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2-24 まだ影は残っていました

 王からの礼であった家は『家』と表現するよりも『館』だった。

 クレスの豪邸よりも少し小さいか、同じくらいの大きさだ。

 二人っきりで住むにしてはデカすぎる。


「中もキレイだな。今はいいけど、そのうち自分たちで掃除するとなったら大変だなぁ」

「欲を言うと、私はやりたくない。そこまでこの場所で世話になることもないだろうし」

「俺一人で掃除はキツいし、無駄に広い場所で住むのも寂しいな……」


 家の中にはもう家具が置かれてあって、今日から住み始めても不自由なく暮らせそうだ。

 しかもそのどれもが一級品のような美しさである。


「このイスとか座り心地最高じゃね? マユ、家具だけでも持って帰ったら?」

「いいや、座り心地が良すぎるのも考えものだぞ。ゆるゆるにリラックスしていては、最大限の集中は引き出せないからな」

「……マユっていつ休んでるの。本当に倒れたりしないでくれよな」


 寝ない時はしばしばあるし、いつでも思考を巡らせている。

 そんな彼女が頼もしくもあるが、新は体調が不安だった。


 新自身は徹夜をしようと意気込んでもいつも途中で寝てしまう。

 自分にできないからこそ無理をするマユが余計に心配だ。


「私も休める時にしっかりと休んでいるよ。ただね、いつも言っていることだが、私にとって魔法学は快楽でしかないんだ。なるべく長く触っていないと、それこそ体調を崩しかねない」

「どんだけ好きなんだよ……」

「好きでなければここには来ていないさ。それに、今は少しだけ焦ったほうがいい――」


 マユがそう思う理由は例の『黒幕』がいるからだった。


「ノロケ勇者はイデュアがいないことの確認よりも先に手紙の発見があったと言っていたな」

「言ってた。……けど、それがどうしたんだよ」

「その者は誰よりも早くイデュアの家出を知っていたことになるのだぞ。おかしくないか?」


 皇女という立場上、誰かに家出の相談でもしたら問題になってしまう。

 だからイデュアは誰にも何も言わずに家を出た。

 兆候も見せず、突然にだ。

 だからこそ家出ではなく、誘拐だと思われてしまっているのだろうが大事なのはここから――。


「そんな突発的な行動をどうやって見抜いたのだろうか。外出するイデュアの姿をたまたま見かけたとしても、それが家出とは断言できないだろうに」

「例えば、人の考えが読めるとか……」

「あるかもしれないぞ。なにせ相手はチート能力を生成する仕組みだって知っているのだから……」


 マユが焦ったほうがいいと思うのはここだ。


 相手は絶対に強大な力を持っている。

 もしも自分たちがその力に立ち向かうとしたら、鍵となるのは魔法陣。

 相手がチートで襲いかかるなら、自分もチート級の魔法陣を開発せねばならなかった。


「まぁ、まだ手紙を書いた犯人が黒幕であるという証拠もないし、もしかしたら本当にシュベールやイデュアが仕組んだことかもしれない」

「なんか、疑心暗鬼になるなぁ……」

「信頼のためにも、もう一度彼女たちと話し合う必要があるかもしれないな」


 マユはそう言うと、館から出ていこうとした。


「もう帰っちゃうのか……?」

「ああ。まずはあちらの家とここを連結させる魔法を考えてみるよ。その後にシュベールと対談だ」

「待って、俺も行く」

「おや、ここに住むんじゃなかったのか?」

「だってここ、飯がないじゃん」


 食べ物を無限につくり出す魔道具のせいで、新には手持ちの金がなかった。

 逆にそれは、魔道具がなければ食事できないことを意味する。


「二つの家が繋がるまで、ここは放置だな」


 新はマユが館を出た後に続き、扉の鍵を閉めた。

 近所への挨拶も、また今度やることにしよう。


―――――――――


「クレス様。アリーゼも言うタイミングを逃していたことがひとつあります」


 マユと新の新住居と自宅までの道のりは途中まで一緒だった。

 しかし、さすがに隣近所というわけでもなかったのでクレスは彼らの家には寄らず、そのまま帰宅することを選んだのだ。

 そんな帰り道でアリーゼが話しかけてきた。


「どうしたの……?」

「クレス様が気を失っていた時にアリーゼが調達した包丁、今はどこにありますか」

「え……? キッチンに置いておけば、正しく使われると思って持っていったけど」

「あれ、実はそこらのお店で買ったものではないのですよ」


 クレスが失踪したことに世間はざわついていた。

 だからアリーゼは正面から凶器を調達しようとは思っていなかったのだ。


「なんだか都合よく、包丁を売っている方がいたんですね。今考えたら、怪しさ全開ですが……」

「お店とかじゃなくて、森の中に?」

「はい。旅人だと名乗っていましたが、やはり怪しいのであの包丁は使わないほうがよろしいかと」


 この世界では国と国を渡り歩く商人兼旅人が少なからずいた。

 自分の脚で商品を直々に売り、それを資金に旅を続けるのだ。

 しかし、今回は人が踏み入ってはならない森の中での出来事。

 冷静さを欠いていたアリーゼは何とも思わなかったが、今になってみると不気味だ。


「包丁なんかじゃ、あまり変わらないと思うけど……。アリーゼが言うなら、みんなにも知らせておくよ」

「ありがとうございます。どこか胸騒ぎがして……。まるで、内側から蝕まれているような……」


 アリーゼはその感覚が、ただの勘違いであってほしいと願った。

 まだ太陽は真上にあるはずなのに、なぜか自分の影がどこまでも長く伸びているように見えてしまったことも。

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