二話
秋月があの少女だと思った確信は二つある。
一つ目はこいつの癖だ。こいつは泣いている時に話しかけても黙りこんでしまう癖がある。以前バイトで失敗を重ねさらに、客にクレームをつけられた時に休憩スペースで一人泣いていた。まぁ、一応先輩という事もあり慰めようとしたのだが、いくら話しかけても無言だった。なんとなくあの少女と似ているなと思い、俺は休憩スペースから立ち去った事がある。
二つ目はこの傘だ。この傘は中学生から使っており、父さんが名前を手持ちの部分に直接書き込んだ。その後がうっすらと秋月が持っている傘に残っている。
その二つがこいつをあの時の少女だと思った理由だ。
確信にしてはあまりにも薄い証拠だけど。
「このこと……」
「お前がそう言うなら誰にも言わない。言わないけど……見捨てる事は出来ない」
「だ、大丈夫です。先輩に迷惑なんてかけられません」
多分こいつが、こんなに優しいからこの傷を負わせた奴もそれに甘えてこんな事をしたんだろうな。……考えるだけで腹が立つ。
「……秋月」
「……」
「ご飯食べに行くか?」
「っ!……はい」
俺と秋月は人があまりいないファミレスに入る。人がいないところで話を聞かないとダメだ。本当は一人暮らしをしている俺の家とかの方が誰にも聞かれないのだろうけど、この雪の中俺の家に連れ込んで話を聞いて、じゃあ家に帰れってのはあまりにも酷だ。無論そうなった場合送るつもりではいるが秋月にも体力というものがある。それに、バイト終わりだから尚更だと思う。
「とりあえずなんか食べよう。今日は奢るから」
「はい」
これを聞いたら俺はもう後戻りはできない。それに、何より辛いのは秋月だ。忘れたい事忘れていた事を今から俺は自分勝手な思いで思い出させることになる。本当に俺は自分勝手だ。
「秋月」
「は、はい」
「好きな食べ物とか教えてくれよ」
「好きな、食べ物ですか?」
「ああ」
秋月は虚をつかれたかのように、驚き「好きな食べ物」と独り言を呟く。
「あ、グラタン……ですかね」
「じゃあグラタン食べるか?」
「……先輩と同じものがいいです」
う、そうくるか。ここで、グラタンと言ったら秋月には俺に気を使わせてしまったと思われるかもしれないし。どうしよう。……いや、グラタンだ。俺だって好きな食べ物を食べると元気が出るからな。
「よし。じゃあグラタンでも食べるか」
「え。い、いいんですか?」
「何がだ?俺は普通にグラタンが食べたいだけだぞ」
「ふふふ。ありがとうございます先輩」
さて、何から聞けばいい。どんな風に心の準備をすればいい。聞きたいことから聞けば良いのだろうか。
「あの時泣いていたのはお前か?」
「はい。その、傘ありがとうございます」
「いや、大丈夫だよ。俺もごめん。あの時もっと出来る事があった筈なのに。今更こんな形で」
「そ、そんな事はないです!」
「そうか。良かったよ」
どこか甘酸っぱいようで、とても苦い会話に少し息苦しさを感じる。とりあえず店員さんを呼ぶピンポンと鳴るボタンを押す。
「ご注文をお願いします」
「えっとグラタンを二つ」
「はい、グラタンがお二つ。以上ですか?」
「ドリンクバーとかどうする?」
「いや、大丈夫です」
「じゃあ以上で」
オーダーを取り終わった店員さんは厨房に注文を伝えるために去っていく。
「さて、秋月」
「はい」
「今から辛い事を思い出すと思う。それでも大丈夫か?」
「……怖いです。思い出すだけで吐きそうです」
「けど」と下を向いていた秋月の顔が俺に向く。その瞳はとても強くて美しい。 けど、その瞳の奥にある暗闇は残ったままだ。
「じゃあまずはその傷のことから」