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1-1 魔法陣を書きました

 マユと新は行きにも歩いた道を戻り、やがて家へたどり着いた。

 この時、新は初めて家の外観を目にする。


 レンガでできた家。

 レンガの色は()せ、所々に(こけ)が生えていた。建物の年季を感じさせる。


 マユが扉を引く。そこだけは木でできていた。


「さて。私は転移魔法のストックを書くが、君はどうするかな」

「お、俺も魔法使えるようになりたい!」


 もしファンタジーの世界に来たら魔法を習得したい、と思う人間は少なからずいるはずだ。

 新もその一人であった。


「ではこの本を読みたまえ」


 マユが新に渡した本はとても分厚かった。

 まるで辞書。


「何これ……」


 中を読んでみるが、今まで見たことのない言語で書かれている。


「魔法陣の書き方だ。それ一冊で基礎から応用まで学べるぞ」

「よ、読めないんだけど……?」

「その言語を私は『魔法語』と呼んでいる。安直な命名だがな」


 その言語はただ魔導書に使われているだけではなかった。

 魔法陣の周りに書く呪文。それも魔法語でないと機能しないそうだ。


「幾何学模様の法則は魔法のベースとなる。転移なのか攻撃なのか防御なのか、それらを決めるのだ」


 対して呪文は詳細な設定を決めるのであった。

 転移ならばどこへ行くのか。攻撃ならば火球を出すのか電撃を出すのか、など。


 その説明で新は絶望する。


「この謎言語をマスターしないと自由に魔法が使えないってわけか……」

「その通り」

「……マユはマスターしてるんだよな?」

「もちろんだとも。一週間ほど引きこもって没頭したものだよ」


 新の絶望がさらに深くなる。

 一週間も引きこもり、勉強しかしないなんて生活は考えたくもなかったのだ。


「……マユが書いた魔法陣は俺にも使えたりする?」


 それを聞くとマユは机に向かった。机の上はやけに散らかっているが、彼女は気にせず何かを書き始める。

「もちろん。本来、魔法陣は魔法が使えない人用の便利グッズなのだからな」


「えっ、便利グッズってことは買えるの?」

「やめておけ。魔法陣が書ける人間も多くない。なかなか高額だと聞いたぞ」


 魔法語はあくまでも魔法陣用の言語。

 この世界の公用語でもなければ、魔法陣以外に用途はない。おまけにここでは努力すれば自力で魔法を出せるのだ。

 魔法陣を書ける人間は魔法を使える人間よりも少ないのだった。


「……俺、思いついちゃった」


 新が話の流れを気にせずに切り出した。


「魔法語がわからなくても模写すればいいんじゃね。マユのお手本を見ながらさ」

「ほう、それは試したことがないな。一度やってみたまえ」


 今、マユが書いているものは転移魔法の魔法陣であると思っていた新は何も考えずに覗き込んだ。

 彼の接近に気がつくと、マユはすぐさま筆をとめて書いていたものを隠す。


「アラタ、なぜ無言で私のノートを見ようとしたのだ!」

「あ、いや、マユが今書いてる魔法陣を模写しようと思って……」

生憎(あいにく)だが、これの中身はそんなものじゃない。もっとプライベートなことを書いた手記だ」

「ふぅん……」


 新の中に下心があるわけではなかった。

 しかし、気の抜けた返事がいけなかったのだろう。

 マユは新が自身の手記を狙っているように感じたのだ。


「こ、これは私の脳内そのもの。絶対に見てはならないぞ……!」

「見ないって」


 警戒の目を向けるマユに、新は「ならば最初から文字にしなければいいのに」と思った。

 新を気にしながらサラサラと続きを書いたマユは、それとは別の書を取り出す。


「……魔法陣はこれを参考にするといい。中身は全部、私が書き上げたものだ」


 書を開き、ページを()る。

 ひとつのページにひとつの魔法陣。端には、それがどのような魔法を発動させるのかを日本語で記していた。


「失敗しても危なくないやつ……。便利そうだし転移魔法でいいか」


 新は『自宅まで』と書かれた魔法陣に目をつけた。

 マユから紙とペンを借りて、丁寧に書き写してみる。

 円を書き、模様を書き、呪文を書き。


 家の中は紙とペンがこすれる音だけで満ちていた。

 新もマユも、己の眼前にある図形を作り上げるためだけに。


「できた……!」


 しばらくしてから新の声が静けさを裂く。


 模写した魔法陣は完璧な美しさではなかったものの、なんとかそれらしき形にはなっていた。


「よし、じゃあ使ってみるか。……魔法陣ってどう使うんだ?」


 新の言葉にマユが反応する。

 首だけを動かし、模写された魔法陣を見てから問いに答えた。


「それは『右の手のひらで触れると発動する』ように設定してある。呪文によって発動方法さえも細かく決められるのだよ」

「よし、初魔法! いざ!」


 新が右手を魔法陣に重ねる。すると、紙が青白い光を放った。

 光は部屋中に広がり、マユも眩しそうに顔を背けていた。


「アラタ、どこか書き間違えていないかな!」

「自信ない! 特に呪文がムズくて――」


 バンと破裂音がした。

 実際には破裂音など出ていないのだが、転移魔法に巻き込まれた瞬間だけ聴覚と視覚が失われるのだ。


 そのことを知らない新。

 白い視界と何も聞こえない耳でパニックになりかけたが、それも転移する瞬間だけ。

 (まぶた)をすり抜けて眼球を刺す光は消え、ざわざわとした声も聞こえるように。

 少しずつ目を開けると――。


「あれ、ここどこ……?」


 森の中ではありえない日の光。

 きょろきょろと見渡すが、なぜか隣にはマユがいた。


「私も外出はあまりしたことがないから、そこまで詳しくないのだが……。ここは商店街だろうか」


 ざわざわとした声の正体は転移魔法に驚いた一般人たちだった。短い時間のうちに人だかりができ、この地域に活気があるという事実を伝えている。


 ここはサリア王国の王城近く。近辺の中ではもっとも物流が栄えている場所であった。

 しかし突然転移してきた男女に、多くの人々が不審がっているようだ。


「なぁ、これ逃げたほうがいいよな」

「……うむ。ここでじっとしていては騒ぎが大きくなるだけだとも」


 新はすぐマユの手を引き、前へ駆け出した。


 とりあえず初魔法は失敗。家の前でなく、なぜか商店街へ転移することに。

 そのうえ新が夢中で駆け出した方向は王城側。レンガの家が待つ森とは逆方向であった。

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