3-4 ワガママな幼女でした
新がそこに来た時、魔王の姿はなかった。
一足遅かったようだが、すぐさま別の異変に気がついた。
「なんか、やけにうるさいな……。普段はもっと静かなのに」
ガヤガヤとした活気。
まるで祭りでもやっているかのような騒ぎだった。
人々が叫ぶ声に耳を傾けると――。
「シュベールたん、バンザーイ!」
「シュベールたん、かわいいよ! シュベールたん!」
マジかよ……。
どうしてこうなった?
いやいや、同じ名前の一般人かもしれない……。
「銀髪褐色ロリ、最高ー!」
「魔王討伐に反対を! 同志は国王へ抗議に行くぞぉ!」
人違いじゃなかった……。
最悪だ。これは、予想の斜め上をいくほど最悪だ。
というか待て。
この国、本当に大丈夫か?
銀髪褐色ロリ最高、とか……。
シュベールの実年齢はロリじゃないだろうし、ちょっとくらい許されそうだけど……。
けど、それを外で叫ぶな。
新は声のする方へ走った。
すぐに人混みが見つかり、それは国王城へ前進している。
そしてその中心にはとんでもない人数に運ばれる檻が。
そしてそして、檻の中――ではなく檻の上に、銀髪褐色ロリが立っているではないか!
「進め、我が友たちよ! こんなに楽しい『おでかけ』は初めてだ!」
「魔王様の仰せのままに! オラ、進軍だー!」
何か熱意が違うような……。
シュベールはただただ楽しそうで、けれど崇拝者はギラギラとしたものがあった。
「おーい、シュベール!」
「その声はっ! おぉ、アラタ! 見てくれ、友がこんなにできた!」
いや、かわいいかよ。
お前、そいつら全員が友達以上に言うこと聞いてくれるぞ。
だってもはや信者だもん。
信者という表現は的確だった。
しかも過激派。すぐさま周りの人間が新を睨み、脅すように叫ぶ。
「シュベール様を呼び捨てとは何事だ! 万死に値する!」
「我々『黒に映えるは魔物の証! 銀髪を愛でようの会』は魔王様に敬意を払い、『様』か『たん』をつけるのが掟となっているのだ!」
「きっとグネイルの仲間だ! 檻にぶち込め!」
すぐに暴徒と化した信者が新をつかみ、集団の中心へと引っ張った。
「なになになに!? 俺はシュベールの手下で、お前らよりも付き合い長いのに――」
「また無礼な呼び方を! 問答無用!」
檻の中に投げ入れられ、そのまま施錠。
しかし、どういうわけか檻の中には先客がいた。
「いたた……。ん? あんたも暴徒の被害者?」
「被害者というか、元凶というか……」
「待てよ? あんたの顔、どこかで――」
そう。新もグネイルの顔は見ていた。
魔王が勇者を蹴散らす瞬間を新がはじめて目撃した時、その被害者がグネイルだったからだ。
「イキってたくせにシュベールに瞬殺されたやつ!」
「うるさい! あんな強かったら誰だって瞬殺されるだろ!」
「あれ? 同行してた女の人たちは?」
「あ、あれは、俺の幼馴染というか、近所の友達というか……。今日はいないよ」
いじけたようにグネイルは縮こまる。
なんか、ダメ男の雰囲気……。
「そういえばさ、なんで俺が瞬殺されたって知ってるの。お前何者?」
「あ……。いや、えっと……。この前『セーブポイント』で見かけたからさ。やられて戻ってきたんだろうなって」
「あ、そう。まったく、金稼ぎできると思ったのにな」
声に紛れ、檻の上からガンガンと音がした。
シュベールが檻の上でジャンプしているのか、それともノックしているのか。
とにかくうるさい……。
久しぶりの外が楽しいのかな。
「おい、アラタよ!」
「うおっ!」
テレパシーでもあるのかコイツは。
檻の上からひょっこりと覗くシュベール。
幼女にさせると危なっかしい姿勢も、魔王なら朝飯前だった。
「これから親友の家へ向かう! 貴様が案内しろ!」
「友? クレスの家か?」
「うむ! 早く行こう! えへへへ」
おやおや。
魔王様、そんな幼女スマイルもできるんですね。
けど、あなた、命を狙われてる身ですよ。浮かれないでくださいよ。
「シュベール、ちょっと……」
「ん? なんだ? 早く道を教えろ」
「いや、もう帰ろう。どういう経緯で『友達』ができたのか知らないけどさ、これ以上大事になったらまずい」
「何を言うか! 我の命令だぞ!」
魔王が叫ぶと、すぐにその声を信者が受け止めた。
新に向けて罵詈雑言が飛び、状況の悪さを垣間見る。
「シュベール様の命令は絶対だぞ!」
「踏まれようと殴られようと、すべてご褒美だ!」
これはヤバい。
魔王がワガママで、それをヨイショするやつらがいて……。
しかも魔王はお気楽、信者は暴徒。
このままだと戦争になりかねん。
ここは、ハッタリでいくか――!
「お前ら、よく聞け! 魔王はお前らを食って飢えをしのごうと――」
「おい、聞いたか!? シュベールたんの小さい口で食べていただけるみたいだぞ!」
「じゃあまずは俺が――」
「いいや、俺が先だ!」
なんだこれ……。
頭イってんぞ、この信者たち。
「あの……。シュベールは見た目が幼女だけど、中身は何歳かわからないぜ? そんなに萌え萌えするか?」
「バカめ! 逆にそこがイイんだろうが!」
「合法ロリ! ウヒョー、銀髪触りてぇ!」
もうダメだ!
魔王として崇拝してるんじゃない。こいつら、アイドルを推す感覚で支持してやがる!
きっとイデュアよりもシュベールの方が人気なんだ! このロリコンどもめ!
「ん? 食べてくれ? 我は友を食べる気はないぞ……」
「みんな! シュベールたんは俺たちを食べない! まぁ、俺らなんか食べてもまずいだろうし、他のごちそうを振る舞おう!」
うおおぉぉぉぉ――と、咆哮が街に響いた。
スラム街がこんなにアホな集団の街になったなんて、誰が考えただろうか。
ガラガラと音をたてて台車は進む。
仔牛になった気分で、新は檻の外から景色を眺めるのだった。
「いざ、行かん! 友達100人できるかな!」
魔王は、めちゃくちゃ楽しそうだ――。




