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2-8 犯人直々のお出ましでした

 家の中は紙とペンの擦れる音だけが満たしていた。

 たまにマユが独り言を漏らすが、そこまで頻繁には出てこない。

 それでもマユにとっては至福の時間である。


 今まで書いたことのない魔法陣を作るには、まずは基礎となる『式』が必要だ。

 式といっても、本当に数式で表すわけではない。


 すでに存在する魔法語を組み合わせて、魔法を付与する対象や内容を決定せねばならない。

 魔法語は英語の筆記体みたいに文字同士が繋がっていて、必ず一筆書きをするのがルールだ。

 繋がる文字の組み合わせも決まっていて、魔法陣を書く時の最大の壁がそれだった。

 たとえ書きたい内容の魔法語を知っていたとしても、組み合わせがうまくいかなければ無効となってしまう。


 つまりハイクオリティーなものを書くためには相性の良い言葉をつなぎ合わせ、かつ、問題を解決するために的確な中身にしなければならない。


「なかなか、骨が折れるな……」


 マユは3号目となる試作品を書いてみた。

 しかし、結果は失敗。

 マユの知っている単語だけでクレスの居場所を知れる魔法を書こうとしたら、どうしても単語の接続がうまくいかない。


「もう少しだけ回りくどい言い回しにするべきかな」


 マユ流魔法陣の裏技――。

 単語の接続相性を良くするために必要のない小さなおまけをつける。


 例えば今回の場合、クレスのいる場所を特定するために匂いを視覚化する能力を考えていた。

 そこに『魔法使用者の衣服にも効果を付与』といった言葉をつけ加える。

 転移魔法には大切な言葉だが、たとえ服が匂いを見えるようになったって何も変わらない。

 だが『魔法使用者のみに効果を付与』よりも『魔法使用者の衣服にも効果を付与』のほうが、その後の単語と相性が良いケースもある。

 どうしても魔法陣が発動してくれないなら、そんな切り札に頼るしかなかった。


 マユが黙々と試作品4号について試行錯誤していると、家の扉が開いた。


「……おかえり、アラタ」


 マユは眼前にある紙にだけ集中していたため、振り向きもせずに言葉を発する。

 それが新でないとも気がつかず――。


「動かないでください。泥棒猫さん」


 背後に回った誰かが、マユの首筋に刃物を突き立てる。

 無防備だったマユは突然の危機に冷静だった。


「……誰だ。私は泥棒になった覚えはないよ」

「いいえ。最近、(ちまた)を騒がせている泥棒とはあなたのことでしょう?」

「私は盗んでいないのだがな……。まったく、有名になるのも困ったものだ」

「ふざけないでください。指の一本くらい落とせばおとなしくなりますかね」


 刃先がゆっくりとマユの左手に近づき、寸前で止められる。

 もしも次に相手の機嫌を損ねたら、きっと下へ振り下ろされるだろう。


「君の目的は? どうすれば解放してくれるかな」

「解放なら、あなたを殺した後にしてあげます。その処刑も言い訳をたっぷり聞いた後に、少しずつ――」

「殺されてしまうのか……。それは避けたいのだが」

「今さら後悔しても無駄ですよ。私から盗んだ代償です」

「盗んだ……? 何をかな――」


 ダンッ――と刃物が硬いものに当たる音がした。


 刃物を振り下ろした本人はマユの皮膚を裂き、肉を切り、骨にまで達した手応えに思えたが実際には何も切れていない。

 自分の腕は空中で止まり、何もないはずなのに刃物から手応えを感じる。

 目の前に見えない壁があるかのようだ。


「残念。この家のセキュリティを舐めないでほしいな」


 マユがレンガの家に書いた大型魔法陣は防犯も兼ね備えていた。

 命の危険があるような場合には、強制的に怪しい行動をした人間を拘束するのだ。


「くっ……! この泥棒!」

「だから、私が何を盗んだと言うのだ」


 マユがようやく振り向いた。


 刃物を振りかざしていたのは女性。

 汚れたメイド服姿の女性だ。


「アリーゼの、クレス様をですよ!」


 アリーゼは叫んだ。


 クレスがルディに友人の話をしていた時、アリーゼは立ち去ったふりをして盗み聞きしていたのだ。

 そして、ちょうど聞いた情報を頼りに森にある家を発見した瞬間――。

 そこに見えたのは、手をつなぐクレスとマユだった。


「……君はなにか誤解をしているぞ。私はあの男を好いていないし」

「黙れ! 殺す、殺す殺す! 死ね、死ねー!」


 アリーゼは憎悪のままに暴れようとしたが、体が固まったまま動かない。

 (つば)を飛ばし、発狂することしか彼女には残されていなかった。


「うるさくて集中できないな……」


 マユはひょいと一冊の本を取り出し、アリーゼに向けて魔法を発動した。


「『黙殺(イグノーイング)』、少し黙っていてくれ」


 途端にアリーゼは閉口し、何も話せなくなってしまった。


 黙殺(イグノーイング)は相手を話せなくし、魔法の詠唱をストップさせるために作ったものだ。

 まさか、ただ黙らせるためだけに使うことになるとは。


「アラタが帰ってくるまでこのままにしておこうか……」


 思いがけない訪問者に、今更ながらマユは戸惑ってしまう。

 とにかく今はメイドの女性と対話できそうにないため、魔法陣作りに(いそ)しむのであった。

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