2-19 スライムの脅威を味わいました
「お待たせ、スライム貰ってきたぞ」
新がスライムが入った透明な袋を複数個マユに渡した。
新はクレスが去った後にもう一度魔王城へ訪れていた。
ベルからスライムを貰うのと、レイを連れて戻るためだ。
レイはそのまま帰るのかと思ったが、またもや新の家に寄りたいと言う。
どうせ寄ったところで面白いものはないだろうに――と新は内心で訴えたが、断る理由もないので好きにさせることに。
「ご苦労。魔物としてのスライムは初めて見るが、本当に水色なのだな」
明るめの青っぽい色。
日本でもおなじみだった色とよく似ている。
「ベル曰く、魔力が濃いほど色も濃くなるんだってよ。だからその色の源は魔力がどうとか、なんとか」
「なかなか興味深いな。早速、観察してみようか」
マユが袋のひとつからスライムを取り出そうと手を伸ばす。
指でつついてみると、ぶにぶにとした感触だった。
「おぉ、どことなく癒やされる触り心地だ……。なんか、飼いたくなってきたぞ」
「マ、マユちゃん、スライムはそんな気安く触らないほうがいいよ!」
レイが常識知らずの異世界人に忠告をするが、遅かった。
スライムはマユが触れた指に吸いつき、這うようにして手の全体を飲み込もうと広がっていく。
「うわわ……。私としたことが、迂闊だったな」
「でも、小さいスライムでよかったよ。大きいと吸う魔力の量も多いから、すっごい疲労感が襲ってくるんだよね。命の危険はないらしいけど」
「私とアラタには魔力が宿っていないから、どちらにせよその心配はいらないのだが……。それより、そんな感想が言えるということはスライムに飲まれた経験があるのだな?」
レイは恥ずかしそうに頷いた。
「転んだ拍子に触っちゃって……。まぁまぁ大きかったから、スライムが服の下まで――」
「それ以上はいいよ。アラタがいない時にでも話してくれ」
この流れは絶対に男子禁制な話だろう。
レイが恥ずかしそうにしていた理由は、この経験を思い出したからなのかもしれない。
「私が知りたいのは対処法だ。この、手に引っついて離れないやつはどうしたら剥がせるかな」
マユの手を包み、さらに腕へ伸びようとするスライム。
しかし、体の大きさが足りずに手だけが精一杯に見える。
大事にはならないだろうが、それでもずっとこのままなわけにもいかない。
レイはマユの質問に気まずそうにして答えた。
「えーっと、実は剥がせないんだよね……」
「剥がせない……?」
「うん……」
スライムは強い衝撃が加わると瞬間的に硬化する特性があった。
つまり、勢いよく抜こうとしてもスライムが固まって固定されてしまうのだ。
しかし、ゆっくり触るとスライムの中に吸い込まれる。
粘性が強いせいで振りほどくこともできない。
「レイノルズ現象のようなものか。だが、一生このままというわけにもいかないぞ」
「満足するまで魔力を吸収させたら離れてくれるけど……。マユちゃんには魔力がないんだよね」
「うむ。前例なし、か……?」
「そうだね……」
マユは困り顔で新を見つめた。
なんとかしてくれと懇願している。
「……ベルがさ、『スライムは反射的に動く』って言ってたんだよ。だから、マユについてるスライムにレイが触ればいいんじゃないか?」
レイが触れればそちらに移動し、魔力を吸いだそうとするはずだ。
マユは自由になるし、いつかはレイも解放される。
「レイには申し訳ないけど、協力してくれない?」
「うん。アラタの頼みならなんでもやるよ!」
レイはニコニコと無邪気に笑って引き受けてくれた。
迷わずマユの手についたスライムを触り、予想通りそれがレイの手に――。
付着した瞬間、それは分裂した。
ひとつだったはずのスライムがマユとレイの手、それぞれひとつずつに増えたのだ。
「アラタ、失敗したぞ!」
「見りゃわかるわ!」
「これからどうしてくれるのだ!」
「え、俺、責められてる……? こればかりは予想外すぎてしょうがないだろ。なぁ、レイ――」
新がレイを呼んですぐ、レイの体がビクンと跳ねるのを見た。
「あ、あぁぁ……。今、吸われてるぅ……」
レイはその場で座り込み、恍惚としたような苦悶のような、複雑な表情をしている。
「レ、レイ!?」
「アラタぁ……。ま、魔法を使う時はね、なんともないの。だけど、無理やり吸い出されると、力が抜けちゃって――」
彼女の手元のスライムは、マユのとは違って激しく波打っていた。
まるで液体を飲み込む喉のような動きだ。
色も少しずつ濃い青色へと変わりつつあるが――。
「ふぁっ! あぁぁぁぁっ……!」
まだ吸収は終わらない。
顔を上気させ、ビクビクと震えるレイ。
彼女の声も非常にきわどい。
酷い目に遭ったばかりなのに、こんなことをさせた申し訳なさが新の心にはあった。
同時に別の妄想も――。
「……アラタ、変なこと考えてるな?」
「なっ……!」
図星だった。
レイがどうこうというわけではない。
ただ、スライムを利用して何かできないかと考えていたのだ。
なにか弁解をしようと、ふと目線が下に落ちた。
その時、新はマユの手にスライムがないことに気がつく。
「あれ……? マユ、取れたのか」
「あぁ。しばらく吸われていたのだが、突然スライム自身が移動してね。恐らく、私に魔力がないとわかって諦めたのだろう」
「じゃあレイは頼まれ損かよ……」
この後、レイのスライムも満足して手から離れてくれた。
レイは息を荒くし、ふらつく足取りで帰ることとなった。
「彼女がさらに大きいスライムに襲われた時はどんなだったのだろうな……」
マユのとんでもない発言に、新は一晩中悶々とすることになるのだった。




