2-11 本当のことを言う時がきました
子供のころはスラム街で暮らしていました。
名前も顔もうろ覚えですが、どなたかが助けてくださったのことを今でも思い出します。
でもその人はアリーゼを助けたいというよりかは恵まれない人間全員を救いたかったようで、ある日、みんなの前で仕事について話をしていました。
働かねば生きていけない――。
今のアリーゼにとっては常識になりましたが、当時は労働なんて概念がなく、お金は武力で強奪するものだとばかり考えていました。
だから、お話を聞いた後はどうしても仕事がしたくなって……。
学のない自分にできる仕事なんて奴隷としての奉仕しかなかったので、その道を選びました。
男性は奴隷になると厳しい肉体労働を強いられますが、女性はそうではありません。
女性が買われると、以降は所有者の欲望を処理する道具として扱われます。
アリーゼにとってはどうでもいいことでした。
生きていけるのならば、自分の価値が道具ほどであっても構いません。
しかし覚悟も虚しく、アリーゼは奴隷にはなれず――。
「今日からここが君の家だよ、アリーゼ」
なんか、とても優遇された環境にいました。
「……アリーゼはここで何をすればいいのでしょうか」
「掃除や洗濯、ゆくゆくは料理なんかも。大丈夫だよ、ゆっくり学んでいこう」
「夜は……?」
「君、まだ10歳だろ? その質問は誰かに教え込まれたのかい」
どうやらアリーゼを処理の道具としては使わないようです。
教え込まれたというよりも、お金を稼ぐ最終手段として性的なことは自分から学んでいました。
実践は経験ゼロですが……。
「あぁ、それとも、我が家の空気は合わなかったかな。ここが嫌なら孤児園にでも保護してもらおうか」
「いえ……。ちょっと、考えていたのと違って……」
「ごめんね。不満は遠慮なく言ってほしい。どこがダメかな?」
「違います。いい意味で、です。考えていたのよりも暖かくて、いい場所ですね」
アリーゼの頬が緩むと、あちらも微笑んでくれました。
「そうと決まったら会ってほしい人がいるんだ。まずはルディ、君に仕事を教えてくれる人だ」
――今思えばこの出会いは運命で、必然で、同時に毒にもなってしまうものだったのです。
「その後にクレス。私の息子で、今日から君の弟だよ」
これがアリーゼとクレス様の出会いでした。
―――――――――
「おかえり、アラタ」
マユは扉の音を聞くと、今度は誰が家に入ってきたのかを確認してから言った。
新は家に入るなり、殺意にまみれた女に気がつく。
「だ、誰だこれ……! 包丁持ってんじゃん!」
「ノロケ勇者のフィアンセだ。彼女がメインヒロインで、私とは遊びだったのだな」
「あれ……。妬いてます?」
「いいや。ただ、自分が遊ばれていたと考えたら腹が立っただけさ」
クレスなんてどうでもよかった。
相手が誰であれ、自分のことを手軽に遊べる都合のいい女だと思っている人間がいればこんな気持ちになるはずだ。
「――ってそうだよ! クレスがいたんだって!」
「……魔王城にか?」
「そうそう! ベルが運んできてくれて、今シュベールが治療してる」
二人が話していると、女性が『クレス』というワードに反応する。
「んー! んんー!」
「うわっ! びっくりした……」
「話せないよう、彼女には魔法をかけたからね。唸り声でアピールするしか手段がないのだよ」
「魔法って絶対に解けないよな……? 超怖いんだけど」
女性の顔は怒りでぐちゃぐちゃだ。
目は飛び出るほど見開かれ、歯は食いしばりすぎて口内から出血していた。
刃物を握る手にはずっと力が込められており、いつでも切り裂く準備はできている。
「――で、アラタはどうして戻ってきたんだ? 魔法陣ならこのまま書き続けるぞ」
「あっ、そう……。じゃあ魔王城には……」
「行かない。あぁ、帰りにはノロケ勇者を連れてきてほしいけれどね。この女の対処も彼に任せたいし」
マユはカリカリとペンを走らせながら会話を続ける。
「あと、あの男にはどう説明するつもりだ?」
「何を?」
「魔王城について。もう真実を伝えるのかい?」
「……アイツなら納得してくれるよ。なんせイデュアが望んで捕まってんだもんな」
「ふむ。そうだな、彼なら大丈夫か」
マユはクレスが気持ちを整理できなくなり、敵に回る可能性が怖かった。
貴族である彼を敵に回せば、たちまち世間に話が広がってしまう。
そうなれば自分たちが捕まってしまうのは必至。
国王城侵入や魔法陣の無断生成など、自分たちの被る罪は少なくない。
だけれど、考えてみればクレスも同じ罪を犯した共犯者だ。
魔王と新について、口外する気はないだろう。
「それじゃ、また行ってくるわ」
「帰る時は勇者を忘れずに連れてきてくれよ」
「わかってるって」
新はまたもや魔王城へと転移する。
とうとうクレスに自分の正体を告白する瞬間だ。




