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1-38 次は勇者でした

「残念だ。城で働く者が(ろう)に入るなんてな」


 フェルディは鉄格子の奥に(たたず)むマルクを見て静かに言う。


 過去に汚職をした人間はきっといるはずだ。

 しかし自分が王であるうちは初めての出来事だった。


「国王様……。皮肉を言うために来たのですか」

「違う。レイを、義理の娘を手にかけた罪人だからだ。会って君のことをひとりの人間として認識しなければ、私は極刑を選んでしまう」


 相手のことを殺したいと思うほどの怒りを抱くことは生産的でない。

 許し、その先にあるものが未来をつくるのだと――。

 そんな考えを王は崩したくなかった。


「そっちから言いたいことはないのか?」


 王が床に腰掛ける。

 鉄格子を背にしたため、マルクから王の顔は見えなくなった。


「たくさんありますね……。まずは謎の盗賊について――」


 突如現れ、拠点をめちゃくちゃに荒らした三人。

 マルクは最初、正体を明かさない彼らのことを政府の特殊部隊だと思っていた。


「尋問の時には言わなかったのですが、三人の中に貴族がいました。ミュケアーズ家のせがれです」


 しかし、あの場には剣を振るう貴族の姿があり、政府が貴族を働かせるなんてことがあるはずはない。


「名を、クレスと言ったか……。事件の数日前、私に会いに来ていたよ。君の汚職を、もう見抜いていた」

「――と言うのはやはり、彼らは政府には一切の関係がないということですか」

「あぁ。弱っていた私はろくに話も聞かず、ほとんど愚痴になってしまったが。思わず()()の話までしてしまった」


 機密事項をクレスには知られている。

 盗賊と名乗りながらも彼らは悪事を見抜き、こうして良い結果も残した。

 しかし、詳しく話を聞きたいと思うのも事実。


「そもそも悪事を知るには、己も悪に染まる必要がある。彼もまた、何かと繋がっているのかもしれないな」

「国王様、ひとつよろしいですか?」

「……なんだ」


 暗く、静かな牢に二人の声が響く。

 その暗さと静けさで少しずつ王の怒りも鎮まっていった。


「あの『セーブポイント』がなければ、今も周辺の治安は悪化したまま。しかし実際は富裕層が増え、スラムと呼ばれるような治安の場所は少なくなりました」


 経済が回った。

 マルクの商売で一部の地域は治安を取り戻した。


「それに、魔王との戦いに貢献していたのも否めません。おまけにこちらの死者は皆無」

「メリットもあったと、そう言いたいのか」


 善行も悪行も、結果はどう転ぶかわからない。

 マルクの商売もクレスの泥棒も。

 表面上は悪く見えても中身はわからない。


「……それでも君は他の罪もある。それは言い訳しても拭いきれない」

「わかっています。私が言いたかったのはミュケアーズ家のせがれのこと――」


 自分が善意から悪行を始めたように、彼もいつかは道を踏み間違えるかもしれない。


「何かあれば、必ず彼を止めてください。それが正しいかもわかりませんが……」

「そうだな。まだ彼は純粋だ。すぐにでも話を聞くとしよう」


 フェルディが立ち上がった。

 クレスから詳しく話を聞くのもそうだが、まだ素性の知れない二人についても知りたかった。


 レイが別段嬉しそうに泥棒のことを話していたのも気になる。


「国王様、最後にひとつだけ――」


 マルクが足音を呼び止めた。


「ある人を探してほしいのですが……。聞いてもらえますか」

「言ってみろ」


 マルクが会いたかったのは自分が初めて売り物にしてしまった少女。

 彼女が今、幸せかどうかを知りたい。


 いつでも見つけられるよう、マルクが自分で名付けた少女の名前は――。


「アリーゼ」


――――――――――――


 新はクレスの豪邸にもう一度行きたかった。

 レイを保護した後、彼が姿を消してしまったからお礼も何も言えずにいた。

 あちらがどう思っているかわからないが、新はクレスをいいやつだと思っている。

 事件が解決し、一件落着したことで暇な時間も多くなったし、クレスの家が遠いのも気にならない。


「ここらへんだったよな……」


 のどかな日差し。

 異世界に来てからずっと奔走し続けていて、あまり休めていなかった。


 そうだ、この世界には自分が行くべき学校もない。

 クレスやレイ、シュベールと駄弁(だべ)ってゆっくりする毎日も悪くないだろう。

 ここから自分の異世界生活が始まる――。


「だから、知りませんって! こちらも困っているのです!」


 聞いたことのある声が聞こえた。

 クレスの家で聞いたことのある少女の声。

 幼いメイドの声だ。


「国王様のご命令だ。こちらにクレス様というお方がいると――」

「だから、いません! よりによってどうしてこんな大変な時に!」


 男と口論をしている様子。

 新は関わってはいけないと思い、その場を去ることにした。


「あ、ロリコンの人! ちょっと助けてください!」


 逃げられなかった。


 いや、これは絶対に面倒なことが起こったんだ。

 間違いない。


「な、なにがあったんだよ。俺はクレスと会いたいから来たんだけど……」

「あー、もう! ロリコンさん、いいですか! そのクレス様が行方不明なんです!」

「はぁ!? いつからだよ」

「ロリコンさんが! 連れて行った日ですよ!」


 クレスはマルクの拠点を襲撃した後にいなくなった。

 しかし、その真実を知る人物は少ない。


 このままだとクレスが行方不明なのは自分が犯人だと疑われてしまう。


「お、俺は何もしてねぇからな!?」

「わかってますよ! こちらだって犯人は目星ついてるんです!」

「え、じゃあそいつを探せばいいじゃん」

「その人はどこにいるかわからないんですよ。皇女様が誘拐された次はクレス様が誘拐って、どんだけ誘拐ブームなんですかね!」


 もちろんクレスが魔王城に来たなんてことは聞いていない。

 すると、クレスを襲ったのは誰なのだろうか。


 その答えは小さなメイドから告げられることになった。


「アリーゼさんです。私より歳上のメイドさん。彼女も家からいなくなったんですよ」


 異世界の日常はまた騒がしくなりそうだ。

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