがとうございます、と泣きそうな声で呟いた。
すると
「そこで何をなさっておいでか」
いつの間にか後ろに来ていた執事が、険しい顔でこちらを見ている。
「………………お前、まだ晩餐会の支度が終わっていないんだぞ」
「も、申し訳ございません、只今に」
女中は慌ててパタパタ駆け出した。一礼して下がる執事に私は
「私も手伝おうか」
と声をかけたが、執事は「ご冗談はおやめください」と言ったっきり女中と共に去ってしまった。
小説家、女中、養子。
これが第四、第五、第六の容疑者である。