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鐘梨文一、殺人事件に挑む

 帝大前の大きな通りを若者が一人、のしのし歩く。

 男の名前は鐘梨(かねなし) 文一(もんいち)。才はあれども生活が荒く、いつも金に困っている、地方出身の大学生である。

 文一は今日の講義をようやく終えて、人に金をせびりに行くつもりだった。


 通りを曲がって右、左、右、何間か進んだ先の立派な屋敷が彼の下宿だ。屋敷の主人の淡亭院(たんていいん) 謎時(なぞとき)は文一の父と親交があり、その縁で泊めてもらっている。


 この謎時、妙に変わったところがあって、彼の出す謎かけを解けばそれだけで金をはずんでくれるのだ。それなりに難しくはあるが、文一は頭だけはよく回るので楽な小遣い稼ぎくらいに思っていた。


 そういう訳で、金にだらしのない彼は今日もそれをあてにして意気揚々と帰ってきたのだ。



 足元にすり寄ってくる隣家の三毛猫を軽く退けて、門を抜けると、ばったりと、謎時の客人だろうか、若い将校と出くわした。彼は丁度帰るところだったらしく、少し驚いた顔のまま軽く会釈をして、すり抜けるように去っていった。

 一体何の用で、と文一は不思議に思ったが、頭はすぐに、貰った金の使い道に引き戻された。


「文一です。ただいま帰りました」

 そう言って屋敷にあがる。そこへ老女中が通りがかって、よい羊羹を頂いたので食べるかと尋ねてくる。頷くと彼女は微笑んで、それから

「ああそうだ、旦那さまが、面白い話を聞いたから部屋まで来るようにと仰っていましたよ」

と言った。


 文一はしめた、と思った。謎時がそう言って自分を呼ぶときは、解かせたい謎があるということだ。自分の方から請うまでもなく向こうから言い出してくれるとは何たる僥倖か。

 文一は、着替えてから行きますと答えて、足取りも軽く歩き出した。


───────────────────────


 女中がお茶と羊羹を運んできて、とんと障子を締めたのを横目で見てから、文一は謎時をじっと見つめた。

 淡亭院謎時はすらと背の高い人物である。こうして座って向かいあっても、やはり目線を少し上げる形になる。


「それで、面白い話とはなんですか」

 文一が切り出す。

「何、この間、私が家を二日ばかり空けたことがあっただろう」

「ええ。お知り合いの別荘に招かれたとか」

「実はその別荘で殺人事件が起こってね。まあ犯人は私がすぐに見つけたんだがね、その件に同席した将校殿が細かい話をようやく聞かせてくれたのだ。そうしたら、うん、なかなか面白い話だったんだ」


 どうやら、先程の軍人はそういう用件でやってきたらしい。謎時は愉快そうな表情で目を細めた。

「だからね、今から君に事件のあらましを語ろうと思う。君はそこから犯人を当てるんだ。簡単だろう?」

 これがいつものやりくちである。どうしてか謎時は、一度自分が解いた謎を文一にも解かせようとするのだった。ただの変わり者だ、と言ってしまえばそこまでだが。

「当てたらご褒美はあるんでしょうね」

「勿論。十円出してもいい」


 十円。そこまでの大金も出るとなれば俄然やる気が湧いてくる。茶を一杯ぐびりとやって、腕まくり。文一は、目の前の男の語る顛末に耳を傾けた。


「あの事件の始まりは、一台の馬車が別荘に着いたときだった────」

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