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1-36 安堵の時が流れました

 どうしてマルクの悪行を見抜けたのか。

 殴り込みに至るまでの経緯はなにか。

 そんなことを聞かれてしまったら、いずれ新とマユの正体がバレてしまうだろう。


 自分たちがこの事件を起こしたのはあくまでも『セーブポイント』を潰すためだ。

 富や名声が欲しいわけじゃない。

 だからなるべく『泥棒』が誰かを知られないように早く帰ろうとしていた。


 しかし、新の目にあるものが入ってくる。


「……これって、何が書かれてるんだ?」


 マユが床を吹き飛ばしたはずみで一部の家具もダメージを受けていた。

 マルクの仕事机もそのひとつで、中から謎の書類が大量に見つかったのだ。

 新は紙を手に取り、目を通す。


「うわ、バリバリ闇商売じゃん。生々しいな……」


 どんな人間を奴隷として迎え入れたいかの要望がそこには書かれていた。

 レイも奴隷として売るつもりだったのだろうが、その前にもすでに被害者はいたのだ。


「アラタ、何をしているのだ。クレスが戻ったらすぐに転移するから、準備してくれ」

「了解。これを目立つ場所に置いといて――」


 ただ家の床が抜けた光景だけでは状況がわからないだろう。

 だから新はマルクが悪人であるという証拠を置くことにしたのだ。


 しばらくするとクレスの声が聞こえた。


「マユさん! 連れてきまし――」


 その先の声は三人の姿とともに消えてしまった。


――――――――――――


 森の空気は爽やかだった。

 今までいた場所の空気が重かったせいか、それとも一仕事の後の達成感か。


 緊張から解かれた新はふらふらと家へ向かう。

 マユはクレスが到着するや否や手を強引に引っ張ってすぐさま転移したため、転移直後はまだ二人の手がつながっていた。


「マ、マ、マユさん!? いきなりどうしたんですか! いや、嬉しいんですけど、いきなり過ぎて驚いたというか――」

「落ち着け。()()()の正体が知られると厄介だから見られる前に転移しただけだ。いいから手を放せ」

「なんで厄介なんですか? それを教えてくれないと放しませんよ」

「え? それは、だな……」


『私たち』にクレスは入っていない。


 マユが言ったのは新と自分の正体が特定されないための処置だということ。

 しかしクレスひとりを残すとベラベラ話してしまうのではないかと危惧し、説明もなしに転移をしてしまった。


「うおぉぉい! マユ、マユ来てくれー!」


 クレスにどう答えようか悩んでいるタイミングで助け舟が来た。

 マユはつながれた手を振りほどき、新の叫びが聞こえた家の中へ入る。


「どうした、アラタ」

「これ! 早く取ってくれよ!」


 新は両腕を上に伸ばし、手が万物に触れないような姿勢をとっていた。

 それは新の体を強く抱きしめて顔をうずめるレイが原因だった。


 新が帰ってくるなり飛びついて、いきなり泣き出してしまったのだ。

 レイはまだ全裸の状態。

 抱きしめ返すことも、引き剥がすこともできずにいた。


「アラタ。私のことは抱き枕にしたくせに、どうしてそこでヘタレを発揮するのだ……」

「いや、まず、女の子が泣いてる時点でどういう対処をしたらいいかわからないし! と、とにかく服持ってきて!」


 レイよりも新のほうが身長が高いため、飛びついてきた彼女に高さを合わせようと新は中腰になっていた。

 ずっとこの体勢もキツいので、実はマユには急いでほしかった。


 だが、そのことを伝える前に別の声が新の耳に入る。


「ありがとう。本当にありがとう……」


 レイの顔はまだ新の体に密着していて、声もとぎれとぎれだ。

 それでもどうにか感謝が形になった。

 言葉になった。


 そんな感謝を受けても新は困惑していたが、視線の先でマユが微笑しながら何かを伝えている。

 自分の頭に手を乗せ、ポンポンと弾ませている。

 頭でも撫でてやれ――と言いたげだった。


 普段の新には無理だっただろう。

 女性の頭を撫でるなんてことができるほど、自信を持っていなかったからだ。


 だけど今回は自信なんて関係ない。


 ただ相手が感謝を言ってきたから。

 ただ相手が傷ついているだろうから。

 その気持ちを行動に移すのは簡単だった。


 新は手のひらを優しくレイの頭に置いた。

 その苦しさを溶かすように――。


「頑張ったな、レイ。えっと……お疲れさん」


 どんな言葉が適切かはわからなかった。

 もっとカッコいい言葉もあったかもしれない。

 しかし、これで十分だった。


「うん……。僕、頑張ったの。ずっと、頑張ってたの……」


 とめどなく溢れたレイの涙はその苦しさを表すものでなく、この先への安堵を物語っていた。


 暖かい時間が流れていく。

 ずっと、ずっと――。


 いつしかクレスの姿が見えなくなっていたことに、誰も気がつかないほど――。

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