2-4 自然が教えてくれました
「たしかここに三人で転移してきて、俺だけがすぐに家へ向かったんだよ」
レンガの家の前。
新はクレスがいなくなる直前のことを思い出していた。
「俺が家に入った時にレイが飛びついてきただろ。その対処のためにマユを呼んで、そこからクレスを見てないんだよ」
「その時はごめんね……。アラタが来た途端に、助かったんだって実感が湧き出ちゃって」
「あ、いや……。もう忘れてくれ」
レイの罪悪感を払拭するために忘れてほしいのではない。
今さらになってだが、新はレイに抱きつかれたことに恥ずかしさを覚えたのだ。
彼女が全裸だったことや、その後に頭を撫でてやったことも恥ずかしく思えた原因である。
「それで、レイ。ここからどうするんだ?」
「あとは自然が教えてくれるの。アラタ、地面を見て」
頭を垂れ、目線を下に落とす。
森の中は太陽の光があまり届かず、そのせいか土が湿っていた。
そんな土を踏むと、そこに残るものがある。
「足跡でクレスさんの進んだ方向がわかるはずだよ。雨が降っちゃうと足跡が崩れやすくなるけれど、最近は晴れ続きでラッキーだね」
「足跡か……。どれが誰のだ……?」
新が地面を見てもよくわからなかった。
つい今、新とレイがつけた新しい足跡ならはっきりと地面に残っているが、クレスの足跡がどこにあるのかなんてさっぱりわからない。
しかしレイは人捜しが得意だと言っていたし、足跡についてもなにかしらの心得があるのだろうか。
「アラタの足跡と僕の足跡はわかるけど……。これはマユちゃんかな」
レイは地面に顔を近づけてじっくりと観察する。
靴の大きさや歩く時にかける重心の違いによって、足跡を判別していた。
「すっげ……。レイ、それどうしてわかるの?」
「僕ね、暗殺とか諜報を専門にしてるんだ。正面から騎士として剣術勝負をしちゃうと男の人に勝てなくてさ」
「人を捜す技術もそこで身につけたのか」
「うん。誰かを殺めたりするんじゃなくて、平和な形で自分の能力が役立つと嬉しいね」
まだ彼女は誰の命も摘んだことはなかったが、いつかは任務が与えられるかもしれない。
魔王のことだって、マルクの件がなければ殺す気でいた。
皇女が自ら魔王城へやってきたことも知らず、殺すところだった。
「本当によかった、アラタがいてくれて。アラタだったら、僕が魔王を襲っていても止めてくれたよね」
「やめろよ。なんか照れるから……」
レイからはずっと感謝ばかり言われている。
マユやクレスもレイを助けた『泥棒』のひとりだし、むしろマユたちのほうが貢献している気がする。
それでもレイが新にばかりお礼を言うのは、彼が首輪を外して命を救う大役を担ったからだ。
救出前から顔を知られていたのも他の二人より懐かれる理由である。
「ねぇアラタ。マユちゃんって靴いくつ持ってる?」
地面から目を離さずにレイが投げかける。
レンガの家に靴入れのようなものはなく、新もマユも所持しているのは玄関に置かれた一足の靴だけだった。
「ひとつだと思うけど」
「じゃあこれは誘拐したメイドさんの足跡だ……」
どうやらマユの靴とは違う女性の足跡があったらしい。
そのメイドがここまで来ていたということは、レンガの家を知られてしまったことになる。
魔王の話を盗み聞きでもされればとんでもないことになりかねない。
クレスの安全という理由以外にも早急に誘拐犯を見つけだす必要ができてしまった。
「それで、どっちに行ったかわかるか?」
「うん! こっちだね」
足跡は森の奥へと伸びていた。
魔王城とは別の方向だったため、新にとっても未開の地だ。
「歩幅が広くなってる……! クレスさんは走って逃げたのかも」
「逃げた? メイドから逃げるっておかしくないか?」
自分が従えている相手から逃げるのは立場が逆転している。
鎧姿を見られたくなかったなど、考えられる理由はある。
それでも新には胸騒ぎがした。
「そうだけど……。でもクレスさんは逃げて、後ろからメイドさんが追いかけてる」
「どこまで伸びてる?」
「ずっと先まで。このまま行ってみよう」
レイに導かれて足跡を追跡する。
このまま順調に進めばクレスを見つけられるかもしれないとまで新は考えたが、現実はそう甘くない。
「あれ? 足跡が消えてる……」
突然レイから残念そうな声が発せられた。
「消えてる!? メイドが工作したのか!」
唯一の手がかりだった足跡がなくなると、クレス捜しはふりだしに戻ってしまう。
クレスがメイドから逃げていたことはわかったが、それ以外は進展なしだ。
「仕方ないか……。レイ、一回家に帰ろう。事件性があることをマユに説明すればなにか協力してくれるはず」
「う、うん。マユちゃんね……」
わからないことで悩んでいても、何も変わらない。
できることから始めていくことが大切だと、新は知っていた。
焦る気持ちは一度忘れ、状況を整理しよう。
新とレイは足跡を戻り、レンガの家へと向かったのだった。




