2-33 最強が出せませんでした
クレスの言うとおり、アリーゼは一目散に追いかけてきた。
逆に考えると、それは誘導が簡単だということ。
そして、新が指示する方向にいるのは言わずもがな最強の魔女だ。
「クレス、こっちだ!」
「は、はい!」
アリーゼの刺突をルディが対処し、新とクレスは逃げるだけ。
ちなみにミルは再度新の腕の中で静かに運ばれていた。
「よし、ここを出れば――!」
マユの待つ外だ。
あらゆる魔法陣を駆使し、一瞬で問題を解決するチート級の強さを持つ。
現時点で最強の名にふさわしい魔女がいる。
「マユ、息は大丈夫か! こっちから連れてきちまったぞ!」
「おぉ……。そろそろ出陣しようかと思っていたからベストなタイミングだ」
「まだちょっと疲れてるか……?」
「なに、問題はないさ。体力を消耗して発動するならまだしも、こちらはノーリスクな魔法陣なのだからな」
マユが本を取り出し、アリーゼに向けて魔法を――。
「って、アラタ……。ギャラリー多くないか?」
この場にはアリーゼ、クレスはもちろんのことルディもミルもいるではないか。
しかもわざわざ誘導してもらったが、外で魔法陣をぶっ放すのも少し危ない。
「アラタ、適当な言い訳をつけて追っ払ってくれないか?」
「そんなの無理だろ! あのおっさんがいなかったらクレスは一瞬で刺されちまうっての!」
「そう言わずに……。他に手もないのだし――」
アラタとマユが話していると、知らず知らずのうちに決着がついてしまった。
ルディがなるべく傷つけない方法でアリーゼを気絶させたのだ。
「坊っちゃん、終わりましたよ」
「ありがとう、ルディ! 本当によかった――」
なんて、そんな簡単にはいかない。
アリーゼの体は一瞬だけ脱力したものの、すぐに回復。
否――。
もはやアリーゼに意識はない。
それでもなお彼女を動かしているのは包丁から流れる魔力のせいだ。
包丁から紫色のオーラが流れ、アリーゼの腕から全身へ。
まるで包丁が意思を持っているかのように彼女を動かしている。
「なるほど、あの包丁は魔道具か……」
マユは口元に手をあてて呟いた。
天才は何かを思いついたらしい。
「マユ、どうすればいい!」
「あの包丁の魔力を消し去れば、アリーゼとの接続が切れるはずだ」
「ど、どうやって消すんだよ。魔法陣か!」
「いいや、そんなことをせずともあちらの魔力切れまで耐えればいい」
たとえ魔道具に操られていたといても、それを操縦する人間が必要だ。
まるで包丁が意思を持っているかのように動いているのは、アリーゼの体を包丁を介して操っているもう一人の誰かがいるからである。
つまり、その誰かの魔力がなくなれば全ては解決する。
「……えっと、おっちゃん! とりあえず持久戦らしいっす! 魔力切れがどうとか……」
「魔力切れ……? 時間稼ぎをしていればいいのですか」
「そういうこと、だよな?」
「うむ」
「承知しました!」
それまでのルディにはアリーゼを無力化させようという攻めの姿勢があったが、一転して回避に徹するようになった。
少し走っただけで疲れるマユや新とは違い、ルディの体力はまだまだ残っていた。
いつ終わるか正確にわからない戦いでも、どうにか向き合っていく。
「……つっても、何があるかわからないよな。たとえばさ、相手の魔力が膨大だったらどうするんだ」
「ううむ……。しかしな、相手の魔力を無効化するなんてものができてしまったら、すなわち相手の魔法をすべて無効化することになるぞ。そんなチートな魔法陣は私にも書けないさ」
「でも、おっちゃんが刺されない確証はないし……」
気のせいか、アリーゼの動きは気を失う前よりも機敏になっている。
しかもルディだってただの人間だ。
いつかは必ず限界がくるし、そうなれば死ぬ可能性だってある。
「相手の魔力が消えるまで拘束するか……? でもマユの魔法陣には悟られないように……」
今のアリーゼはルディでないと手に負えないはずだ。
もしも絶妙な言い訳をつくったとしても、声をかけるような一瞬の油断が命取りになってしまうだろう。
「でも、このままじゃ……」
ルディがやられれば、次はクレス――。
しかし魔法陣を使えば騒がれることは確実。
考える新の袖に重みがかかった。
見ると、マユが引っ張っているではないか。
「どうした……?」
「いいや、背に腹はかえられないと思ってな。覚悟の準備をしろと言いたかっただけさ」
「待てよ。俺は別にいいけど、イデュアに迷惑がかかるだろ!」
あの皇女が『黒幕』の正体を隠す理由――。
それはまだわからないが、自分たちに言えない何かがあるからだろう。
下手に問題を起こしても、イデュアが心を開くはずがない。
すべての元凶である『黒幕』の正体を暴くことが新にとっては最優先だった。
「考えろ……! 魔法陣をこっそり使う方法……!」
制限時間はルディの体力が尽きるまで。
地獄のようなシンキングタイムがスタートする――。




