問題編:執事と古物商、実業家
御者が到着を報せて、私は馬車を降りた。目の前では洋風建築の屋敷が静かに待っている。
今日はここで、別荘であるこの屋敷の完成記念のパーティーがあるのだ。
朽ちかけの落ち葉の積もった道を抜けていくと、扉が開いて、随分と大柄な執事が私を招き入れる。
「お待ちしておりました」
荷物を渡すと執事は一礼して下がっていく。口数はあまり多くはないが、仕事は確かな男だ。
入って少し右のところに、簡単な応接セットがある。そこにはすでに先客が二名ほど居り、何かわいわい大声で話しているところだった。
一人は知り合いの古物商、もう一人は最近名を上げてきた実業家であった。
「いやこれ本当に古伊万里なんですかいな、どうにも年季というのが感じられませんよ」
「本当に古伊万里なんですってば。あなたどうせ目利きもしたことないんでしょう? 僕は本職なんですから、間違えなんぞしません」
「だけどやっぱり安っぽく見えますて。もしかして分かって偽物を売りつけているんじゃあないでしょうな」
「失敬な!! これだから外国かぶれの素人はいけない」
どうやら、古物商の持ってきた品が偽物ではないかと実業家が疑って、それで揉めているようだ。熱中している二人はこちらに気づいていないようで、実業家はさらにケチをつける。
「大体ねえ、今どき伊万里焼きなんて何になるんです。流行りは西洋の製品ですよ」
「それこそ流行りが何だ。ここの旦那が欲しいと言うから持ってきたんだ。旦那はね、あなたとは違って周りの言う価値に踊らされる人じゃないんだよ」
「だからって偽物掴ませるのは酷いじゃないですか」
「本物や言うとるやろがい!」
私は全く話が進まないのが面白くなってきてしまって、声を上げて笑う。すると二人は一緒に振り向いて、顔を真っ赤にした。
「な、な、見てたなら声かけてくださいよ、お恥ずかしいところをお見せした」
「ずっと黙って見てるなんて、あんたも大概お人が悪い、はは……」
少し気まずそうな顔をした古物商は、ちとお手水に、とその場をそそくさと立ち去った。私と実業家はそのまま長椅子に腰掛ける。窓の外には松の木立が並んでいる。執事がお茶を持ってきた。
「趣味の良い建物です」
と実業家が言った。私が何か応えるより先に、このせっかちな男は続けた。
「しかし、庭がいささか寂し過ぎるのではないかな。折角屋敷を洋風にあつらえたんだから、洋薔薇でも植えたら良いでしょうに」
嫌味というよりは、純粋に惜しんでいるかのような口ぶりだった。私は
「薔薇は手がかかるからねえ、こんな山奥ではこまめに世話を焼くという訳にも行くまい。それに、この洋館には野茨でもなかなか似合うと思いますよ。あれも薔薇だという話です」
と返した。
「それもそうだ。あっはっは!」
実業家は自分の額をコツンと叩いて笑った。
執事、古物商、実業家。
これが、第一と第二、第三の容疑者である。