2-18 みんなが家族でした
「ただいま」
数日ぶりの帰宅。
室内は何も変化がないはずなのに、クレスの目には今までと違って見えた。
家の中は暖かい。
とても暖かい――。
感動もつかの間、誰かの帰宅を聞きつけてかバタバタと足音が聞こえた。
音の主は小さなメイド。
「クレス様!? どこ行ってたんですか!」
ミルはクレスを認識すると怒ったように言った。
彼女の目元にじんわりと涙が浮かんでいる。
「ごめんごめん。……アリーゼと散歩しててさ」
「お散歩なわけないでしょ! その不自然に持ち歩いてる包丁とか怪しすぎですよ!」
ミルの洞察力は凄まじかった。
もう事件の全容をなんとなく想像できている様子だ。
「ちょっと、お耳貸してください!」
ミルが背伸びをした。
クレスも彼女の口に自分の耳が近づくように屈んでやる。
「……犯人はアリーゼさんですよね。もう大丈夫なんですか?」
ミルの言葉が終わると、クレスは返事の代わりに手を伸ばす。
きれいな片手が小さい少女の頭を撫でる。
「心配かけてごめん。もう大丈夫――」
クレスは言いながら隣にいるはずのアリーゼを見た。
ミルをこれでもかとキツく睨み、以前と進展はなさそうな態度だ。
「アリーゼ、顔怖いよ!」
「はっ! 口で言うべきでした……」
アリーゼの嫉妬心はそこまで変わっていないようだが、行動が違うだけで平和になれる。
そう学んだ。
「アリーゼもクレス様に愛撫していただきたいです。言うと恥ずかしいですね、これは……」
「い、言われるのもちょっと恥ずかしいかも……」
「あの、見てるほうが一番恥ずかしいのですが……。え、お二人ってそんな仲でしたっけ」
ミルはアリーゼとクレスが仲良くなったと思っているが、そうではない。
むしろ彼らの関係は昔の状態に戻ったのだ。
姉と弟――。
メイドと主人だけじゃなく、さらに踏み込んだ関係へ。
「アリーゼとクレス様の絆は、お子様にはちょっと難しい話ですよ」
「うわ、煽った! ほんの少しだけアリーゼさんのことも心配してあげたのに……」
「心配してくれなんて頼んでませんからね」
「うがー! 私、ロリコン相手になら不敗の口論力を持っていますからね! いつか絶対に打ち負かします!」
こうやってアリーゼがミルに噛みついたのも良い傾向だ。
いつもならば黙々と殺意を育て、黒い感情をクレスにぶつけていた。
しかし今は、はっきりと口に出して言っている。
アリーゼはクレスに体を寄せ、ミルに勝ち誇った笑顔で自分の気持ちを伝えた。
「アリーゼはクレス様が好きなので。もし敵になるというのなら、早めに諦めたほうがいいですよ」
「ふーんだ! 別に、クレス様になんて恋してませんし! 余計な忠告ありがとうございますー!」
「え、ミルも僕のことを――」
「本当に違います! 私はルディさんみたいな大人の男性がタイプですから」
ミルはそれを言い終えてから、本当に言うべきことを思い出した。
恋バナどころではなかったのだ。
「――そういえば、すぐに国王城へ行ったほうがいいですよ。なんかお呼び出しがかかってるみたいです」
「……僕が?」
「当たり前でしょう、他に誰がいるのですか」
もう空は夕刻を伝えている。
それにクレスの体力も限界で、今日くらいは休みたかった。
「明日行くよ。今日はみんなに謝らないといけないし」
「クレス様、アリーゼのせいで申し訳ありません」
「ううん。アリーゼのせいじゃないよ」
クレスがしょんぼりしたアリーゼに手を乗せた。
ミルほど身長差があるわけではないから、比較的撫でづらい。
クレスは照れくさくなってすぐに手をどけてしまう。
「これでいい……?」
「まだやめないでください……。もうちょっと撫でてほしいです」
「あ、後でね! 今は、ほら……」
ミルがだらしない顔でこちらを見ていた。
二人のいちゃいちゃにテンションが上がったようだ。
「なんか負けた感じしますけど、悪くないですね。今夜は精力のつくご飯にしましょうか」
「ミル、変なこと言わないで……! そういうミルも、なんか雰囲気変わったね」
「まぁ、ストレスのはけ口になってくれるロリコンがいたので。すっきりしてます」
メイドは住み込みで主人に尽くしてくれる。
形式的に上下関係はあるものの、クレスはそんな彼女たちと対等に話すのが楽しかった。
もうこの幸せを忘れないでおこう。
「じゃあミル、僕たちは部屋に行ってるから。アリーゼ、さっきの続きしに行こ……」
「はい……」
「お熱いですねー。私にもいい人がいたら紹介してくださいよ」
「男の人か……。僕が知ってるのは、アラタって友達が――」
「アラタ……!? 聞かなかったことにしておきます」
ミルが新をサンドバッグにしていることなんてクレスは知らなかった。
ミルも、そんなヘタレロリコンがまさか魔王の手先であるなんて思いもしない。
けれど、そんな悪の権化のおかげでクレスもアリーゼも、大切なものを思い出す結果となったのだった。




