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2-38 勇者になりました

 あの事件から数日――。

 マユがいつも通り魔法陣を書いていると、その客は現れた。


「マユさん、こんにちは!」

「む? ノロケ勇者、なんの用だ」

「振られに来ました」


 突然婚約を迫ってきた男が何を言っているのだろう。

 頭でも打ったか、変なものでも食べたか。


「帰れ。そして休め」

「待ってくださいよ。だって、マユさんは僕のこと、好きじゃないでしょ?」

「ああ。アラタのほうがいいな」

「ほら。もう、迷惑かなって……」


 クレスは自虐的に笑った。

 どうやら本気らしい。

 だが、なんてくだらない決断だろう。


 マユは今まで気になっていたことを単刀直入に聞いた。

 クレスの本心はどこだろう、と。


「君は、本当に私が好きか?」

「え? 何言ってるんですか。もちろん――」

「そうやって嘘をついているだろう。なぜだ」

「な、なんで嘘って決めつけるんですか!」


 クレスが大声を出した。

 対してマユは、一切表情を動かさない。


「では言おうか。君は、諦めすぎだ」

「え?」

「アリーゼが来た時も私のことを諦めかけて、今は『振られに来た』だと」


 ふざけるな――。


 マユは小さく怒りを放った。

 恋についてとやかく言えるほど経験はない。

 だが人生の先輩として、一人の女として、マユは助言をしたかった。


「むしろ逆だ。本気で好きなら諦めるな。魔王の味方だろうと、メイドに好かれていようと。そこだ、私が君を恋愛対象として見れないのは」

「いや、僕は、マユさんが迷惑になるからって……。マユさんのために――」

「違う! 君はな、アリーゼから逃げるために私を選んだんだ! 早く結婚してしまえば、アリーゼが諦めると思ったのだろう。私を、利用したんだ」

「そんな、こと……」


 ない、のだろうか。


 クレスは目を背けていた心に気づき始めた。

 アリーゼへの恐怖とともに、自分の気持ちは高まっていった。

 けれど今は? どうして今になってマユに振られたいと?

 アリーゼが、穏やかになったから……?


「そんな、いや、そんな……」


 違う。

 本気で好きになったはずなのに。

 そんなこと――。


「勇者なんて、笑わせてくれる。君はただの臆病者じゃないか。嘘をついて、逃げ続けて――」

「やめてください!」

「だったら言ってみたまえよ! 私が好きか! どんなことがあっても、好きを貫けるか!」

「す、好きです! 好きなはずです!」

「じゃあ、君が振るんだ。アリーゼを。私は、中途半端が嫌いだから」


 アリーゼを振る……?

 そんなことが僕にできるのか。

 怖い。アリーゼが怖い。


 また暴走しそうだから怖いのか?

 違う。もう彼女はそんなこと――。

 なら、なにが怖い? どうして彼女が怖い?


 クレスが自問自答を続けると、ようやく結論へたどりついた。

 クレスが怖がっているのはなにか。


「僕は、アリーゼを傷つけるのが怖いです……。だから、そんなことは……」

「自分で切るのが怖いのだろう。私も、アリーゼも。そのせいで、私から振ってほしいと」


 どっちつかずなんて続かない。

 ハーレムなんてありえない。

 僕は、選ばないといけない。


「アリーゼから逃げるために婚約を迫った手前、私を切ることはできない。はぁ……。君は最低だな」

「そんな……!」

「よく聞け。君と違って、アリーゼは一途だ。たとえ君に好きな人がいても、好きでい続けたのだから。やり方はアレだったが……。でも君だったら? 絶対に諦めていたよな?」


 マユの言葉は止まらない。


「君はな、好くことを軽く見過ぎだ。どんな時でも、健やかな時も病める時も愛するのが『好く』というものだよ」

「僕は、どうすれば……」

「勇者になれ。勇気を見せてみろ。むしろ私が惚れるような、そんな勇気を――」


 マユはクレスに向き直り、一度深呼吸。

 意を決したように声を出した。


「君が好きだ、クレス。ほら、どうする?」

「え……?」


 名前で呼ばれたのははじめてだった。

 ノロケ勇者でも、臆病者でもない。

 クレスと――。


 だが、この告白は甘くない。

 クレスにとっては試練だった。


「選べ。決断しろ。さっきの話を踏まえたうえで、愛の重みを知ったうえで」

「僕は……」

「私は君に告白したのだ。本心ではないが、二言もない。君が承諾すれば結婚までしてやろう。チャンスだぞ」

「僕の答えは、決まっています……」


 クレスはマユを抱きしめた。


――――――――――――


「クレス様!」

「アリーゼ。どうして……?」


 レンガの家から出ると、そこにはアリーゼがいた。

 黙って出ていったのについてきたのだろうか。


「全部、見てしまいました……。クレス様の――」

「カッコ悪いところ、見せちゃったね」

「いえ、お手本です。アリーゼの」


 マユを抱きしめたクレスは「ごめん」と返事をした。

 マユを振ったのだ。自分から。自分の言葉で。


「お手本って――」

「クレス様、言っていたじゃないですか。アリーゼに人の愛し方を教えてくれるって。だから今のも、そのひとつです」


 アリーゼは咳払いをして、いつもと同じフレーズを言った。

 飾らない、そのままの気持ち。いつも言っていたはずの気持ち。


「好きです。アリーゼは、クレス様が大好きです」


 アリーゼもまた、どっちつかずだった。

 クレスとは愛し合う仲になりたいが、迷惑をかけすぎてしまっている。

 このまま自分といれば、また迷惑をかける。


 できることなら承諾してほしい。

 けれど、さっきのを()()()と言ったのは――。


「クレス様。アリーゼのことも、振ってください……」


 もうクレスに迷惑はかけられない。

 これ以上不幸にさせられない。

 もう、終わりにしよう。


「アリーゼ、顔上げて……」

「はい……」


 アリーゼがゆっくりと顔を上げると、クレスが抱きしめてきた。

 そうだ。このまま振られて終わろう。

 悔いはない。十分、一緒にいられた。

 これからもメイドとして、ずっと隣に――。


「僕も好きだよ――」


 クレスはそう言うと、アリーゼの唇を奪った。

 少し強引に。彼女を求めた。


 はじめてのキス。大好きな人とのキス。

 最近はたくさん泣いてしまったから、もう涙は出ないと思っていたのに。


 アリーゼがポロポロと、静かに涙を落とした。

 クレスは驚いて唇を離す。


「ごめん! 嫌だった……?」

「そんなことないですよ! 逆です、逆……」

「そ、そう……。よかった」


 照れを隠すようにクレスは笑った。


「でも、アリーゼと一緒にいたらご迷惑を――」

「いいの、いいの。さっき怒られちゃったから。『好きを貫け』ってさ」

「じゃあ、それは……」

「うん。どんな時でも一緒にいたい。いや、一緒でいよう。アリーゼ、僕と結婚してほしい」


 どうしてこんなに幸せ者なのだろう。

 スラムから拾われ、働かせてもらって。主人を傷つけているのに許してもらって。

 最後には、想い続けた人にプロポーズされて。


 本当に、本当に――。


「はい! もちろんです!」


 アリーゼは、あなたのメイドで本当に幸せです。

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