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3-6 帰宅推奨でした

 考えてみてほしい。

 近くの森にはよくハブが出るらしい、熊が出るらしい、そんなことを言われて立ち入りを禁じられていたとしたら、もうそこには近づかないだろう。

 小さい頃から言われた禁句。大人も子供も、誰ひとりとして近づかない。

 だったら自分が、その掟を破る必要はないだろう。


 ハブでも熊でも、あるいは猪とかサソリかもしれないが、それが森から抜け出して現れたとしても、その時は専門家がどうにか対処してくれる。

 そんなこんなであまり森の奥の奥から出なくなってしまった獣たち。

 生で獰猛なそれらを見ることは一生ないのだろうと思っていたその日。

 ちゃっかりそんな獣が訪問してきた。


「魔王……。銀髪褐色さんが魔王……?」


 いいや、このたとえ話は今回の説明に対して失敗だらけの例だったかもしれない。

 なにせその獣には知性があって、人の姿をし、言葉を使い、一見獣とは思えぬものだからだ。


 銀髪褐色なんてヒントはあるものの、小さな子どもだし、言葉も通じるので取り立てて駆除する必要はない。しかも関係を掘ると知り合いの知り合いらしく、自分の家主とは友達らしい。

 さらに、極めつけには子供だと思ったそれが魔族の長だと言う。


 獣だなんだとたとえ話をしたものの、俺はこの世界において魔族というものがどう教えられるのかを知らなかった。

 しかし、ひとつだけわかるのは、世間はやはり魔王像を誤解しているようだった。


「そんわけないじゃないですか。魔王っていったらもっと大きくて、なんかムキムキで声が低いおじさまなんですよ。上腕二頭筋とか触ってみたいですよねぇ……」

「ミル、君が正しい。魔王がこんなこんな小さいわけないもんね。この子は最近知り合った――」

「クレス、我のことを忘れたのか!? 我はまだ鮮明に思い出せるぞ。そなたが我の命を狙って剣を振るったあの日を!」

「シュベールちゃんや。ちょっとこれ以上場をややこしくしたらまずいから、とりあえず俺を自由にしてくれないか」


 クレスはミルに説明――恐らくシュベールのことを魔王だとは明かさない方針でするはず――で、俺は俺でこの暴走列車を止めないと行けなかった。

 暴走列車ちゃんは檻の前に立つと、捕まったうさぎに餌付けをするようなノリで人差し指を入れてきた。


「ずっと気になっていたのだが、どうしてアラタはその中に入っているのだ? 楽しいのか?」

「おい、お前の信者にぶち込まれたんだぞ。王様なら責任持って統治してくれ」

「おお、そうだったか。それはすまんことをしたな。今出してやる」


 その人差し指はなんのためにあったのか謎であったが、次の瞬間にその目的を知ることになる。

 目的というか用途というか。


 それを語る前に、この刹那で耳に入った言葉を紹介したい。

 シュベールの言葉と人差し指の真意がわかるまでの時間で聞こえたのは、どうにか誤魔化すクレスとミルの会話だった。


「それにしても魔族の子なんてよく見つけましたね。しかもお友達だなんて」

「ちょっとね……。でも大丈夫、この子は魔法も使えないくらい幼いし、いい子だから」


 これだ。

 あのおませミルちゃんをどうにか騙し、うまくやってるなぁと感心していたはずのこの一瞬。


 この一言のあとにシュベールは、人差し指で檻を切った。

 切った。人差し指で。


 いや、繰り返せば理解ができるようになるなんてそんなことはないが、それでもそれ以外にどうも言う言葉が見つからない。

 正確に言うなら人差し指に纏う赤黒い気のようなものが檻を焼き切ったなんて表現が正しそうだ。

 そしてその赤黒いものは、どうやら魔法のようである。


「クレス様?」

「ちょっとだけ魔法使えるみたいだね、うん」

「ははぁ。ちょっと、ですか……。あんな頑丈そうなものを切断して、それでちょっとレベルなんですか……」

「あー、えーっと、うん。きっとあれがちょっとなんだよ、うん」

「あの、私そもそも魔族というものにお会いしたことがないので魔法の強さとか基準がわからないのですが。ただ、人が死ぬことはわかりました。大丈夫なわけないですよね」


 檻の前面に大きな脱出口ができてしまった。

 これはつまり、肉も骨も内臓も、この幼女がやろうと思えば人差し指で焼き切れてしまうのである。

 ピリピリしているミルとしては、そんな存在が近くにいるなんて許せないことだろう。


「わかってます? どれだけ魔族が危険なのか。最近、この国と魔族が仲悪いって知ってますよね? 私より頭悪いんですか?」

「そう、そうだけどさ。でもシュベールはミルが思うほど悪い魔族じゃないんだ。殺されかけたことも一度だってない」

「とりあえず、もう今後は関わらないほうがいいです。世間体のためにも、身の安全のためにも」

「でも、でもこの子とは友達で――」

「メイドと友達なら、友達を信じるんですか」


 沈黙。

 おっと、これはまずい展開だぜなんて軽口も叩けぬほど重い空気。

 こんな状況では無理もないが、テンションだけの魔王が近くにいた反面、落差が激しすぎる。


「ごめん、シュベール。今日はちょっと帰ってくれないかな」

「……是非もない。行くぞ、皆の衆よ」


 クレスの選択はメイドだった。

 彼は彼なりに家主としてメイドを信じてやりたいのだろう。

 そして、シュベールは思ったよりも素直に身を引いてくれた。

 空気を読んでくれるのは嬉しいが、小さな背中が遠のく距離によってさらに小さくなっていく。


「まただ、また我が魔王だというばかりに……」


 クレスに見送られる中、そんなことをつぶやいていた気がする。

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