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2-35 バットエンドと紙一重でした

「『石化(メデューサ)』」


 マユの放った魔法は相手の動きを完全に封じるものだった。

 レンガの家にあった防犯システムと同じような魔法だ。


 魔法を発動させると、アリーゼの足元が紫色に光った。

 石化(メデューサ)が正しく発動した証拠だ。

 しかし――。


「う、動いているだと……!?」


 アリーゼは指の一本も動かせなくなるはずだ。

 それなのに、まだ包丁をルディの腕に押しつけているではないか。

 包丁はちょうど骨のない部分を進行しているようで、このままだと貫通してしまう。


「マ、マユ、何があったんだよ!」

「あれは……!」


 アリーゼの足元に光る紫――。

 これは魔力の塊なのだが、それが包丁へ吸収され、アリーゼの体へと流れていた。


「魔法が吸収されているんだ! これではどんな魔法も通用しないぞ……!」

「はぁ!? たかが包丁一本にチート能力つけやがって!」

「だ、だが、そんなチート能力に対応せねば、きっと――」


 全員が殺されることになる――。


「おい、ミル!」

「は、はいっ!」

「お前は逃げろ! ……大丈夫、クレスは死なせねぇよ」

「でも、でも……」


 ミルの目には涙があった。

 こんな絶望的な状況、きっと誰でも泣きたくなるだろう。


「いいから! 自分の命だろ?」

「だって……。クレス様、私は……」

「心配ないよ。きっとみんな、無事だから。ね?」


 クレスがミルの肩に手を当てると、ミルの涙はさらに溢れてしまった。

 前が滲んで見えにくいはずなのに、迷わず後ろへ走り出す。

 主人が大丈夫と言うのならば、自分もその言葉を信じねばならない。


「――って言ったけど、僕たち、本当に無事でいられますかね」

「ぶっちゃけヤバいよな」

「バカ者! 口より頭を動かしたまえ!」


 この1秒のうちにもルディは傷ついているのだ。

 つまり、限界は近づいている。


 クレスはルディの安全を優先させたかったが、きっと口で言っても聞いてくれないはずだ。

 彼の気持ちを踏みにじる最低の行動になるだろうが、ここは仕方がない――。


「マユさん、ルディを動けなくしてください! 狙いは僕ですから、邪魔しなければ刺されないはずです」

「だが、君の命が……」

「いいから! とにかくやってください!」

「ダメだ! 無計画に動いてどうするというのだ! あの小さいメイドも、今戦っている執事も、すべて君のために――」

「そうやってウジウジ考えてたから、僕はアリーゼを救えなかったんですよ! マユさんの魔法だって、とっさに動いたんじゃないんですか!」


 クレスは本気だった。

 ルディでさえ手こずる相手にわざと狙われる気だ。

 打開策もなにもないが、とにかくルディの安全のために。


「……死んだら、許さないからな」


 マユはクレスのことを睨みつけてから魔法を発動。

 ルディは包丁の柄を掴んでいたが、動けなくなったことで振りほどかれてしまった。

 深く刺さっていた包丁も腕から抜かれ、大きく開いた傷口と、血塗られた刃が晒される。


「アリーゼ、僕はここだ!」

「坊っちゃん、なりません! 今すぐ私の体をお使いください!」

「もうたくさん守ってもらったよ! ちょっとは休んで!」


 言葉が終わった瞬間にアリーゼが踏み込んだ。

 ルディに対しては当てることを優先させた攻撃だったが、クレスに対しては格別な殺意が伝わってくる。

 刺突がどれも顔や首、心臓などの急所に向けられているのだ。


 間一髪――。

 まさにその言葉がふさわしいほどギリギリだった。

 髪の毛一本分の距離でようやく(かわ)している。

 もし一瞬でも体を動かすのが遅れたり、アリーゼがさらに素早くなればクレスの体に包丁が突き刺さることになってしまう。


「あいつ、全然余裕ねぇじゃん! なんで飛び出したんだよ!」

「アラタ、いよいよ時間がないぞ。私たちの体力では彼女に太刀打ちできず、魔法も効かない。後のことは抜きにして『騎士団』を呼んだとしても、簡単には終わらないだろう。最悪、アリーゼを殺して事態を終わらせることになる」

「でもよ……。どうしろって――」

「なんでもいい。気休めだろうが時間稼ぎだろうが……。とにかくできることを考えるのだ」


 そんなことを言われても、気持ちは焦るばかり。

 クレスは振り下ろされた斬撃に手の甲が当たり、軽傷を負ってしまった。


「坊っちゃん!」

「まだ大丈夫だってば……! ルディは、心配性だな……!」


 マユの急かす声に、ルディの叫び声。そしてクレスの引きつった笑顔。

 すべてに気を取られて考えることも考えられない。

 クレスと同じように、自分がアリーゼの前に立つなんて無謀なことばかり思いついてしまう。


 すると――。

 またもや自分のアイデアのなさが悲劇を招くことになった。

 クレスの体力が追い込まれたからか、それとも切り傷に怯えたからか。

 とにかく彼は姿勢を崩してしまったのだ。


 転ぶとまではいかなかったほんの刹那の隙。

 ただ、操られたアリーゼはそれを見逃さないほどに研ぎ澄まされている。

 全身全霊、一発で臓器を突き破れるようにクレスの左胸へ刃を伸ばした。


「クレス――!」


 新が叫んでも結果は変わらない。

 取り返しのつかない未来が全員に見えていた。


 しかし、クレスは後ろに重力がかかったように尻もちをついた。

 包丁はクレスの頭の上を通過し、なんとか助かったようだ。

 だが大きく後ろに下がりながらの尻もちは明らかに不自然で、まるで誰かが後ろから引っ張ったような――。


「ちっちゃいメイドちゃんに呼ばれて来ちゃった。ここからは、僕が相手するよ」


 その正体は一番信頼のおける『騎士団』だった。

 王の拾い子。新たちが救い出した少女。

 そう、レイがいいタイミングで来てくれたのだ。


「いくよ。言っておくけど、こっちは戦いのプロだからね」


 アリーゼを操る誰かに忠告をし、レイは腰から短剣を抜いた。

 第2ラウンドが幕を開ける――。

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