1-37 いろいろな変化がありました
魔王城の隠し部屋。
新はレイを連れて転移したのは、本当のことを見てもらうためだった。
「イデュア様! よかった、本当に無事だったのですね」
「レイ! 久しぶり、大きくなったねー」
レイの涙が乾いた後、一度国王城へ戻り、王に無事を伝えた。
王からは泣いて帰還を喜ばれ、同時に謝られて大変だったとレイははにかむ。
新の指示で助けてくれた人のことは『泥棒』とだけ伝え、レイはまたもやレンガの家へ戻ったのだ。
そして魔王城へ――。
「本当に自分から魔王城に来たんですね……。なにかあったんですか?」
「……まぁね」
イデュアはそれ以上理由を言わなかったし、レイも聞かなかった。
「この女の子が魔王、なんだよね?」
レイが新に尋ねる。
シュベールは壁にもたれてうつらうつらとしていた。
夢と現実の間にいて気持ち良さそうだ。
「そう。ほらな、怖くないだろ」
「うん。普通の人間と変わらないんだね」
世が恐れる暴虐の王。
だがそれは噂にしかすぎず、実際にはよく眠る幼女だ。
魔力だとか強さを考えると、たしかにシュベールは魔王級。
それでもその力を無駄に見せつけることはない。
心優しき魔王様、それが彼女だ。
「起こさないようにしておこっか。次に会ったら話してみたいかなぁ」
レイも人懐っこい性格で、仲間に引き入れるのは簡単だった。
「レイ。ベルにも挨拶しておきなさい。あの人、ひとりで城の召使い30人くらいの仕事をするから」
イデュアが手を叩く。
それが合図となってベルが現れた。
「お呼びでしょうか」
「ええ。マユとアラタの他に、またもう一人協力者が出てきたわよ」
「それはありがたい。彼女が、ですか」
レイを捉えたベルは優しく微笑んで頭を下げた。
「はじめまして。私、ベルと申します。何かご用がありましたら何なりとお申しつけくださいませ」
「あ、や、その……。僕、レイです。顔を上げてください!」
いきなり相手が深々と礼をしたためにたじろいでしまった。
焦っている少女の姿にイデュアが吹き出す。
「ベルはいつもこんな感じなの。シュベール様にべったりだけど、頼めば大抵のことは聞いてくれるわ」
「そ、そう……」
協力者が増えたことは大きな前進だ。
国王の拾い子。
騎士団の華。
そして、レイは恩人に感謝を伝える一心で――。
また、ちょっぴり気になる『泥棒』の近くにいるために――。
たった今から魔王の手先にもなったのだった。
――――――――――――
あれから――。
世間は少し騒がしくなった。
まずは『セーブポイント』の件。
結論から言うと、魔王城にチート持ちの挑戦者は来なくなった。
セーブやチートの存在は国王の耳に届き、それを商売としてではなく本気で魔王討伐に利用せんとする企画があったらしい。
しかし、どういうわけか一晩のうちにあの神殿のような建物がなくなってしまったそうだ。
新が実際に訪れても、たしかに建物はなかった。
マルクを駒としていた上の存在が消したとしか考えられない。
その上の存在についてマルクは誰にも言っていないようで、チート能力付与の仕組みについては黙秘。
金稼ぎのためだけににコソコソと謎の力で商売を進めていた、というのが世間の知る真実である。
実際にはきっと、他の誰かの企てがあってマルクはそれの片棒を担いでいたにすぎないのだろう。
マルクについて、まだ進展があった。
チート商売だけでなく、彼は多くの闇商売を行っていたそうでそのひとつが奴隷売買。
人を奴隷として売るきっかけになったのは、飢えに苦しむ少女を救いたかったところからだそうだ。
最初は善意だった。
少女に食べ物を与えたり、少しのお金を与えているとその話がすぐスラム街に広まってしまった。
やがて多くの人間がマルクの救いを求めるようになったが、彼には全てを救う資金がない。
そもそも彼も貧しい幼少期を過ごしていた。
今は亡き両親から教わったことは『働かねば食べられない』ということ。
マルクは救いを求める貧民にその教訓を説いた。
自分が官僚として働くことができたように、全員にチャンスはあると言った。
だが、多くの貧民が求めるのは安定した未来ではなく今日を生き抜くために必要な金だ。
学のない人間を今すぐ働かせてくれる場所なんて多くあるわけでもない。
落胆して帰っていく貧民の姿を見て、マルクが最初に手を差し伸べた少女が言ってきた。
自分を奴隷として売ってほしい――と。
働かなければ生きていけない。
彼女は奴隷として働いて、生きていこうと決意した。
しかし働く環境は買った者の性格に大きく左右される。
運が悪ければ暴力を受ける毎日かもしれないし、運が良ければ養子のようにかわいがってもらえるかもしれない。
マルクは悩んだ。
彼女にとっての幸せとはなんなのか。
このまま自分が養っても不公平だ。
スラムは無法地帯。
不公平さが気に入らない誰かが少女を腹いせに殺すことだってあるかもしれない。
だったら、さらに安全な環境へ行ってくれることを祈って売るべきだろうか。
犯罪行為でもこの少女のためになるのならやるべきなのか。
長く悩んだが、最終的にマルクは少女を売った。
少女が強くそれを望んでいたのが大きい理由だった。
マルクは売りに出す前、少女に名前をつけたそうだ。
彼女をどこかで見かけた時、ちゃんと幸せでいるかどうか確認するために。
彼女が苦しんでいる時、ちゃんと救い出してあげるために。
その名は――。




