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2-34 タイムアップでした

 状況は時間が経つにつれて悪くなっていった。


 アリーゼは意識を失ったせいか、さらに肉体を侵食されてより暴力的な動きになっている。

 泣きながら自分をとめようとする理性もそこにはなく、ただただ機械的に目標を排除するマシーンのようだ。


 ルディはというと、その眼差しに闘志は健在であるが服の裾を切りつけられたりと危ない場面が多くなっていった。

 彼の動きが鈍っているというより、アリーゼが容赦なく襲いかかるようになっただけの話。

 これ以上不利になる可能性も十二分にある。


「なぁ、クレス。こういう事件が起きたら、この世界ではどう対処してるんだ?」


 日本だと真っ先に警察を呼ぶことだろう。

 しかし、この世界ではどうするべきか。


「こう緊急事態だと、普通は『騎士団』のみなさんに出動してもらっています」

「たしかレイもその一員だったよな……。マユ、これに頼るって選択はアリ?」


 たとえ魔法陣を使わずとも、アリーゼを魔力が尽きるまで拘束できればいいのだ。

 一番安全で、確実な方法ではないかと新は考えたがマユの答えは――。


「ナシだ」


 きっぱりと断られた。


「あれは魔道具だ。普通に手に入れられる代物じゃない。そんなものが出回っていると知られたら、世間は大騒ぎになるだろう」

「でもこの状況を解決するには一番いい方法だと思うけど……」

「今の世論を考えてみたまえよ。きっと魔道具は魔王の仕業であるとデマが流れるぞ」

「なんで、そんな都合よく――」

「あぁ。都合よく、な。偶然とは思えないタイミングで魔王が不利になるシチュエーションが出来上がるはずだ」


 なぜならこれは『黒幕』の仕向けたものだからな――。


 まだ今回の元凶である包丁が『黒幕』のせいであるとは、正確にわかっていないはずだ。

 極端な例をあげれば、悪用のために出回った魔道具がたまたまアリーゼの手へ渡ったケースもある。

 他にもクレスの財産を狙った強盗だとか、『黒幕』ではない別の凶悪犯だとか。

 これといって断定できる情報はないのである。


 それでもマユはきっぱりと言いきった。

 当然、彼女が適当なことを口走る性格でもない。


「なんでそうわかるんだよ」

「理由はいくつかある。いいか――?」


 まずは魔道具のこと。

 危険な魔道具は法律で作ることを禁じられている。

 しかもアリーゼの握る包丁はただの魔道具ではなく、魔法陣の存在しない魔道具だ。

 これはチート装備のそれと同じだった。


 次にそのターゲット。

 もしもただの強盗など、金銭目的の犯罪ならば家主を狙うはずだ。

 つまりクレスではなく、その父を。

 なのにわざわざクレスに近いメイドに包丁を流し、わざわざクレスを狙っている。

 その理由はわからないが、とにかく不自然であった。


 最後にタイミング。

 マルクのチート商売を潰すとすぐに神殿のような建物は消え、同時にクレス失踪も起こった。

 クレス失踪についてはアリーゼに魔が差しただけで偶然とも思えるが、ちょうどよく彼女の手に包丁が渡るなんておかしい。

 まるで最初から機会をうかがっていたかのように感じる。


「……どうだ、怪しさ全開だろう」

「そうだな……。マユのせいで魔道具が珍しい物ってことを忘れてたわ」

「これは、ぜひともアリーゼから包丁を渡した人間について聞きたいところだ」


 そのためにもこの事件を解決せねば。

 とはいえ、魔道具から魔力を吸収するのは容易じゃない。


「アラタ、難しく考えても時間を無駄にするだけだ。顔を隠す程度でよくないか?」

「もう時間ねぇか……。しょうがねぇ……!」


 ルディはいつ刺されるかわからない状態。

 激しい動きに合わせて散っていく汗が激戦の様子を物語っている。


 もし魔法陣を使っても、正体がバレなければいいだろう。

 最悪、この状況に終止符を打った後ならルディもミルも納得してくれるかもしれない。


「クレス、俺とマユでアリーゼを止める。そのために一回家に戻る必要があるんだ。転移魔法を使って戻るから、ミルの気を引いてくれ」

「わ、わかりました!」

「マユ。俺が家に飛んで、ダッシュで戻るから、他に欲しい物あったら言ってくれ」

「いいや。人を拘束するくらい、この一冊で大丈夫さ」

「わかった。行って――」


 その時だった。

 戦闘中の二人の動きが止まったのは。


「ルディさんっ!」


 ミルの甲高い声に新たちは顔を上げる。

 見ると包丁はルディの右腕に深々と刺さっていた。

 だがルディも包丁の柄を左手で掴み、絶対に放すまいと対抗。

 アリーゼはルディの腕から包丁を引き抜けないと悟り、より傷口を広げるようにえぐりだした。


「ルディ! 無理しないで!」

「片腕くらいで坊っちゃんの命を救えるのなら本望ですよ……! それにしても、私も歳を取りましたね……」


 どれくらいの激痛であることか。

 勢いで刺さった刃が、今度は力任せに押しあてられているのだ。

 スムーズに肉を裂けず、むしろそれがルディに痛みを与えているに違いない。

 それでもなお、彼は左手を握ったまま。


「このまま刺しておくがいいさ! 絶対に坊っちゃんだけは……!」


 傷口から溢れ出す鮮血に、誰もが危ないと思った。

 この極限状態では、もう四の五の言っていられない。


 新の隣でマユが動いた。


 もしも新がマユ自身であればそう行動していただろうし、己の行動を恥じることもないだろう。

 以前マユが言っていたはずだ。

『何が正しいかはわからない。だから自分の信じる正しさを貫くしかない』と。


 マユは堂々と、それが世間一般の正しさであるかのように――。

 政府の許可していない魔法陣に手を乗せたのだった。

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