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2-27 家の連結を試みました

 今回、轟音の目覚ましはなかった。

 自然な目覚めというのはどんな寝起きよりもスッキリとしていて気持ちがいい。


 新は二度寝を考えることもなく、ベッドから立ち上がる。


「ふぅ、久々に寝たみたいな気分だ……」


 いつもなら寝起きの瞼は重く、その重さは体にまで伝わっていた。

 今の自分は絶対に冴えている。


 ――でも、やることがない。


 魔王城へ行ってもイデュアと会うのが気まずいし、クレスに会っても彼は貴族としての業務で忙しいかもしれない。

 他に暇潰しの相手になってくれそうなのはレイかミル。

 なんだか少女ばかりと話しているような……。


「あれ……?」


 新が何気なく家の中を見ていたら、一番関わりのある少女がまだ起きていないことに気がついた。

 それどころかマユは椅子に座ったまま寝ている。


 机に伏せ、静かな呼吸を繰り返すマユ。

 伏せる彼女の下には、複数枚の紙があった。

 魔法陣の研究中に眠ってしまったのだろうか。


「スライムのせいで徹夜してたもんな……。さすがに体がもたなかったか」


 新はマユの肩を揺らす。


「おーい、ベッドで寝ろよー。俺の使っていいからさ」

「――ん。まだ、あと5分……」

「いや、だから、5分でも10分でも好きなだけ俺のベッドで寝ていいって。風邪引くぞ」

「寝るの……。むぅ……」

「か、会話になってないぞ。まだ寝てるのか?」

「うん、寝てる……。布団まで運んでよ……」


 マユは目を閉じたまま顔を上げた。

 よく見ると、彼女の口からは唾液が垂れている。


「マユ、ヨダレ出てるぞ。なんか、らしくないな」

「ん、布団……。はやく……」


 運べと言われても、誰かを運ぶ経験なんて新にはなかった。

 人生初となるが、ここはお姫様抱っこを試すしかない。

 体勢的に一番楽だろうし、ちょっと憧れていたのだ。

 マユは寝ぼけている最中だから、夢を叶える絶好のチャンス――。


「ちょっと、失礼しますよ……」


 念のために断りを入れ、背もたれと背中の間、太ももと椅子の間にそれぞれの腕を差し込んだ。

 太ももに触れた片手は、あまりの柔らかさに食い込みかかっている。

 ゆっくりと上へ力を入れると、マユの体を軽々と抱き寄せることに成功。


 しかし――。


「んぁ!? な、なんだ! アラタ、これはどういうことだ!」


 なんということだろう。

 最悪のタイミングで少女が起きてしまったのである。


「お、下ろせ! どうして私を持ち上げているのだ!」

「誤解だ! マユがやれって言ったんだからな!」


 マユは新の腕の中から抜け出そうと試みたが、自分の尻がちょうど支えのない部分にはまっていて動くことができない。

 それだけ新は安定したお姫様抱っこをしてくれているということだが、今はそんなサービスを望んでいるわけではない。


「……ちょっと待て。私がアラタに頼んだのか?」

「おう。寝ぼけてたっぽいけど、俺もベッドくらい貸してやろうかなって持ち上げちゃったわけ――」

「待て! ね、寝ぼけて私が変なことを口走ってなかったか!?」

「声がいつもより女の子してたかも……。でも特に変化はなかったと思うけどな」

「私は寝起きが弱くて、いつも意識がはっきりするのに時間がかかってしまうのだ……。この口調はそこまで意識して使っているわけではないのだが、だからといって生まれつきのものでもないし、どうしてもふにゃふにゃした喋り方になってしまって……」


 マユはいきなり早口になった。


 いつもの喋り方が自然になってしまった今、それまでの喋り方に戻す理由もない。

 けれど、どうしても眠いときだけは無意識に口調が戻ってしまう。

 マユは慣れてしまったせいで、この口調でないと頭が回らない体質になっていた。

 それが余計に口調を狂わせ、そして余計に思考が止まる。


「私も女性ではあるけれど、今さら『か弱い乙女』なんて立ち位置に回るのは恥ずかしいし、なにより知的さを失いたくないから、この姿はできれば見られたくなかったというか、なんというか……。だから、その……。忘れろ!」

「そんなに恥ずかしいもんか……?」

「当たり前だ! 君は隠していたアダルティな本の在り処を知らず知らずのうちに白状していたらどう思う」

「ど、どこにも隠してねぇよ!」

「ほら! 少し赤面しているじゃないか! あんまり猫なで声を出すなんて柄じゃないし、ずっと君よりも早起きでいようと思っていたのに……。不覚だよ、まったく!」


 マユは視界から新を排除したかったが、体がフィットしているせいでそれも叶わない。

 一生の恥だ――。


「じゃあマユはどうしてここで寝てたんだよ。俺のベッド、いつでも入っていいのに」

「君は寝相が悪いからな。どこを触られるかわかったもんじゃない」

「ごめん……。俺が椅子で寝ようか……?」

「いいや、今の話は私の怒りを発散するためにからかっただけだ。とりあえず下ろせ」


 マユが落ち着きを取り戻してきたところで、新はマユを着地させた。

 暖かかった太ももの感触もおしまい。

 それでも新は夢を叶えられて満足だった。


「家と家を繋げる魔法を書いていたのだよ。キリのいいところまでやろう、と思ったら結局完成までやめられなかった」

「じゃあマユ、連続で徹夜か!?」

「いやいや、完成した後はすぐにコロリだよ。まぁまぁ眠れたし、きっと大丈夫さ」


 マユは机の上にあった紙たちを手に取った。


「ええと……。これだ、これを新居の扉に貼れば本当に終わり。その貼った扉を開けた先には、きっとこの家と繋がっているはず」

「この家のどこに……?」

「こちらはあれに貼りつける予定だが」


 マユが示した先には大きめのクローゼット。

 マユと新の所有する服は多くなかったため、ほとんど使われていなかった。

 どうやらそのクローゼットが出口になるらしい。


「服もなにも、新居に詰め込み放題だしな。ではアラタ、頼んだよ」

「あれ、マユはどこ行くの?」

「シャワーだ。昨日は浴びずに寝てしまったからね」


 新は魔法陣が3つ書かれた紙を渡された。

 マユはそれを達成すると風呂場へと消えてしまう。


 暇だったし、別にいいか――。

 どうせ、やるかやらないかを聞かれたとしても自分は「やる」と答えていただろう。


 新はさらに快適な住居のために、朝早くから外出するのだった。

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