2-6 問題解決とは関係のないおつかいを頼まれました
「――しかし、彼を捜すにはどんな魔法陣を書くべきかな」
「え、『クレスの居場所がわかる』って内容は書けないの?」
マユの疑問に、新はさらなる質問をぶつけた。
どんな魔法陣が必要なのかというと、もちろんクレスを見つけてくれる魔法陣である。
だがそう簡単ではないようだ。
「私が求めているのは結果でなく経緯だよ。ノロケ勇者を発見する『結果』を実現するためにはどのような効果、つまりは『経緯』が必要なのか考えているのさ」
「んん? どういうこと?」
「例えば、そうだな――」
新は以前、日本語では『投げる』と記されていた魔法陣を使ったことがある。
その魔法陣を展開した後に投げた物体は必ず命中させることができる、といった内容だ。
「この『命中する』という文言はあくまでも結果だ。その魔法陣に投げた物が命中するなどといった経緯は直接書かれていないよ」
では魔法陣に何が書かれているのか。
「これは『投げた物を等速直線運動させ、その先にあるものが静止しているのならばそこへ。動いているなら追尾する効果を握った物に一回だけ付与させる能力を発動者に与える』魔法だ。詳しく言うともっと長くなりそうだが、とにかく『投げた物を命中させる』だけの魔法語なんて書けないのだよ」
車の運転も前へ進む『結果』のためにガソリンを入れ、アクセルを踏むなどの『経緯』が必要だ。
魔法陣も同じで、実現したい『結果』へ導くためには小さな効果を組み合わせる必要があった。
「つまり、『ノロケ勇者を発見する』のを可能とする前提を魔法陣に詰めなければならない」
「なるほど……。クレスの行った方向が知りたいなら『足跡を可視化する』魔法とか――」
「まだそれは『結果』だ。その場合は『土の踏み固められた部分を可視化する』魔法にしなければならない」
魔法学はプログラミングのようなものだ。
足跡と記しても書はなんのことか判別できない。
概念や基準を細かく教え、魔法を実行させるのが魔法学だった。
「うわ、めんどくせぇな……。本物の魔法はもっと楽なの?」
新が話し相手をマユからレイへと変える。
この世界に来てから魔法を目撃したのはシュベールの放つものだけだった。
クレスが出したところも見ていないし、レイも出せるかわからない。
だがレイは騎士団に所属し、英才教育を受けているため魔法の出し方もわかるだろうと新は考えたのだ。
その予想は当たっていた。
「そうだね。最初は難しいけど、コツがわかれば楽にできるかな」
「コツとかあるんだ」
「魔法を出す瞬間の感覚がわかると楽になるよ。なにかが体の中から出ちゃう感覚」
「ざっくりしてんなぁ……」
何がどこから出てくるというのか。
新が思い浮かぶものなんて、低俗な下ネタくらいだった。
「生まれた時から私たちとは違う環境で育った人にはできると思うが、日本人の我々に魔法は不可能だぞ」
「わかってるって。……でも魔法学は難しすぎるし」
「難解であることと不可能であることには雲泥の差がある。明日、明後日にできずとも数年あれば魔法学を自在に操れるさ」
「ありがとう……。でも、俺はいいや。マユが書いて、俺はその補佐をする。適材適所だろ」
マユが魔法陣を書くことに集中できるよう、新が肉体労働や前準備を進める。
それこそが彼にとっての理想だった。
マユほどの天才にはなれそうにない。
「ふむ、補佐か……。じゃあ早速、おつかいに行ってもらおうかな」
「オッケー」
マユは適当な紙にさらさらとメモを書き、それを新へ渡した。
メモによると、ゲルベッドを直すための研究にどうしてもスライムが必要で、そのような魔物をもらえないかベルに聞く仕事をすればいいそうだ。
もしもいるのなら今すぐにいただきたいとも書かれている。
「私はこっちの作業をしているから。頼んだよ」
「おう。じゃあ魔王城行ってくるわ」
「アラタ、僕も行くよ!」
レイが快活な笑みを見せて後をついていた。
断る理由もなく、新はそれを承諾する。
「俺の本は、っと……。これか」
新は本棚から一冊の書を取り出した。
国王城潜入の際、マユがくれた本だ。
今となっては転移魔法ばかり使っているが、いつか魔法を駆使してイタズラなんかもしてみたい。
「よし、魔王城まで飛ぶぞ」
新が手を差し出す。
転移魔法を発動した者に触れていれば、その人物も同時に転移できるのだ。
レイは新の手を強く握った。
その暖かさを味わうように。
「意外とのんびりできてるなぁ……」
クレスが緊急事態だというのに、自分は少女と話して手を繋いで――。
それなりにリラックスできてしまった。




