2-36 ものは使いようでした
こちらは剣で相手は包丁。
戦闘に向いているのがどちらであるかなんて一目瞭然だ。
しかも剣を扱うのは戦いの心得を修得しているレイ。
戦況が不利になることなんてなかった。
「ふっ! はぁ!」
その剣さばきは見事なもので、刃が空間を割く音が聞こえるほど。
しかし、それだけで決着がつくわけじゃない。
気絶など、武力的な方法ではアリーゼを無力化できないのだ。
拘束か、あるいは魔力切れを狙う他に手段はない。
「まだ安心できねぇな……。レイが頑張ってくれても、あいつもいつか――」
「うむ、体力は有限だ。それに、彼女の体が打たれ強いとも思えない」
筋肉を身にまとうルディとは違い、レイに筋肉は見られなかった。
まだ14の少女が包丁に刺されて耐えきれるとは考えにくい。
ルディのような無茶は彼女にできないはずだ。
「レイ……。あっ!」
「どうした、アラタ」
「思いついたぞ、解決策!」
新はレイの姿を見て思い出した。
きっとこの状況では最適解であるはずのアイテム。
それが近くにあったのだ。
「マユ、転移転移! 家まで!」
「わかった!」
マユの手つきは慣れていた。
すぐに転移魔法のページを広げ、新に見せる。
「すぐに戻ってくる!」
「ああ。頼んだぞ」
手を乗せた瞬間、景色が変化した。
レンガの家の前だ。
新はすぐに家の中に入った。
靴も脱がずに室内を駆ける。
新の狙いはレンガの家の中にあるものではない。
クローゼットを開け、新居へ瞬間移動。
「うおぉ!」
急いでいたせいか便器へ腰を殴打。
尻の上に激痛が走り、飛び跳ねた。
「いて……。マジやば……」
腰の骨にヒビでも入ったかのような痛みだ。
ジンジンとしてなかなか熱が引かない。
それでも新は少しづつ前へ進んだ。
いつレイが劣勢になるかなんてわかったものじゃないから。
「くっそ……。なんでこんなに広いかなぁ……!」
文句を吐くことでモチベーションを保ちつつ、新は目的のものを見つけた。
あとはこれを持って走るだけだ。
――――――――――――
「くっ……」
レイの絶好調は続かなかった。
こちらがアリーゼを殺せないと悟ったのか、守りを捨てて攻め立ててきたのである。
こうなればレイは守ること以外にやりようがない。
本当は攻め続け、アリーゼには守りに徹してもらう作戦だったが立場が逆転してしまっていた。
体力はまだまだ残っているものの、ここから先の戦略が届かない。
「レイ! アラタが戻るまで粘ってくれ! 彼がどうにかしてくれるらしい!」
「う、うん!」
後ろから聞こえたマユの声は励みになった。
何が励みかというと、好きな人がまた助けてくれるそうだからだ。
自分が新へバトンを渡せることが何よりも嬉しく、その嬉しさを実際のものにするためにもここは頑張らねば。
「まだまだ行くよ!」
レイは距離を取り、片手を太ももに当てた。
「吹ける疾風にサレイアの加護を! はあぁぁ!」
すると、レイの体力が回復したかのように動きが機敏になる。
むしろ最初よりもさらに速い動きだった。
「これが魔法か。人が使うのははじめて見たな……」
魔法が持続するのはどれほどかわからない。
しかし効果が切れた時、さらなる疲労がレイを襲うはずだ。
魔法が切れるまでに新が来なければ――。
「ルディ、大丈夫?」
横を見ると、クレスが自分の服を包帯代わりにルディの止血をしていた。
マユの魔法陣はすでに効果を失っており、ルディはアリーゼから十分に離れている。
「坊っちゃん、あまり無茶をしては――」
「こっちが言いたいよ! 腕が無くなっちゃったらどうするのさ!」
「構いません。坊っちゃんが無事なら、それに越したことはありません」
キッパリと言いきる従者に、クレスは涙を浮かべた。
ルディは自分が生まれた時からこの家にいて、忙しい父の代わりに面倒を見てくれた人なのだ。
第二の父親――。
それがルディだった。
「それにしても、魔法を……」
それはレイに対してでなく、マユを向いて言っている。
魔法陣を使ってしまったのだから当然だろう。
「詳しいことは聞かないで! マユさんは魔法陣をいっぱい持ってるけど、悪用する人なんかじゃ……」
「わかっていますよ。私を救うために使っていただいたのですし」
ルディはマユや新を信じたわけではない。
クレスの言葉を信じたのだ。
たとえ見ず知らずの人間に対しても、クレスが信頼をおくのなら大丈夫。
完璧な信頼関係が彼らの間にあった。
「ふぅ……。はぁ……」
レイの頬を汗が這った。
魔法のおかげで体の動きは遅くなっていない。
だが、もうじき危ないことはわかる。
「まだか、アラタ……!」
マユが振り返っても、そこに新の姿はない。
何度振り返っても、何度でも。
「マユちゃん! あと、どのくらいかかりそう……?」
「わからん! もうすぐだと思うが……」
「頑張るよ……!」
気力を振り絞り、レイは短剣を握り直す。
その時だった――。
「おらぁぁぁぁぁぁぁあ!」
鬼の形相で全力ダッシュをかます男の姿。
その手には透明な箱に入れられた複数のスライムがあった。




