3-3 神話になりました
我は何をさせられているのだ……。
「さぁさぁ、これこそが本物の魔王! 恐れることはない、ただの幼女だよ!」
友の声。
我を見て金属の塊を投げ捨てていく観衆。
そして、破れない檻。
「おい魔王、スッゲーぞ! まだ始めたばっかなのにウハウハだ!」
「金属を投げられているのは、我が嫌われているからか……?」
「違うって! あれ全部カネだよ! 友達の証だよ!」
「友……! この全員が友……!」
数十人はいるだろう人間に、魔王は満足していた。
自分が見世物になっているとも知らずに。
数時間前――。
シュベールは大きな袋に詰められ、グネイルの家に運ばれていた。
人生初のことだ。友の家に行くのは。
「それで、我はこれに入ればいいのか?」
「あぁ。入ってくれるだけでいいんだよ!」
檻――。
タイヤがついていて、台車のように運搬できるタイプの檻だった。
怪しい。明らかに怪しい。
「これ、我を捕縛するつもりか……?」
「違う違う! ちょっと捕まったフリするだけだよ!」
「それでも、この我が手枷足枷をつけるなど……」
「俺たち友達だろ? 頼むよ!」
友達……。
頭の中で単語がぐるぐる回る。
大切な友達。記念すべき二人目の友達。
「うむ! 我に任せろ!」
「うぉぉぉぉ! さっすが魔王、話が早いねー!」
「ここに入っていればいいのだな?」
「おう! 中に入ったらなるべく声は出さないで。それで弱そうにしてて」
「弱そうに……?」
この我が弱いとでも……?
いいや、違う。これは演技だ。
何も気にすることはない。
友のためならなんでもしよう。
そう、なんでもだ!
――なんて勢いづいていたが。
「なぁ、あれが魔王か?」
「ザコそうだよな。あれに負けた勇者とか、笑いものだろ」
我、バカにされていないか?
絶対に見くびられているよな。
見世物に金を投げる大衆は魔王をあざ笑うかのように見てくる。
魔王はそれが腹立たしかった。
「おい! あの幼女はカツラを被ってるだけじゃないか!? インチキかもしれないぞ!」
一人の男が声をあげる。
あまりにも魔王が静かであるから怪しまれたのだ。
「マジか! おい、インチキ野郎!」
「魔王だって証拠を出せ!」
一瞬で観衆が野次馬に成り下がった。
グネイルも困っている様子だ。
「その幼女がかわいそうだぞ!」
「あんなに薄着で拘束するなんて……。このロリコンめ!」
「待ってくれよ! これは本物の魔王だって――」
グネイルの言うことは誰も聞いてくれない。
ある者は硬貨を返せと怒号を飛ばし、ある者は幼女を汚すなと軽蔑している。
友が責められている。
友を守れずして、友を名乗る資格はない――。
「――黙れぇ!」
シュベールの喝が空気を裂いた。
人間の幼女には不可能な声量だ。
空間を震わせ、時間を歪ませるほどの轟音。
「我はシュベール! 魔族の王にして、グネイルの友だ! 友を侮辱する人間だけ前に出ろ!」
その首、噛み落としてやる――!
シュベールが叫び終えると、そこに反論する人間は出なかった。
納得でも畏怖でもない。
檻の中の幼女が魔王であると、全員が確信したのだ。
「魔王……」
「本物の魔王だ……」
するとどうだろう。
王としての威厳を見せつけた幼女は、一瞬で人気者になった。
「魔王様ぁあ! 一生ついていきます!」
「魔王様! 投げ銭させていただきます!」
いつしか周辺は魔王コールで埋め尽くされ、投げ銭はなかなか止まない。
しかし――。
「おい! 魔王様をこんな檻に入れるとは何事だ!」
「さっさと解放しろ! 不届き者め!」
「あ、いや、魔王とは合意の上で拘束していて――」
やはりグネイルの言うことを聞く者は現れず……。
だんだんシュベール信者は暴徒と化し、とうとう檻を無理やり壊し始めた。
「やめてくれ! 鍵ならあるから! 解放するから!」
「おい、誰か不届き者のグネイルを捕まえろ!」
「ひえぇぇぇ! 魔王、助けて!」
助けを読んでも魔王には聞こえなかった。
彼女の周りに、たくさんの信者が群がっていたからだ。
「魔王様、おいくつですか?」
「もう年齢は忘れた」
「お好きな食べ物なんかは?」
「肉の塊。焼きたてが特に好ましい」
ぶち壊された檻から出て、シュベールはのんびりと質問に答えていた。
人間にチヤホヤされて、魔王はご機嫌なご様子。
「皇女殿下をさらったのはどうしてですか!」
「あれには深い事情があってな……。とても一言では説明できん」
「魔法は出せますか?」
「容易い。いくら発動しても命が尽きることはないしな」
うおおおおお、と歓声があがる。
ただ質問に答えているだけでチヤホヤされるのは快感だった。
魔王は調子に乗り、どんな質問にも親身になって答えていく。
それがさらなる熱狂を生み、魔王ブームは広がっていった。
しかし、広がれば広がるほど見つかりやすくなるのも事実――。
魔王降臨の情報が偉い人の耳に入るのは、そう遅くなかった。




