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2-1 捜索を決意しました

 森の中は何も変わらなかった。

 澄んだ空気も静かな木漏れ日も。

 人間だろうが魔族だろうが、自然の悠然とした光景を動かすことはできない。

 たとえ身分の高い人物が消息不明でも、だ。


「あのノロケ勇者がメイドと消えた、か……」


 新がクレスの豪邸を再度訪問した翌日。

 マユは新聞記事を見ながら呟いた。


「……にしても、クレスが貴族だったなんてな。あんなに馴れ馴れしくして大丈夫だったかな」


 どのような理由でクレスの家が偉いのかは知らないが、権力があることはわかる。

 無礼者を処刑することも可能なはずだ。

 それでもクレスがこちらの無茶振りに加担してくれるのは、彼の人柄が良いからだろう。


「なんだ。あのノロケがメイドとよろしくやりたくて逃げ出しただけじゃないか。何も騒ぐことはないよ」


 マユが新聞を飽きたように置いた。


「でもクレスはマユのことが好きじゃん」

「いやいや。そのメイドが私より魅力的だっただけさ。もしかしたら私への好意は遊びで言っていたのかもしれないぞ」

「クレスの家はずっと『誘拐だ』って言ってるけど……」

「誘拐? メイドが?」


 誘拐は何を目的として行うだろうか。

 マユが思い浮かべたのは身代金。

 メイドとして働かずとも、楽に大金を入手できる。

 しかし、そんなことをせずとも他に方法があったはずだ。

 例えば人目を盗んで着服する、とか――。


「誘拐だとしたらあまりにも非効率的だ。金銭以外のメリットもわからないし」


 動機がわからない。

 クレスが今どこにいるかもわからない。


「いなくなったのが襲撃の日だから、5日前か。クレスが出歩くわけにもいかないし、きっとメイドが食料などを買うときが来るはずだ。新聞に掲載もされたし、すぐ見つかるさ」


 マユは楽観的だった。

 クレスに重大な危険が迫っているとは思えなかったのだ。

 対して新は――。


「なんか怖いんだよな。この世界って日本より治安悪いし、何が起こるか……」


 もうクレスの居場所を知らせてくれるチート能力はない。

 もしも彼が何かのはずみで殺されたら?


 一度流れ出た不安の濁流は、新の全身を一瞬で巡った。


「マユ、なんか魔法ねぇの? クレスを助けられるようなやつ」

「ううむ……。心配する気持ちもわかるが、力になれそうなものはないな」

「そっか……。ちょっと情報収集してくる」


 新はいてもたってもいられなくなり、外に出た。

 マルクの悪事を成敗できたのだ。

 行方不明者のひとりくらい、見つけられるはず――。


 そんな新の考えはあまりにも甘かった。


――――――――――――


「ロリコンさん。またですか……」


 クレス宅へ三度目の訪問。

 対応したのはやはり小さなメイドだった。


「もうその呼び方やめてくれ。俺にはちゃんと『新』って名前があるから」

「あっ! もしかして私に会う口実をつくるためにロリコンさんが誘拐を――」

「仮に俺がロリコンだとしても間に合ってんだよ……。もう家にロリはいるから」

「げっ! クレス様じゃなくて幼女を誘拐していたのですか」

「うるせぇな! お前、客に対して礼儀正しくとか教わんなかったのかよ!」


 あらぬ疑いをかけられ、ついに新は叫んだ。

 もちろん少女が本気で新を誘拐犯だとは疑っていることはない。

 新の激怒を見るなりニヤニヤと笑っている。


「教わりました。けれどロリコンさんが口先だけのヘタレだとわかっているので、こちらも憎まれ口で応戦しているのです」

「おい、嬢ちゃん。あまり大人を舐めてっとヒデー目に遭うぞ」


 少女にこれでもかとガンを飛ばす。

 マルクの護衛をしていた男たちに(なら)って声にドスをかけようとしたが、それはうまくいかなかった。

 普段とあまり変わらない声での脅迫。

 しかし、小さな女の子を怖がらせるには十分なはず。


 少女の反応は――。


「ふっ」


 鼻で笑ってきた。


「やっぱり、口先だけじゃないですか。ヘタレロリコンさんですね」

「だってお前、法律って最強の盾で守られてるじゃん! ロリのくせに小賢しいやつめ」

「まぁ、この歳でミュケアーズ家のメイドですから。社会的地位は私のほうが上ですね」

「お前やめとけ。そんなこと言ってたら嫌われるぞ」

「無礼な発言はヘタレロリコンさんにしかしません。あ、つまりは後にも先にもアラタさんにしか言えないですね」


 なんだこのメイド。

 コイツ、全人類で俺だけに『ヘタレロリコン』のレッテルを貼りやがった。

 この異世界は絶対にガチのロリコンがいるはずなのに。


「――ってお前、今なんて? みゅけ、何?」

「ミュケアーズ家です。この家系の名前ですけれど……。あれ、そんなことも知らなかったのですか?」

「うっせぇ! お前、もう、ほんと、もう――」


 新はなにか罵倒をしようと思ったが、秀逸な返しが浮かばずに詰まってしまった。

 苛立ちのせいでそろそろ手が先に出そうだ。


「おっと、もうこんな時間ですか。今日も無価値な経験をありがとうございました。では、ヘタレロリコンさん、私はこれにて失礼します」

「待て待て! てめぇ、俺の話を聞けよ! 好き勝手にやりやがって!」

「え、ついに幼女誘拐の自白ですか? じゃあ衛兵さんの前で――」

「ふおおおおおぉぉぉぉぉう!」


 少女の煽りに耐えられず、ついに新は奇声を発する。

 とうとう少女に奇声を披露する本物の不審者になってしまったが、これもクレスのためと信じて。


 新は彼が帰ってきたら、真っ先に来客対応のメイドを変更するように言いつけようと決めた。

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