1-2 帰宅手段を考えました
新の中には計画などなかった。
土地勘どころか、目に入っていく道は初めての景色だったからだ。
しばらく進んでいくと片方の手が重くなる。見ると、マユが息を切らして足を止めていた。
「アラタ……。むやみに走りすぎると余計に不審だぞ。今の状況をよく考えたまえ」
少女の手を引いて走る青年。しかも二人は裸足であった。
周りの人々が何か事件めいたものを感じてしまってもおかしくない。
「人目のつかない路地裏に行くべきだ。そこで次の行動を考えよう」
「ごめん。必死に走っちゃって……」
新はマユのペースを考慮せずに夢中で走ってしまっていた。
反省を胸に刻んでから、今度は歩いて薄暗い路地裏へ曲がる。
大通りの横に細く伸びた道。二人はそこに落ち着き、小さな段差に腰を下ろした。
「さて……。派手に失敗してしまったな」
「ご、ごめん。いや、魔方陣の見た目はだいたい同じだったんだけどな――」
「責めているわけではない。失敗から学んでこそ、研究というものさ」
自分のふくらはぎを揉みながらマユは続ける。
「きっと『家の中まで転移』というゴールを『家の中から転移』というスタートに書き違えたのだろうな」
特に細かい記載がない場合、『家の中から転移』は『家の中の全員』が転移してしまう。
『人間』と記載しなければそこらにあるものすべてが転移し、だが『人間』とだけ書いていたら一糸まとわぬ姿で転移する。
呪文にはとても細かく情報を書き込まねばならないのだ。
「マジでごめんな、マユ。これからどうしようか……」
まだ出会ってから一日も経過していない少女に迷惑をかけ、新は申し訳なさでいっぱいになった。
これからの話へ話題を変えたのは、そんな気持ちからである。
対してマユは特に表情を崩すこともなく返事をした。
「靴はない、場所もわからない。これは誰かの助け舟がなければ打破できぬ状況だと、私は考えるが」
「……正体は大丈夫なのかよ」
魔王に協力していることが知られていたらどうされるかわからない。
新は心配であったが、マユは落ち着いた様子のまま。
「森の奥に魔女の家があるとは噂されてしまったが、私の顔を知る人は君しかいないとも」
「あ、そうなの? でもそしたら、転移した後に逃げなくてもよかったんじゃ――」
「残念だが、国に認められていない人間が魔法陣を書いて魔法を発動させるのは犯罪なのだよ」
マユたちは生身で魔法を使えないし、買った魔法陣が不良品だったなんて嘘もすぐにバレてしまう。
悪用されないように法が厳しく定められているのだった。
「だからあの場は逃げで正解だ。その目撃者と再び出会ったらまずいかもしれないがな……」
むにむにと柔らかなふくらはぎを触っていたが、やがてその手は彼女の胸の前で組まれた。
「アラタ、君はどう思う?」
「……最悪、俺たちも魔王に捕まってたってことにしようぜ。皇女様は元気そうだってことも付け加えてさ」
「やはり嘘で欺くしかないか。できればあまり頼りたくないが」
矛盾を指摘されれば、嘘は己に牙を剥く。
そんな危うさからマユは気乗りがしなかった。
ポーカーフェイスのせいでそれを察せず、新はさらなる作戦を展開する。
「俺たちは魔王に捕まっていた。けれど、奇跡的に脱出できたから次は復讐したい。ところで魔王城ってどっちだっけ――これでよくね?」
「では問おう。君は生身でどうやって魔王に復讐を為すのだ」
「えっと……。とっておきの魔法があるんだ」
「ふむ、それはすごいな。今すぐ見せてくれたまえ」
マユが痛いところを突いてくる。
しかし、新も粘った。
声を張り上げ、大げさに法螺を吹く。
「それはできないな! 魔王もイチコロな禁呪。ここでやったら大惨事だぜ?」
「……アラタ、君はどうしてスラスラと言葉が出るのだ。常日頃から嘘つきなのかな?」
「勝手に不名誉な習慣をつけるな!」
チート能力と言ってしまえば多少の自信過剰は許されるかもしれなかった。
それに、そもそも『セーブ』の存在がある世界だ。なんの心配もしないで魔王城の場所を教えてくれるかもしれない。
「よし。私は君ほど口が達者じゃないから、コミュニケーションは任せておこう」
マユが立ち上がって言う。
新もそれに続いた。
「責任重大かよ……。もしバレて逃げることになったら、次はおんぶでもしようか?」
「私のほうが歳上なのだぞ。お姫様抱っこくらいサービスしてほしいな」
裸足の二人は日なたへと戻っていく。
今まで経験したことがないほどハードモードな帰宅が幕を開けた。