2-21 お礼を提案されました
新が国王城を正面から見たのは初めての経験だった。
白い外壁が光の反射でさらに明るく感じる。
「クレス・アドガー・ミュケアーズ。国王様の命で参上しました!」
「従者のアリーゼです。こちらが『泥棒』のお二人になります」
門番の前で自己紹介をする貴族とその側近。
「な、なぁ、マユ……。俺、こういう礼儀作法とか知らないんだけど……」
「真面目だな、君は。私たちは元スラム街の貧民だという設定だろう? 戸籍さえ存在しない闇の住民が、そんなことを弁えていてたまるか」
泥棒二人はヒソヒソと話した。
門番はその姿を訝しみ、二人を睨むようにして見る。
「皆様、どうぞこちらへ――」
しかし、怪しさ全開の『泥棒』は王が会いたがっている人物。
門番の男が先導し、城の中の案内を始める。
クレスがそれに続き、アリーゼはそのすぐ横へ。
マユと新はその二人の後ろへついた。
城中には多くの人がいた。
どれもこれも国の要となる重要人物な気がして、新の胸が締めつけられる。
「マユ、帰っちゃダメ……? なんか体調悪くなってきた」
「なにを言うか。一度は盗みに入ったことがあるというのに――」
「ここでそれは禁句だって! バレたらどうすんだよ!」
先導していた門番が二人の声を聞きつけて振り向いた。
「……どうかされましたか」
「な、なんでもないです! いやー、王様に会えるの光栄だなっ!」
「国王様の前では謹んだ行動をお願いします。くれぐれも失礼のないように」
門番はギラリと新を睨みつける。
男の身長は新よりも大きく、その圧力は予想以上だった。
「ごめ、ごめんなさい……」
緊張感の中、盗みに入った時とは別のルートで王の部屋へと進んだ。
少しずつ人の声も聞こえなくなり、空気はより重々しくなる。
「国王様はこの中でお待ちです。お入りください」
男が促すと、クレスは何も言わずに扉を開けた。
「国王様、あの二人を連れてきました!」
クレスが言った。
重かった空気が嘘のように思えるほど明るい声だ。
扉から伸びる赤いカーペット。
その先に厳格な雰囲気を帯びた男性がいた。
「ご苦労。会いたかったよ、『泥棒』のお二人」
王――フェルディは新たちの前へやってきた。
そのまま手を差し出す。
どうやら握手を求めているようだ。
「あ、どうも……」
新はその手を掴み、握手に応じた。
「まだ緊張しているようだが、心配はいらない。君たちを捕らえたりすることはないから」
「あ、えと……。なんで呼ばれたんですかね……」
「あぁ、もっと肩の力を抜いて。レイを救ってくれた恩人なのだから、対等に話そう」
王は握手と別の手で新の肩を軽く叩いた。
想像よりもずっとフレンドリーな対応だ。
王は新から手を放し、次はマユへ。
「――君もレイを助けてくれたのか? 危険な目に遭わせて申し訳ないね」
「む。私のことを子供扱いか? まぁ、盗みができるような身体能力はないが……」
「これはすまない。そういう意味で言ったわけではないのだが――」
「ちょっとマユさん、さすがにまずいんじゃ……」
「いいや構わないよ、クレス君。今日は私が礼を言うためにわざわざ来てくれたんだからね」
王は近くにあったソファーへ向かって「座りなさい」と全員へ指示した。
全員が座ったところでいよいよ本題が始まる。
「――さて、まずは礼だ。クレス君はいいとして、君たち二人は貧しい生活を迫られているのではないかな」
盗みを働くのは生きるためであると、王の考えは前向きだった。
「そこでだ。君たちには家をプレゼントしたい。ここの近くにあるのだが、ぜひとも貰ってくれないか?」
「私たちにも家ならある。必要なのは資金だ」
マユがざっくりと提案を切る。
これに驚いたのは新だった。
「いいじゃんか! あそこオンボロだし、引っ越しを考えてみても――」
「しかしな、アラタ。私たちがこの城の近くにいる意味なんてないのだぞ」
人目につくような場所で堂々と住めば、魔法陣のことがバレるかもしれない。
それに魔法の試運転も、森の中でしかできないことだった。
「受け取るかどうかは君たちの自由で構わないさ。だけれど、ひとつ聞かせてほしい――」
ここで王の目つきが変わった。
「君たちは、どうやってマルクの悪事を見抜いたのかな」
魔王と協力し、チート商売を潰す流れで――とは言えない。
「俺たち、『泥棒』ですから。金持ってそうな人は匂いでわかるんすよ」
「匂いで……。しかし、マルクの家からは1バペルも盗まれていなかったと……」
「それは、レイを見捨てられなかったので……。クレスはたまたま近くにいたから、協力してもらっただけです」
「なら、どうして今まで正体を隠していたんだ? 君たち、実は一般市民から盗んだことはないんじゃないかい?」
王は一息おいて、心の底から聞きたかったことを尋ねた。
「レイは隠し事をすると頬を触る癖があるんだ。君たち、本当は何者なのかな……?」




