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2-5 自信がありませんでした

 マユは至高の寝心地を求めていた。

 睡魔というのは集中力を低下させる敵であり、さすがのマユも集中力がなければ正確に魔法陣を書くことができない。


 睡眠の時間は保証できない。

 少しでも長い時間を研究に使いたかったし、それが彼女にとっての幸福だからだ。


 すると、必要なのは睡眠の質。

 その質を構成する大切な要素が寝具。


「まずいな……。買い替えするほどの資金は持っていないし、毎晩アラタと一緒に寝るのも……」


 夜、ひとりでリラックスする時間はきっと必要だ。

 ましてや思春期の男子となればなおさら思うところがあるだろう。


「うぅ……。でもこんなベタベタなゲルの上で眠れないし……」


 最高の寝心地を求めてベッドに魔法陣を書いたが失敗。

 しかし、ベッドの側面にはまだ別の魔法陣が書けるほどのスペースがあった。

 そこにひとつめの魔法陣を補助する内容のものを記入すれば理論上はうまくいく。


 簡単な話だ。

 マットを柔らかくしたいがために付与した効果のせいでベッドがスライムのようになってしまったのだから、次は気持ちの悪い粘性をなくせばいい。

 少し肌に吸いつくようなペタペタ感さえ消しされば、新と一緒に転移してきたベッドほどにはいいものになるはず。


「粘性をなくす……。これ以上失敗はできないし、実験台にスライムのモンスターでもいればいいのだが」


 魔物に関してはベルが相談窓口だ。

 今から魔王城へ行ってしまおうか。


 マユが今日の予定について考えていると、外から聞き覚えのある声が近づいてきた。

 声はやがて家の中にまで侵入する。


「おかえり、アラタ」

「おう。ただいま」


 二人は目を合わせていつもと変わらぬ挨拶をした。

 二人にとっては片方が帰宅した時の儀式みたいなもので、特別な行動ではないものだ。

 それでも、そのやりとりを羨む人がいた。


「マユちゃん、こんにちは」

「おや、レイもか。いらっしゃい」


 マユも自分の命を救ってくれたひとりだから、彼女自身を恨むことはできない。

 しかし、彼女に対してモヤモヤした何かを抱いてしまう。

 マユだって新だって甘酸っぱい経験はなかったが、レイも恋愛経験ゼロの初心者だった。

 なかなか気持ちを整理できない。

 そんな自分を置いて、二人はいつの間にか話を進めていた。


「クレスは絶対に誘拐されたんだって。マユ、頼むから本腰入れて協力してくれ!」

「焦るな。もっと具体的に、どんな経緯でその結論に至ったのか伝えてほしい」

「足跡だよ。俺たちとは別にもう一種類の足跡があったんだ。これはレイのお墨付きだぞ」

「レイ、どういうことだ」


 レイはボーッとしていて、名前が呼ばれた時にびっくりしてしまった。

 実際には動いていないが、体が跳ねたような感覚が全身を通る。


「あ、えっと……。クレスさんの足跡が途中で広くなってたの。それが、まるで走って逃げてるような感じがして――」


 そしてその後ろを追いかける女性の足跡。

 レイも事件性があるか否かを考えると、『ある』派だった。


「あと足跡が突然消えたのも気になる。なにか重いもので地面を伸ばしたみたいな……」

「うむ、アラタなんかよりも説得力があるな。レイの頼みなら協力しないこともない」

「おい、なんで俺はダメだったんだよ」

「いやいや、ちょっとからかっただけさ。……それにしてもノロケ勇者は世話が焼けるな」


 レイの耳に『ノロケ』の言葉が引っかかった。

 レイはクレスがそんなに浮ついた人間とは思えない。


「ノロケ勇者ってクレスさんのこと?」


 レイは疑問をこぼす。

 彼も恩人のひとりだから、どんな人か興味があった。


「そうだとも。あの男な、私と出会ったその日に婚約を迫ってきた」

「……マユちゃんは、好きなの?」

「まさか! 積極的すぎてむしろ好感度ダウンだ」

「そっか……」

「あの、俺、席外そうか。恋バナごゆっくり――」

「ごめん、大丈夫だよ! 恋バナなんてするつもりじゃなくて、ちょっと知りたいなって思っただけだから!」


 レイは再び玄関へ向かいそうな新の手を握って引き止めた。

 手を握る正当な理由ができてラッキーだ。


 新も女の子が手を握ってくれるなんてラッキーイベントに胸が高鳴る。

 しかも一瞬ではなく、数秒間ずっと握られたままだった。


「……おい、なんだ、ノロケているのは君たちもか?」


 不機嫌そうにマユがムードを切り裂いた。

 レイの顔が一瞬にして赤く染まり、新の手を放す。


「ち、違うよ! そんなのじゃなくて、たまたま手が――」

「そうだって! マユ、俺がモテると思うか? 年齢と彼女いない歴が同じ人種なんだぞ!」

「ふん。恋仲でなくても、レイは君に懐いているじゃないか。もう君はモテない男なんて肩書きを捨てられる立場だぞ」

「え、マユちゃん!?」


 マユはレイが新に特別な好意を寄せているのはなんとなくわかっていた。

 だが、それが大きな恩から来ているものなのかそれとも恋愛的な感情かは判別できていない。

 対してレイは、もしかしたらライバルかもしれないと疑っていたマユに背中を押された気分になってむずがゆい。


 核心を知らないマユと、核心を知られたと勘違いするレイ。

 そして、鈍臭い新。


「え、いや……。マジで俺はモテないっての。『この人は俺のことが好きなんじゃないか』って勝手に勘違いするだけだよ……」


 新は悲しい勘違いを経験済みらしい。


「その点、クレスのほうがイケメンだし金持ちだし。おまけにメイドに囲まれたハーレム生活だろ。アイツ、主人公気質だよなぁ……」

「愚か者が。君にも、若干二名の美少女がいるではないか」


 新を慰めるようにマユは語りかけた。

 新の境遇もなかなかよいものだ、と。


「魔王城へ行けばシュベールとイデュアもいる。おや、モテモテだな」

「いや、例えば全員が俺のことを嫌っていたとして、そしたらみんなが俺の悪口で盛り上がる最悪の結果が待ってるから逆に地獄――」

「あぁもう! フォローして言っているのにグチグチグチグチと! 今は色恋なんかに気を取られている場合ではないだろうが!」


 マユは髪の毛を掻きむしり、いらだちをまじまじと見せつけた。

 レイはそんなマユの態度を見て、まだ彼女は新と特別な関係でないと確信する。


「この調子なら、もうちょっと黙ってても大丈夫かな……」


 レイは誰にも拾われないように呟いた。

 気持ちを伝えるのは、もっと恋を味わってからでも間に合いそうだ。

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