2-25 鍵穴は塞がっていました
魔王城は、今日も今日とて平和な空気が占めていた。
するべきことなど何もなく、怠惰と思えば怠惰な空間。
突然の襲撃者も来ることはない。
「――だからといって、いつまで寝ているつもりなのだ」
マユと新は『手紙』について話を聞きに来た。
もし送り主が黒幕であったとしても、今のままでは情報が足りなさすぎる。
しかし、肝心の魔王が寝っぱなしでは聞こうにも聞けない状態だった。
「我は今、3日間睡眠チャレンジ中である……。何も言わず、去れ……」
「させてたまるか。こちらは急いでいるのだぞ」
少女と幼女が言い合う姿は、新にはまるで姉妹のように映った。
仲がいいのだか、悪いのだか……。
「ほら、起きろ!」
マユが横たわるシュベールにペチペチとビンタを食らわす。
そこまで痛くはないだろうが、やられた本人の顔は不快を示していた。
「やーめーろー! まだ寝るのだ……。我は、寝る……」
「シュベール、国王へ手紙か何かを送ったことがあるか?」
「何の、話……。我は何もしていないぞ……」
むにゃむにゃ言いながらも、魔王はなんとか答えを返す。
それにしても、こんなにも無防備な幼女が恐れられているだなんて。
新は今更ながら、本当に彼女が魔王なのか疑ってしまった。
「誰か知らんやつが『イデュアを返してほしくば殺してみろ』なんて旨の内容を記し、それを見た国王がひどくシュベールを嫌っていると――」
「じゃあ、ずっと前に誤解だと言っても信じてもらえなかったのはそのせいか……。我は不貞寝する。短気な人間、ほんと嫌い……」
「終わらせようとするな! 寝ても解決はしないぞ」
「いいよ、もう……。人間のバーカ。勝手に戦争起こして自滅すればいいのに……」
こんなにも陰湿なやつが魔王でいいのだろうか。
もっと正々堂々と対立するような、かっこいい魔王だと思っていたのに。
マユは魔王が顔を伏せてしまったのを見て、対話を諦めた。
「アラタ、もう彼女はダメだ。ショックなことがあるといつも寝てしまうのだよ」
「ショックなことって、手紙がかな?」
「いいや。私たちが来た時には寝かけていたから、今の報告よりも前から何かあったのだろう」
とりあえず、シュベールが何かの作戦で意図的に手紙を送ったなんて線はなくなった。
次に尋ねるのはもう一人の容疑者――。
「イデュア、君にも聞きたいことがあるぞ」
「あら、マユが来るなんて珍しい。ちょっとハグさせなさいな」
「ち、近づくな! どうしてそうも触り方がいやらしくなるのだ!」
ただのハグなんかではなく、イデュアは体を撫でるように指を這わせて愉しんでいた。
この人もこの人で、今までよく皇女をやっていけたな――。
「触らせてくれた時間だけ口利いてあげるけど、どうするの?」
「くっ……。仕方あるまい……」
新の目も気にせずベタベタ触り始めるイデュア。
彼女のお気に入りはもちもちとした頬らしく、マユの頬をこねくり回して遊んでいた。
「……いつもそこだが、よく飽きないものだな」
「ここは一生触れちゃうってば。癒やされる〜」
イデュアの表情はだらしなく緩み、その声もデレデレだった。
もちもちと触る手が止まることはない。
「本題に入るがな、君のお父様は『手紙』を見て娘の失踪を確認したらしいのだ」
「手紙……?」
突然、イデュアの手が止まった。
顔もいつも通り、いや、それ以上に真面目な表情かもしれない。
「その手紙は、誰からのものなの……」
「私もそれを知りたいんだ。君でもシュベールでもないとなると、やはり黒幕が――」
「えぇ、黒幕よ! 絶対にそう!」
イデュアが叫んだ。
「な、なんだ……? まるで知っているかのような口ぶりじゃないか」
「あ、いえ、知ってるわけないじゃない……。勘よ……」
イデュアの声は震えていた。
ぎゅっとマユの体を抱き寄せ、そこに顔を押し当てている。
「イデュア……? 本当に、何か知っているのなら教えてほしいのだが――」
「知らない……。私はなにも……」
イデュアは泣いていた。
何かを知っているはずだが、頑なにそれを話そうとはしない。
「私は一人で勝手に家出して、それに便乗した誰かがイタズラしているだけよ……」
「本当か?」
「少なからず今は、そうしておいて。ごめんね、こんなことしか言えなくて……」
きっと何かをイデュアは知っている。
もはや、その何かが指すものさえ新とマユにはわからなかったが、黒幕に近づく内容であることはなんとなく感じられた。
だが、今すぐにその鍵を解くことは叶わないようだ。




